第19話 こっちに来るんだよぉー!!
しばらく経って。
「あのー……す、昴? 昴さん?」
「ん? どうしたのかな、真白」
「いや……こ、これは一体……」
昴と共に街へ移動。
無事プレゼントも決まり、さて帰ろうかというタイミングで、昴が呼んだタクシーに乗せられた。
ある一軒の建物の前で停車。
そこへ入るよう促され、椅子に座らされ、今に至る。
「この子がよく言ってる親友? あらやだイイ男じゃなーい! これは磨けば磨くだけ光りそうね!」
「でしょ。じゃあ、よろしくお願いします」
誰がどう見たってここは美容室で、昴と親しげに話しているタトゥーまみれの女性なのか男性なのかわからないひとは美容師さんだ。
「ちょっと待ってよ! 僕、髪切るとか聞いてないけど!?」
「そんなにバッサリはいかないさ。いい感じにセットして、新しい服に着替えるだけ」
「ふ、服……? いや何で!?」
「大丈夫、服はもう用意してあるから。ちなみにここは私の行きつけで、美容師のエリンさんは業界でも屈指の腕だよ」
「聞いてないし、質問の答えになってないって!!」
美容師さんは「よろしくー♪」と軽いノリで施術の準備をする。
もう本当に何が何だか意味がわからない。
「キミだけ贈り物をして私が何もしないのは、先輩としてどうかなと思ってね。だから、私なりのプレゼントを考えてみたんだ」
「……それで、何で僕が髪切って着替える話になるわけ?」
「そりゃあ、プレゼントはキミ自身だからだよ」
「い、意味がわからないんだけど……」
昴は、鏡越しに僕を見ながら笑った。
面白いことを思いついてしまった、と青い双眸が語る。
「好きな男が超絶カッコよく変身して喜ばない女の子はいないさ。あとで有咲ちゃんの反応を教えておくれ、すごく興味があるから」
キョキン、と。
僕の髪に、ハサミが入った。
◆
「んぁ~~~うれしぃ~~~!! 佐伯すきしゅぎりゅ~~~!!」
帰宅早々、あたしはベッドの上でのたうち回っていた。
いやだって、仕方なくない!?
あたしの好きなひとがさぁ!
何日も前からあたしのこと考えて、余裕ないはずなのにお金工面して、プレゼント用意してくれるとかさぁ! 考えただけで脳みそ溶けちゃうって!
佐伯って何なの? なに? あたしのこと好きなわけ?
あぁ~~~好きっ!
佐伯はあたしのこと好きじゃなくても、あたしは佐伯のこと好きだもんね!
すきすきぃー♡♡ だいしゅきー♡♡
「……って、ダメダメ! は、早く忘れなきゃ!」
学校のやり取りを思い出し、パシッと頬を叩いた。
「これはサプライズ……! これはサプライズ……! あたしはプレゼントのこととか何も知らない! 何にも知らないもーん!」
キュッ、と顔に力を入れて無表情をキープ。
んぅ~~~~~~~~~……だ、だめだぁ!
数秒と経たず頬が緩み、だらしない顔を作ってしまう。
何かして気をまぎらわそう。じゃないと、佐伯が来るまでずっとニヤニヤしてることになっちゃう。それは流石に気持ち悪いよね。
よしっ! いっぱい掃除して、あたしの部屋に招待しよう!
あんまり得意じゃないけど、料理も頑張っちゃおーかな? あたしの手料理に、ドキドキしちゃうかもしれないし!
買い出しついでに、ケーキとかも買っちゃお!
今日は佐伯からの初プレゼント記念日だし、何食べてもゼロカロリーだよね♡
「やるぞぉー!! おぉー!!」
◆
「じゃあね、真白。頑張りなよ」
「……あ、あぁ、うん……」
時刻は午後七時過ぎ。
タクシーでアパートの前まで送ってもらった僕は、昴からの激励に曖昧な返事をする。
「あのさ……このヘアセット? と、この服……本当に似合ってる? いつも通りの方がいいんじゃ……」
「何度言わせるのさ。似合っているよ、とっても。笑っちゃうくらいにね」
「それ褒めてる!? 笑われたくはないんだけど!!」
「いい意味で、だよ。ぷっ、ふふっ……おっと、失敬。今のもいい意味での笑いだよ」
「いい意味って言えば何でも許されると思ってるだろ!?」
あやふやなことを言って、昴はタクシーと共に夜の街へ消えた。
ブレーキランプの光を見送って、そっと嘆息を漏らしアパートへ。
階段をのぼる足が重い。
慣れない服を着ているせいで、心なしか間接が上手く曲がらない。
うえぇ……な、何か緊張で吐きそう……。
昴も美容師さんも褒めてくれたけど、本当にこの姿、僕に似合ってるのか?
オシャレとか、まともにしたことがない。
髪はいつだって千円カット。
姉に遊びで弄られたことはあるが、意味不明な髪型にされて洗い流すのが大変だった。
服は基本的に兄のおさがりか、母親がどこからか貰ってきたもの。
一人暮らしを始めてから、ユニクロとしまむらには何度か行ったが、下着か格安のTシャツしか買ったことがない。
『この美容室、何かもの凄く高そうな雰囲気してるけど……僕のカット代っていくらだったの?』
『諸々込みで二万だよ』
『に、にまっ……!?』
『ちなみに、今からキミが着るその服、全部で八万くらいだったかな』
『…………』
美容室でのやり取りを思い出す。
合計で十万……僕にとっては、この世の全てが手に入るような金額だ。
ここまで使って、まさか僕を笑いものにするとは思えないけど……。
天城さんから、そんな頑張っちゃってどうしたの? とか言われたらどうしよう。
身の程知らずとか思われないかな。
はぁー……頭が痛い。
「あたしの部屋に来て、か……」
二時間ほど前に来ていたメッセージ。
言われた通り彼女の部屋のインターホンを鳴らすと、「来た!!」と元気いっぱいな声が漏れて来た。
「佐伯佐伯~~~っ!! ……って、違う違うっ。あたしは何も覚えてないっ、何も覚えてないっ! サプライズだもんね……よし、忘れた! 綺麗さっぱり!」
あまりにもデカすぎるひとり言が漏れ聞こえ、思わず笑ってしまう。
はしゃいでるなー、天城さん。
微笑ましいけど……これでガッカリさせたらどうしよう。
「どうしたの、佐伯。こんな時……か、ん……に……」
ニッコニコで扉を開けて、僕を見上げて、そして固まった。
大きく見開いた瞳いっぱいに僕を映して、ぱちぱちとまばたきをする。口はあんぐりと開いたままで、壊れたロボットのようだ。
「あ、天城さん……大丈夫ですか……?」
と、尋ねた瞬間。
――バンッ!!
凄まじい勢いで扉を閉められ、なぜか鍵までかけられた。
え……? もしかして僕、そ、そんな酷い……?
◆
「どうしたの、佐伯。こんな時……か、ん……に……」
扉を開けた先には、確かに佐伯がいた。
でも、あたしが知る佐伯とは随分と違う。
セットされた髪型。白Tシャツにグレーのセットアップ。シルバーのイヤリングに丸メガネ。お手本のような綺麗めコーデ。
それがもう、とてつもなく。
ヤバイくらいに。
異常なほどに。
――似合っていた。
「あ、天城さん……大丈夫ですか……?」
声をかけられ、咄嗟に扉を閉めてしまった。
カチャッと鍵をかけ、胸に手を当てながらその場でうずくまる。
……ひょ、ひょえぇ。
な、ななっ、なななな何!? 何あのイケメン!?
いや普段からカッコいいけど、今日は後光さしてなかった!? 眩しすぎて直視できなかったんだけど!?
「あのー……ご、ごめんなさい。変……ですよね。すぐにいつもの服に着替えてく――」
「ダメッ!!」
急いで再度扉を開き、自分の部屋に向かおうとする彼の袖を掴んだ。
ふっと、彼は振り返る。
イヤリングが光を反射して輝く。
ひょ、ひょわぁ~~~~~~~~~~~♡♡♡
カッコよぉ~~~~~~~~~~~♡♡♡
佐伯、世界一カッコよぉ~~~~~~~~~~~♡♡♡
むりむりむりむりマジムリちょーむりこんなの無理すぎで無理だからむりぃ!!
は? 国宝か? もはや世界遺産じゃん!?
カッコよすぎて意味わからん♡ 一周回ってムカついてきたかも♡
あぁ~~~だめぇ~~~♡♡♡
キュンキュンが!! キュンキュンが止まんないよぉ!!
死ぬ死ぬ死んじゃう!! あたしのこと見ないで!! あたしのことしか見ないで欲しいけど、今はあたしのこと見ないで!!
「あの……天城さん?」
「ひょわい!!」
「……どういう返事です?」
し、深呼吸しなくちゃ! 佐伯を困らせちゃってるよ!
すーはー……すーはー……。
……よし。ちょ、ちょっと落ち着いてきたかも。
「この服とかですけど、昴から天城さんへのプレゼントらしくて……僕を着飾って贈れば喜ぶだろうとか言われて……どう、でしょうか?」
すすすっ、昴ちゃん!?
何てことをしてくれちゃったわけ!?
髪型も服もアクセもバチバチに似合い散らかしてるじゃん!!
そんなお手軽に超絶かっちょよイケメン兵器作っちゃダメだよ!! たぶん何かの国際条約に違反してるから!! あたしがキュンキュン死しちゃうからー!!
「やっぱり似合ってな――」
「似合ってる!!」
「……え?」
「やばいよやばいってマジやばーい♡ かっちょよしゅぎかよ~~~♡ 昴ちゃんのセンスちょー良すぎかぁ♡♡♡」
「無理に喜んでる、とかじゃありません?」
「はぁ~~~~~!? あたしのこのトキメキを嘘って言いたいの!? いい度胸だなぁ、佐伯ぃ!! お嫁に行けなくなっちゃうようなちゅーしちゃうぞ!!」
「ど、どんな脅しですか!?」
「うるさい!! いいからさっさと部屋に入って、その古今無双で一騎当千なカッコよさを近くで見せろ!! おらぁ、こっちに来るんだよぉー!!」
「ちょっと……! あ、はははっ! 脇腹突かないでっ……く、くすぐったいので!」
かくしてあたしは、無事イケメンを捕獲した。