第18話 サプライズ
あたしの体調が全快した翌日から中間試験が始まり、そして今日、全ての試験日程が終了した。
風邪のせいで思うように勉強はできなかったが、特に問題はないだろう。
気掛かりなのは……当然、佐伯だ。
熱が下がるまでかかり切りで面倒を見てくれて、熱が下がってからはあたしにひたすら休むよう言って一人で勉強していた。
これでもしも十位未満だったら、あたし、佐伯にどんな顔すればいいか……。
とにもかくにも、今夜は看病のお礼をしよう。
あたしの奢りでお寿司でもピザでも佐伯の好きなのを頼んで、パーッと盛り上がろう。
「佐伯ぃ~~~!!」
HRが終わり、真っ先に二組の教室へ。
ちょうど帰り支度を終えた彼は、ふっとあたしと目が合うなり、気まずそうにそらした。
「あー……すみません、天城さん。今日はちょっと、一緒に帰れないです」
「えー!? 何で? 何か用事?」
「用事というか、何というか……あ、あはは……」
妙な感じだ。
さっきからまったく、あたしと目を合わせようとしない。
顔を覗き込めば別の方を向き、そっちへ回り込めばまた別の方へ。
僕に関わるな、という雰囲気すら感じる。
「も、もしかして……」
嫌な考えが脳裏を過ぎった。
冷たい汗が背筋を走り、ゴクリと息をのむ。
「あたしのこと、嫌いになった……? あたしがたくさん迷惑かけて……勉強教えるって言ったのに、使い物にならなかったから……?」
あり得る。
というか、むしろ嫌われて当たり前だ。
一人暮らし存続がかかった試験前の大事な時期に、これでもかと迷惑をかけ散らかした。
佐伯が自ら進んでやったこと、なんて言い訳は通らない。
彼の性格を考えれば、あたしの体調不良に首を突っ込まないわけがない。
「ご、ごめん! 本当にごめんなさい! お詫びなら何でもするから……だ、だから、嫌いにならないで!」
「違いますよ! 嫌いになったとか、そういうのではなくて……!」
「じゃあ、どういうこと……?」
尋ねるが、彼は明後日の方向を見るばかり。
ただただ訳がわからなくて、どうしようもない。
それを見かねてか、「はぁー、やれやれ」と昴ちゃんがあたしたちの間に入った。
「真白、それは良くないよ。有咲ちゃんが不安がっているじゃないか」
「い、いや、だって……」
二人の顔を交互に見る。
佐伯は頭を抱え、昴ちゃんは面白おかしそうに笑う。
「あれは、有咲ちゃんが倒れた日の夜だったかな――」
◆
「もしもし。キミから電話とか珍しいね」
『あぁ、うん。ちょっと聞きたいことがあって……今、時間大丈夫?』
「別に構わないよ。十分三千円だけど」
『しゅ、出世払いでお願いします……』
夜の十時過ぎ。
真白からの電話を取ると、向こうはやけに深刻そうな声をしていた。
私は試験勉強の手を止め、「で、聞きたいことって?」と尋ねる。
『天城さんのために何かしたくて……色々考えたけど、何かプレゼントをするのがいいかと思ってさ。だから、何を贈るか相談がしたいんだけど……』
「試験前にプレゼントの相談とは、キミ、随分と余裕があるみたいだね。感心するよ」
『余裕はないけど……ソワソワして、何かしないと勉強に手をつけられないからさ』
相変わらずだな、と内心ため息が漏れた。
真白は昔から、いつだって誰かの心配をしている。
私だったり、家族だったり、何でもない他人だったり。そこが彼のいいところであり、生きづらいだろうなと心配になる。
「まずそれは、どういう意図のプレゼントなのかな? 誕生日? 日頃の感謝?」
『体調不良で大事なオーディションに行けなくて、すごく泣いてて……それで……』
「同情? 励ましたいってこと?」
『いや、同情とかじゃ……』
口ごもる彼に対し、私は小さなため息を贈る。
「私はそれで有咲ちゃんが喜ぶとは思えないな。体調管理だって仕事の内、彼女は賢いからそれくらいわかっている。厳しいことを言うけど、彼女が仕事に穴を空けたことに同情の余地はないよ。彼女が本気なら甘やかすべきじゃないし、むしろそれは失礼ですらある」
真白の厚意を踏みにじりたいわけじゃない。
有咲ちゃんが軽いノリでこの仕事をやっているなら、同情でも何でもすればいいと思う。私だってそうする。
でも、彼女は本気だ。
本気のひとには、本気で接してあげないと失礼だ。
モデルは身体が商売道具。その手入れを怠り泣くハメになったのは、他の誰でもなく彼女の責任。
深く反省すべきだし、仮にこれで干されても文句は言えないし、少なくとも甘やかしていいわけがない。
『……同情、とかじゃない。そういうのじゃないんだ』
「じゃあ、どういうのなのさ」
『…………』
「真白?」
数秒の沈黙の後、電話口からすぅっと息を吸う音がした。
『カッコいい……って、思ったから……』
躊躇いながら、たどたどしく、彼は言った。
『変なこと言うかもだけど……泣いてるところを見て、カッコいいなって思ったんだ。そうやって泣くほど仕事に熱心で、僕にも真剣で……自分には真似できないから、応援したいなって思った』
「今回ポカをやらかした有咲ちゃんへのプレゼントじゃなくて、これから前へ進む彼女へのプレゼントをしたいってことかな?」
『うん。今も十分頑張ってると思うけど、もっと頑張って欲しいから。そういう天城さんを見たいから、何か贈りたいんだ』
「なるほどね」
真白は気づいていない。
誰かが頑張っている姿を見て、すごいなとか、背中を押したいなとか、そうやって素直に讃えられるのは才能だ。若いなら、なおさらそうだ。
私のこともいつだって応援してくれるし……我が親友ながら、本当にいい男だなぁ。
あの頃から何も変わらない。
あの日、あの場所で、私を助けてくれた時から何も。
本当に私はいい奴と知り合ったなと思うし、有咲ちゃんの目に狂いはないと思う。
でも、だからこそ……ちょっと悔しいけど。
「そういうことなら、何か素晴らしいモノを贈らないとね。試験が終わった日なら空いているし、二人で直接選びに行こうか?」
『本当!? それならすごく助かるよ!』
「じゃあ、その日までは勉強しておきな。キミが試験で悪い点を取って実家に戻ることになったら、有咲ちゃん、自分のせいだって泣くだろうし」
『た、確かに……ありがとう、昴!』
◆
「――ってなわけで、これから真白は有咲ちゃんへのプレゼントを買わなくちゃならないのさ。キミは安心して家で待っていればいいよ」
「えぇ~~~♡♡♡ なにそれなにそれぇ~~~♡♡♡ そういうことなら、最初から素直に言ってよぉ~~~~~♡♡♡」
昴の話を聞き、天城さんは全身からハートマークをまき散らしながら僕に抱き着いた。先ほどとはうって変わって、真夏の太陽のような笑みを輝かせながら。
僕は額に手を当て、どっとため息をつく。
「……そんなに予算ないので、期待させてからガッカリさせたら悪いじゃないですか。だから、サプライズにしておこうと思ったのに……」
「佐伯が選んでくれたなら、どんなモノでも嬉しいよー♡ ガッカリとかマジあり得ないからー♡」
「だ、だといいですが……」
「んじゃ、あたし先帰っとくね。プレゼントのこと頭から消しとくから、サプライズ楽しみにしてる♡ ばいばーい♡」
ちゅっちゅっ、と投げキッスを飛ばしながら、今にも浮遊しそうなくらい軽い足取りで去って行った天城さん。
どんなモノでも嬉しい、か……。
そう言われても、あいにく僕の頭は、はいそうですかと素直に飲み込めるようにできていない。ハードルがぶち上がってしまい、ただただ頭痛がする。
「ハハハッ。よかったね、真白。これは選び甲斐がありそうだよ」
「ひ、他人事だと思って……」
「安心するといい。キミのプレゼントアドバイザーは、世の女子たちをキャーキャー言わせてるセイ様だよ? 有咲ちゃん一人を喜ばせるくらい造作もないさ」
誰もが見惚れるようなイケメンスマイルで言って、僕の背中を軽く叩いた。
本当に大丈夫なのか……?
……いやもう、なるようにしかならないか。