第15話 だっこ
天城さんが高熱で倒れたと知った時、真っ先に今朝のことが脳裏を過ぎった。
ぎゅってしてと、彼女は言った。
あの時、明らかに様子がおかしかったのは、既に体調が悪かったからかもしれない。
なのに……僕は、気づくことができなかった。
ほとんど毎日一緒にいるのに、その程度のことがわからなかった。
「そばにいさせてください。僕が心配なので……これは、僕のワガママです。本当にごめんなさい」
贖罪の気持ちと、僕の知らないところでまた大変なことになってしまったらどうしよう、という恐怖。
それに、高熱の中で一人というのは思ったよりも寂しい。一人暮らし開始早々に体調を崩した僕は、その恐怖を身に染みて理解している。
「えっと……こっち、来て」
モコモコの寝間着に身を包む天城さん。
いつもより元気のない彼女に手を引かれ、部屋へ移動した。
瞬間、唖然とする。煽情的なデザインの下着類が、堂々と室内干しされていて。
……そ、そりゃそうだよな。だってここ、天城さんの部屋なわけで。
洗濯ものくらいあって当然だし、いきなり来たから片付ける暇だってなかっただろう。
ものすごく申し訳ない。
こうなるなら、事前に連絡しておけばよかった。
「ご、ごめんね、散らかってて……あたし、実は片付けへたっぴで……」
脱いだままの服。放置されたアクセサリーや化粧品。転がる空のペットボトル。
確かに散らかってはいるが、僕の実家の壮絶具合と比較すると何てことはない。
「嫌いになった……?」
「えっ?」
「……き、嫌いにならないでっ」
「なりませんよ! なるわけないじゃないですか!」
ここまで弱気な天城さん、初めて見た。
体調悪いとメンタルも落ち込むからなぁ、仕方ないか……。
「元気になるまで、僕ができる限りサポートします。なので、好きなだけ甘えてください」
と、にこやかに伝えた。
ジッと、こちらを見上げる天城さん。
うるうると瞳が揺れ動いて、いつもの半分以下の力で僕に抱き着く。子どもが親にするように、ひしっと、必死そうに。
「……すきっ」
「あ、ありがとうございます」
「…………」
「あの、天城さん? そろそろ離れて、ベッドに行ってもらってもいいですか……?」
「…………」
「あのー……」
「……だっこ」
「はい?」
「だっこしてくれなきゃ、やだ」
好きなだけ甘えてもいいとは言ったが、まさか初っ端からそんなことを頼まれるとは思わなかった。
普段なら絶対に突っぱねるけど、向こうは風邪っぴき。あまり強い言葉を使うのは気が引ける。
……仕方ない。
小さくため息をついて、一度彼女に視線を合わす。
膝の裏に腕を回し、極力優しくお姫様抱っこ。……バイトで無駄に重いもの持ってたことが、まさかこんな形で役に立つとは。
「これでいいですか?」
「……すきっ」
「そ、それ、イエスってことです……?」
「すぅ……きー……!」
と、虚ろな顔でニマニマする。
こんなこと思っちゃいけないんだけど……何か、これはこれで可愛いな。普段から子どもっぽいけど、より幼い感じで。小動物っぽい。
「じゃあ、ベッドで寝ましょうね」
「……佐伯ぃ……」
「そんな悲しい顔しなくたって、この部屋にいますよ。ちょっと片付けをして、それからお粥を作ります。あと、バナナジュースも用意しましょう。胃腸に優しくて栄養があって、利尿作用もあるので熱が早く下がりますし」
「うぅ……すきぃ……」
「はいはい」
「……なでなでして」
「いいですよ」
「……だいしゅき……っ」
頭を撫でて、たまに頬に触れて、首筋の汗を拭って。
天城さんは安心したようにまぶたを落とし、程なくして眠りについた。
……さて、と。
起こさないよう、ひと仕事するか。