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第28話 約束だよ?

「オカ研の占い、すっごくよかったね! あたしたち、相性ばっちりだってさ!」

「……天城さんに『どれくらい相性いい!?』って迫られたら、誰だっていい結果を言わざるを得なくなる気がしますけど……」

「細かいことはいいじゃーん。ってなわけだし、付き合っちゃう?」

「付き合いません」

「ケチー!」


 軽く散策して、演劇部の即興劇を観て、オカルト研究会で恋愛運を占ってもらって。


 時刻は午後一時頃。

 そろそろ昼食にしようかと見て周るも、どこも行列ができて中々入れそうにない。


「どこもいっぱいだねー」

「うちの文化祭、外部からのお客さんもかなり多いので仕方ないですよ」


 去年、学校見学がてら文化祭に来たが、その時も昼食にありつくのに随分と苦労した。

 うちのクラスの一部が、ああも稼ぐことにこだわっていたのは、来場者の数的に頑張ればかなりの額が手に入るからだろう。


「んー、困ったなぁ……お腹空いたのに……」

「じゃあ、僕のお弁当食べます?」

「えっ、今日も持って来てるの!?」

「うちの店が忙しくて食べに行く余裕なかったら困るなと思いまして。昨日の残りの詰め合わせですけど……」

「いいじゃんいいじゃん! 文化祭でそういうの食べるの、一周回って特別感あるし!」


 ということで、教室へ弁当を取りに向かった。

 ここで食べてもよかったのだが、いいところがあると天城さんに手を引かれ階段をのぼり、屋上に入る扉の前に到着する。


「あの……ここ、立ち入り禁止ですよ? 鍵だってかかってますし……」

「だいじょぶだいじょぶ! ここをさー……どりゃあ! って叩くと、ほら! 鍵あいたでしょー?」

「何が大丈夫なのか、まったくわからないんですけど……」


 ドアノブに掌底を食らわすと、カチャッと音を立てて解錠成功。

 立ち入り禁止の場所に鍵を壊して侵入って……これ、絶対やばいだろ。いやでも、変にマジになって指摘して雰囲気壊すのもなぁ。バレなきゃ大丈夫か。


「グラウンド、上から見るとすっごいね! ひといっぱい!」

「誰かに見られたら問題になりますよ。こっち来て、早く食べちゃいましょ」

「はーい!」


 フェンスを掴んでグラウンドを見下ろす天城さん。

 僕は貯水タンクに続く梯子のそばに腰を下ろし、彼女を手招きする。


「あっ……箸、一膳しかなかった。ちょっと待っててください。僕、どっかで割り箸もらってくるので」

「何で? 別によくない?」


 「いただきます!」と手を合わせるや否や、大きく口を開いた。

 ……あぁ、そういうことか。仕方ないな、まったく……。


「そんな口開けて……ツバメの雛じゃないんですから、はしたないですよ」

「んひひー♡ あひがほぉー♡」

「口の中のもの、ちゃんと飲み込んでから喋ってください」


 コクリと頷いて、もぐもぐごっくん。

 にんまりと笑って、赤い瞳に僕を映す。


「美味しい! すっごく美味しいよ!」


 と言って、再び口を開けた。

 そこへおかずを放り込み、僕も白米を頬張る。


 グラウンドからは賑やかな声。地面越しに僅かに伝わる、大勢の足音。しかしここには、僕たち以外に誰もいない。


 怒られたくはないが、純粋にいい場所だな思った。

 忙しい空気に疲れていたため、この寂しさが余計に心地いい。


「佐伯ー、んあー」

「はいはい」


 一人分の弁当を二人で分けているため、あっという間に完食。満腹には程遠いが……でも、不思議と満足感がある。


 弁当を片付けていると、天城さんはゴロンと横になって頭を僕の膝の上に。

 ちょいちょいと、僕の袖を引く。撫でてくれというその意思表示を汲み取ると、彼女は「えへへー♡」と甘ったるく笑う。


「学校の秘密の場所で二人っきりって、何かやらしーね。やらしーことする?」

「しません」

「すっごく興奮すると思うよ?」

「だから、しませんって!」

「じゃあ……あたしがしてるとこ、見る?」


 猛獣が獲物を見つめるような眼光と、妖し気な弧を描く唇。


 心臓に悪い表情から視線を引き剥がした瞬間、ヒューッと風が吹いて天城さんのスカートがめくれる。

 僕は咄嗟にそれを手で押さえ、上着を脱いで彼女の腰の上にかけた。……これで多少はマシだろう。それに、寒さで風邪とかひかれても嫌だし。


「ありがとー♡」

「い、いえ……」

「何色だった?」

「ピンクでした。…………あ、いや!! 見てません、何も!!」

「佐伯ってば正直すぎー♡ 好きっ♡」


 言いながら、僕の頬をつつく。


 文化祭の最中に、立ち入り禁止の場所で二人っきり。このあまりに青春なシチュエーションに、どこか酔っているのかもしれない。


 少し落ち着こう、深呼吸だ。

 僕たちはただ、昼食をとって休憩しているだけ。変な気分になる要因など一つもない。


「さ、さっき、鍵の開け方がやけに手馴れてましたけど、ここへはよく来るんですか?」


 話題を健全にしよう。

 そう思い、ふと頭に浮かんだことを口に出す。


「一学期の頃はねー。二学期入ってからは初めてかな?」

「へえ。でも、どうしてわざわざ屋上に?」

「んー……何かさぁ、死にたくなっちゃって」

「…………はい?」


 想像もしなかった返答に、頭の回転がピタリと止まった。

 彼女はフェンスの方を見ながら、「別に重い話じゃないよ」と静かに綴る。


「あるじゃん、そういう気分の日。今日ムリだなー、的な?」

「あぁ……わ、わからなくもない、ですが。天城さんも、そういう気分になることあるんですね」

「そりゃあるよー」


 たはは、と笑う。

 乾いた息が、秋色の風に巻かれて消える。


「実家出たからってお仕事バンバン入るわけじゃないし、だから生活も講師業に頼りっきりだし、友達からはそれを薄っすら舐められてるし。あたしより成績悪いくせにバカにすんじゃねえよとか、あたしだって思うんだよ? 口には出さないけどね」


 黙りこくる僕を見て、「嫌いになった?」と彼女は不安そうに眉を寄せた。


 即、首を横に振る。

 嫌いになるわけがない。むしろ、そりゃそうだろとしか思わないし、そうやって正直に話してくれたことが嬉しい。


「でも、仕方ないんだよ。うちには人気者な昴ちゃんがいるから、あたしがそれと比べられるのは当たり前。一学期の頃はさ、それが辛い日が多かったんだー」


 フェンスに向いていた目が、ふっと僕に移った。


「だからね……佐伯が『すごい』ってあたしのこと褒めてくれるの、本当に嬉しいの。もっともっともーっと、頑張ろうってなるの」


 赤い瞳が揺れ動く。

 脆く、強く、華やかに。


 んっと、僕の首に向かって腕を伸ばした。

 強く引き寄せて、向こうも身体を持ち上げて、彼女の顔に僕の影が落ちた。


 目が霞むくらいに輝いてどうしようもないその顔が、今は僕の色に染まる。

 黒でも白でもない、曖昧でどっちつかずでハッキリとしない灰色。それが少し嬉しくて、そんなことを喜ぶ自分に罪悪感が湧く。


「あの……あ、天城さん」

「んー?」

「ダメ、ですよ……変なことしたら、お、怒りますからね」

「じゃあ、抵抗したら? 佐伯の方が、力強いでしょ?」


 その通りだ。

 わかっている。そんなことは、十分に。


 でも、近くで見る天城さんはいっそう綺麗で、可愛くて、ただただ困る。

 友達が大勢いて、大人の社会に混じっていて、何に対しても全力な彼女が、今は僕しか見ていないという事実が堪らなく気持ちいい。


 心臓の音がうるさい。

 風の音も、グラウンドからの喧騒も。

 彼女の吐息を聞きたいのに、まばたきの音に耳を澄ませたいのに、ノイズが多過ぎる。


 ――このまま一歩踏み出せば全部消えるのかなと、妙な考えが脳裏を過ぎる。


「ぷっ……ふふふっ」


 小さく笑いながら、僕の首に回した腕の力を緩めた。


「だいじょぶだよ、安心して。湿っぽいこと言って同情買って、それでちゅーしてもつまんないもんね。流石のあたしでも、それくらいの分別はつくんだよ?」


 小悪魔じみた唇のたわみに、心のどこかで落胆する。


 あははは、と安心したフリの笑みを吐いた、その瞬間。

 彼女は再び腕に力を込め、身体を持ち上げた。


 ――かぷっ。


 首筋に、温かくてやわらかな感触。

 次いで軽く歯が食い込み、甘い痛みが背筋を疾走する。


 吸って、もう一度噛んで、労わるように舌先で舐って。

 ようやく離れた彼女は今まで見たことないほど赤面していて、だけどいつものように笑っていて、白い歯が眩しかった。


「隙ありー♡ これで佐伯は、有咲ちゃんヴァンパイアの眷属だねー♡」

「な、何ですかその、ファンタジーな設定……!!」

「いひひひー♡」


 子どものようなことを言いながら立ち上がり、ひらひらと金の髪を揺らす。

 右へ左へ、自分の立ち位置を探るように、どこか危うくステップする。


「眷属だから……佐伯は、ずっとあたしの味方でいてね」


 一瞬視線を伏せて、すぐに僕を見つめて。

 吹けば飛ぶような、覇気のない眼光。


「約束だよ?」


 どこか儚い声音に、僕は思考するよりも先に頷いた。

 それを確認してそっと唇を緩ませた天城さんは、一度スマホの画面を確認し、屋上の出入り口へと向かう。


「あたし、お化け屋敷の受付の仕事あるんだった! ごめん、先戻るね!」

「えっ!? いや、ちょっ……!」


 タタタッ、と階段を駆けおりていく音。

 急いで追いかけるも既にその背中はなく、僕はため息をついて扉を閉めた。


「これ、どうやって鍵かけ直すんだ……?」


 とりあえず、見よう見まねでドアノブを叩いてみた。

 ……痛い。






 何度か叩くうちに鍵がしまり、さてこれからどうしたものかと悩んだ末、お化け屋敷へと向かった。

 怖がりの天城さんが責任者となって作り上げたお化け屋敷が、一体どういうものなのか確かめたくて。


 だけど、受付に座っていたのは天城さんの友達。

 彼女がどこへ行ったのか尋ねると、まったく予想していなかった答えが返ってきた。


「有咲ちゃん? ここへは来てないし、そもそも受付の仕事とか任せてないよ」

「……は、はい?」

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