第24話 責任取って!
「本当に色々ありがとね、佐伯君!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「じゃーねー! また明日ー!」
「はい。気をつけて帰ってください」
時刻は午後九時前。
五人を駅まで送って行き、僕は一人帰路についた。
メニュー、思ったよりもすんなり決まったな。
帰ったら、どこでコッペパンを買うのが一番安いか調べておこう。
「さてと……」
呟いて、振り返って。
僕の視線は帰路ではなく、視界の脇の自販機に移る。
「いい加減に出てきたらどうですか、天城さん」
「ぎくぅう!?」
呼びかけに、聞き馴染みのある声が響いた。
黒パーカーを着て、フードを目深に被る天城さん。彼女はロボットのようなぎこちない動きで僕の前に躍り出て、せわしなくキョロキョロと周囲を見回す。
「アマギ、サン? ダ、ダレデスカー? アタシ、知ラナイデス」
「バカみたいなカタコトやめてくださいよ……」
ため息をつくと、彼女は居心地が悪そうに俯いた。
ふっと僕を見て、またすぐに視線を落とす。
「い、いつからバレてたの……あたしがつけて来てるって……」
「わりと最初からです」
「えっ!?」
「っていうか、みんなにもバレてましたよ。天城さんに尾行されてるって笑ってましたし」
「言ってよ!! マジで言ってよ!! あたし、やばい女じゃん!?」
僕の服を掴み、ぐわんぐわんと前後に揺らす。
別にやばくはないと思うけど……ただ、言ったところで既に尾行はしてるわけだし、結果は一緒じゃないか?
「あぁもう、何でこんなことしちゃったんだろ、あたし……! 違うのぉ! 本当は家で大人しくしてるつもりだったのぉ!」
「でも、来ちゃったんですか」
「だってだって! あたし、佐伯に駅まで送って行ってもらったことないもん! そんな羨ましいことされたら、大人しくするとか無理じゃんよー!!」
そりゃあお隣さんなのだから駅まで送ることはないだろ、と思いつつ。
天城さんの目は本気で、何だったらちょっと涙が浮かんでいて、茶化す気にはなれなかった。
「うぅ……ずるいっ。あたしも一緒のクラスがよかった! 佐伯との文化祭の思い出、全部他の女の子にとられちゃうじゃん! ずるいよーっ!」
「ず、ずるいって言われても……」
「あたしと同じクラスじゃない佐伯のせいだ! 責任取って!」
「ムチャクチャ過ぎる!?」
こ、これはまた、とんでもないことを言い出したな……。
まあでも、このひとは物好きなことに僕へ好意を寄せているわけだし、イベントごとで思い出を共有できないことがストレスなのは当然か。
しかし、実際にクラスを異動するのは不可能。文化祭の時だけ天城さんのとこにお邪魔する、というわけにもいかない。
どうしたものかと悩む。
こんなムチャクチャ突っぱねてしまえばそれで済むのに、相手が天城さんだからつい悩んでしまう。
「じゃあ、帰ったら僕の文化祭の仕事、ちょっと手伝ってくれますか?」
「……いいの? 他のクラスには内緒って言ってなかった?」
「それはそうですけど、うち壁薄いので、あれだけ大きな声で喋ってたら何作るか聞こえてますよね?」
「揚げパン……でしょ?」
「ということなので、内緒にする意味もないかなって。あぁでも、僕との間だけの話にしてくださいよ。学校とかで言われたら、僕が怒られちゃうので」
ちょっと手伝ってくれたところで何の問題も解決しないが、それでも天城さんは「わーい♡」と手をあげて喜ぶ。
「んじゃ、コンビニ寄ってお菓子買おっ! 作業中に一緒につつくの!」
「いいですね」
「気合入れるために、エナドリとかもキメちゃおっか!」
「寝られなくなっちゃいますよ?」
「その時は、せっかくのお泊りだし、朝までお喋りとか楽しそー!」
「いやでも、明日学校が――」
言いかけて。
ピタッと、思考と足が止まった。
今にも踊り出しそうな足取りで、鼻歌まじりに先を歩いてゆく天城さん。彼女は数歩先へ行ったところで、「どうしたの?」と振り返る。
「お泊り……? お、お泊りって何です……?」
「文化祭の準備を一緒にするってことは、お泊りするってことでしょ?」
「どんな発想の飛躍ですか!?」
「だ、だって……今日来てた子たちも、お泊りするとか言ってたし! 佐伯があの子たちとお泊りする前に、あたしがしときたい! 初めて欲しいもん!」
「確かにそんなこと言ってましたが……」
あれはただの冗談、本気なわけがない。
……でもこれを言ったところで、冗談じゃないかも知れないじゃん!
って言われておしまいだよな。ないことは証明できないし。
「文化祭の準備のため、だよ? それって不純異性交遊? 違うくない?」
眉を寄せて、あざとく上目遣い。
……相変わらず、反則なくらいに可愛い。
しかし、文化祭の準備のためのお泊りか。
文化祭まで、あと一ヵ月以上。その間、何があるかわからない。今日みたいに誰かが来て、本当にそのまま泊まって行くことがあるかもしれない。
「……わ、わかりました。今日だけ、ですよ。変なことはしないでくださいね?」
「やったぁ~~~♡ 佐伯好きぃ~~~♡」
天城さんは僕の手を取り、「早く行こっ!」と走り出した。
金の髪が夜風を切り、そこから覗く横顔はまだ夏の色をしていて、ため息が出るくらい綺麗だった。