第12話 まじむりぃ♡
去年のこと。
中学三年生。最後の冬。
「何だよ。わざわざこんなところに連れて来て」
「ハハハッ。まあ、まずは座りなよ」
放課後。
昴に誘われてやって来たのは、使っていない机や椅子などが積まれた倉庫。
適当な机に軽く腰掛けて、ジッと昴を見た。
「明日からしばらく仕事でさ。ドラマの撮影があるって、前に言ったろう?」
「あぁ、うん。それが?」
「一個、不安な台詞があって。それを真白で練習させておくれよ」
「台詞って……でも僕、演技とかできないけど?」
「大丈夫。真白はただ、私の演技を聞くだけでいいから」
と言って、小さく深呼吸。
薄暗い室内。
寒く、静かで、じっとりとした空気。
それゆえか、彼女の存在感が際立つ。
中学生離れした色気が、この狭い空間を支配する。
綺麗でカッコよくて、だけど寂し気な青い瞳は、僕だけを見つめている。
「――愛してる」
女性にしてはやや低めな声が、華麗に静寂を散らした。
昴はキメ顔をして、得意気に鼻を鳴らす。
「どう?」
「いや、どうって言われても……今のが、その台詞?」
「そうだよ。嬉しい気持ちになった?」
「……普通にビックリして、それどころじゃなかった」
「じゃあ、もう一回。コホン――……愛してる」
「うーん……ごめん、何も感じないや」
「贅沢なやつだな。この私の告白を独り占めできているのに」
「素人だからよくわからないけど、もっと感情を込めた方がいいんじゃないかな? ちょっと棒読みっていうか、表情はいいけどそれに集中し過ぎっていうかさ」
考えうる精一杯の助言をすると、昴は「ふむ」と顎に手をやりながら頷いた。
「一回、真白がやってみておくれよ。他人に言われる気分を味わってみたい」
「はぁ!? 今さっき、聞くだけでいいって言っただろ!?」
「そうだったかな? 過去は振り返らない主義だから、よく覚えてないね」
「二分くらい前の話を過去扱いするな!!」
昴はただの友達。大切には想っていても、それ以上の感情はない。
しかし、異性であることはまぎれもない事実。
仮にそれが彼女の仕事のためであっても、愛してるなどと女子に向かって言うのは恥ずかしい。
「じゃあ、ゲームをしよう」
「ゲーム……?」
「愛してるゲームだよ。大人が飲み会や合コンなどでやるらしい。お互いに愛してると言い合って、照れたり笑ったりした方の負けという遊びさ」
「……それ、僕は愛してるって言わなくちゃいけない上に、負けて罰ゲームをやらされる可能性もあるとか、何のメリットもなくない?」
「そうでもないよ。高校に入ったら一人暮らしをしたいと言っていたろう? 私が負けたら、キミの両親の説得を手伝ってもいい」
「えっ、本当に!?」
子ども一人が味方になったところで何だという話かもしれないが、この時、兄も姉も、弟も妹も、家族全員が僕の一人暮らしに難色を示していた。
だから、一人でもいいから味方が欲しかった。
頼りになるとかならないとかじゃなくて、気分的に一緒に意見してくれるひとが欲しくて仕方がなかった。
「……でも、僕が負けたら?」
「うーん……それは、キミが負けた時に考えるよ。パッと思いつかないし」
「別にいいけど、メチャクチャなのはやめてよ」
「当然さ。私が真白を困らせたことある?」
「無限にある」
「ハハハッ。光栄に思うといいよ」
うちの家族に負けずとも劣らない、相変わらずの傍若無人な物言いにため息をつきつつ。
僕は生まれて初めて、その言葉を口にした。
心臓が爆発しそうなほど、緊張しながら。
◆
「んじゃ愛してるゲーム、始めよっか!」
「あぁ、はいはい……」
食事が終わり、あたしたちはベッドに並んで座った。
あたしの言葉に、佐伯はため息混じりに返事をする。
何で天城さんとやらなくちゃいけないんですか! とか文句言わないあたり、あたしの扱いに慣れてきたっぽいな。ふひひ、あたしら仲良しじゃーん♡
「罰ゲームは何にする? 負けた方が全裸になるとか?」
「ダメに決まってるでしょ!?」
「わかった! 負けた方が勝った方にちゅーする!」
「ドストレートにアウトです!!」
「だったら妥協して、えっちするとか?」
「何でそれが許されると思ったんですか!?」
「これもダメー? 佐伯はワガママだなぁ」
「……おふざけが過ぎるなら、今日はもうお開きにしますよ」
「わぁー! ダメダメ! ごめんってー!」
手を振り乱し、必死に謝罪して。
ふむと、数秒思案する。
……うん、これだ。
これなら文句はないだろう。
「あたしが負けたら、コンビニでお菓子とかアイス奢るよ。佐伯が負けた時は、今着てる服ちょーだい?」
「わかりまし――って、はい!?」
もはや今更言うまでもなく、あたしは佐伯の匂いが好きだ。
この部屋に入り浸り始めてから、何度衣類を盗みかけたことか。
佐伯の服をうちのでっかいクマさんに着せて、ぎゅーってしながら寝たら快眠間違いなし!!
寂しい時も佐伯を感じられて、嬉しい時も佐伯に触れられて、もう絶対ちょーやばいじゃんよー!!
「佐伯に直接何かするわけじゃないし、別にいいでしょ? これもダメだったら……服、黙って持って帰っちゃうかも」
「ど、どういう脅しですか……まあ、服くらいならいいですけど……」
「やったぁ~~~♡♡♡」
さて、罰ゲームが決まった。
あとは開始するだけ。
あたしはムフーッと胸を張って、「先行どーぞ!」と佐伯に譲る。
「どうせ勝つのはあたしだからね! 佐伯からの愛してるを聞かずに終わっちゃもったいないから、先に言ってもらっていい?」
「いいですけど、すごい自信ですね……」
そりゃそうだ。
佐伯は常日頃、あたしから好きと言われて顔を赤くしている。あたしからの愛してる攻撃に耐えられるわけがない。
じゃあ、あたしは佐伯からの愛してるに耐えられるのか否かという話だが……ふっ、愚問だね! 駆け出しの芸能人を舐めてもらっちゃ困る!
昴ちゃんに倣って、あたしも役者としての仕事が来ても対応できるよう、その手の技能書はかなり読み込んだ。一言一句間違わず暗唱もできるし、実際に練習もしている。
それだけで一流の役者にはなれないが、しかし、表情の制御くらいは可能だ。
ふひひ……ふははははっ!!
相手が悪かったね、佐伯!
その服、もらっちゃうから!
「じゃあ……い、いきますっ」
言いながら、躊躇いがちにあたしを見た。
黒い双眸に緊張をにじませながら、彼は口を開く。
あたしは全力のポーカーフェイスを張って、衝撃に備える。
やれやれ、ぬるい勝負だぜ。
自分の勝ちが確定した戦いとかやる気失せるなー。
「天城さん、愛してます」
「うひゃぁ~~~~~~~~~♡♡♡ まじむりぃ~~~~~~~~~♡♡♡」
普通に負けた。