第13話 愛してるよー♡
「はいこれ、佐伯の分だよ」
「ありがとうございます」
午後九時前。
愛してるゲームに勝利した僕は、天城さんにアイスを買ってもらうため近くのコンビニに来ていた。
パピコを購入し、店を出て早速開封。
手の温度で溶かしつつ、チビチビと食べつつ、帰路につく。
「溶かすのはやっ!? おててあちあちじゃん!」
「普通ですよ。ぎゅーっと強めに握るのがコツです」
「えー? うーん……あたし、これいつも食べるの遅いんだよなぁ」
もみもみ、ちゅーちゅー。
あれこれ試すが満足に出て来ず、むーっと眉を寄せた。
ふと、目が合った。
天城さんはニヤリと悪い笑みを浮かべ、目にも止まらない速度で僕のパピコを強奪する。
「あっ、ちょっと!」
「へへっ! こーかん、ねっ!」
僕のを迷わず咥えて、代わりに自分のを差し出す。
量的には増えたが……いやでも、これは……。
躊躇するも、かといって捨てるわけにもいかず、おずおずと口へ運ぶ。冷たくて美味しいが、しかし体温が上がる。
「んまぁ~! やっぱパピコはチョココーヒー味だよねー!」
「で、ですね……」
いまだ間接キスに動揺する僕を放って、天城さんは「にゃんこー!」と野良猫を見つけ駆け出した。
当然のように逃げてゆく野良猫。
彼女はその背中を悲しそうに見送って、とぼとぼと戻って来る。
しょぼくれた表情に、緊張も忘れて笑みが漏れる。
「猫、好きなんです?」
「うん、実家にもいるよ! 久しぶりに会いたいなぁ」
「今度の三連休、帰ったらいいじゃないですか」
「いやぁ……実家、気まずいから……」
と、その時だ。
鳴り響く着信音。
天城さんはポケットからスマホを取り、画面を確認する。
「…………ママだ」
それは、今まで聞いたことがないような苦く冷たい声だった。
軽く唇を噛む。目を細めて、眉をひそめる。
そんな、暗い大人な表情を作る。
「出なくていいんですか……?」
尋ねると、彼女はハッとしたように僕を見た。
途端に無理やりに口角を上げ、様々な感情が入り混じった笑みを灯す。「いーのいーの!」と着信を切って、スマホをポケットにしまう。
「どーせお説教だし! うちのママ、オシャレも許してくれないくらいお堅くてさ! 化粧はやめろとかスカートが短いとか、いっつもぐちぐちぐちぐち! でさ、何が意味わかんないって、あたしに化粧とかオシャレ教えてくれたのママだからね!?」
「自分で教えたのに、それでやめろって言い出したんですか……?」
「そう! マジイミフでしょ!?」
「で、でも、一人暮らしもモデル活動も許可されてるわけですし、ただお堅いってことはないんじゃ……?」
「お婆ちゃんに頼って、色々手続きしてもらったの! ママはあたしのこと嫌いみたいだし……だから、話したくない! 一生やだっ!」
ふんと、突き放すような口調で言う。
僕は見る。
天城さんを。
揺れる視線を、歪む口角を、スマホが入ったポケットに触れる指先を見て、ふと思う。
「あの、本当に――」
本当にそう思ってます? と言いかけて。
それを遮るように、「あっ!」と彼女が声をあげた。
「そういえばさ! 昴ちゃんとの愛してるゲーム、結局どっちが勝ったの?」
「え? あー……んっと、どうだったかな……」
首を捻って、記憶を手繰り寄せる。
あの暗くて寒い密室でのやり取りを、今一度思い出す。
「一応、僕が勝ったんですけど……何か変な感じで終わったんですよね」
「変な感じって?」
「何回かやり取りが続いて、決着がつかなくて。そしたらあいつ、もう飽きたから私の負けでいいやとか言って、僕のこと置いて帰っちゃったんです」
「へぇー。プライベートの昴ちゃんって、わりと気分屋なんだ。ファンのこと大事にしててファンサも手厚いから、まったく想像できないなぁ」
「僕のことは雑に扱ってもいいと思ってるんですよ。怒ったりしないから」
「……実は照れちゃって、そこを見られたくなかっただけだったりして?」
「そんなわけないでしょ……」
昴はたぶん、僕のことを弟みたいなものだと思っている。
そもそも異性扱いしていないため、本当にただ飽きただけだろう。
「ねえ、佐伯」
呼ばれて、天城さんの方を向いた瞬間、パッと両手で頬を挟まれた。
パピコの結露で、冷たく濡れた手のひら。
まだ暑い九月の空の下では、それはとても心地よくて、嬉しくて。
彼女はニンマリといつものように笑い、桜色の唇をそっと開く。
「愛してるよ」
唐突な告白。
好きだ何だと日常的に言われてはいるが、これは初めて贈られた言葉。
想像以上に破壊力があり、否応なく口角が緩む。
天城さんの手を払って、一歩二歩と後ずさる。
「い、いっ、いきなり何です!? ビックリするじゃないですか!」
「うひひひ♡ 照れた照れたー♡ はい、佐伯の負け! これで愛してるゲーム無敗の男の称号も返上だね!」
「そんな意味不明な称号をもらった記憶はないですし、そもそも、もうゲームは終わりましたよね!?」
「あたしが一回負けただけで、終わったなんか一言もいってないよ?」
「そんなメチャクチャが通るわけないでしょ!!」
「佐伯っ」
「な、何ですか!」
「愛してるよぉ♡」
「~~~~~っ!! ちょ、ほんとやめてください……!!」
「顔あかぁい♡ かわちーかわちー♡」
僕の周りをチョロチョロとして、弄って遊ぶ天城さん。
何だこいつら、と通行人が睨む。うわぁ、と誰かが声をあげる。
だけど、天城さんは気にしない。
誰にどう見られたって、誰にどう言われたって、僕のことしか見ていない。
恥ずかしくて……だけど、ちょっと嬉しくて。
困る。とっても。
「愛してるよー♡」
「だ、だからぁ……!」
「あたしが勝ったし、帰ったらその服、もらっていい?」
「ダメです!」
楽しいだけの夜道を歩く。
彼女の少し後ろを、丁寧に。