第10話 セイ様
「みんな見て!! 今日も作ってもらった~!!」
「うわ、すごっ!?」
「レベル高過ぎ……」
「お店じゃん!!」
あれから数日経った。
登校したあたしは、何よりも先にバッグから昼食を取り出し周囲に見せつける。
麦ごはんに豆腐ハンバーグ、煮卵にブロッコリーとひじき。彩り豊かな、佐伯特製のお弁当。
あたしの鶏むね肉とブロッコリーだけの昼食を見た翌日から、彼は自分の弁当のついでだと言って、あたしの分も作ってくれるようになった。
「ちゃんと栄養まで考えてさ、佐伯君ってかなりマメだよね」
「前も有咲のことフォローしてたし、何かお兄ちゃんみたい」
「わかる! あんなお兄ちゃんいたら欲しいもん!」
お兄ちゃん……あぁ、お兄ちゃんか。
言われて、なるほどと納得した。
大きな背丈。ちょっと一歩引いたところから周りを見ている感じ。だけど、ちゃんと味方でいてくれる心強さ。
佐伯の家族のこと聞いたことないけど、たぶん妹とか弟がいたりするんだろうな。じゃなきゃ、あんな世話好きにはならないよ。
「あっ! ダメだよ、ダメだからね! あたしの佐伯だから!!」
念のため、釘を刺しておく。
友達は一様にため息をついて、「別に取らないって」と生温かい目であたしを見る。
「……でも、正直アリだよね?」
「ねー」
「有咲がフラれたら声かけてみよっか」
「だぁーめぇー!! めっ、だからね!! マジでー!!」
冗談だって、と三人は笑う。
……本当? いやぶっちゃけ、二割くらい本気でしょ?
「今日は佐伯君のとこ、行かなくていいの?」
「行くよ行きますとも! んじゃねー!」
今日も今日とて、佐伯は早朝からバイトだった。
あたしの部屋のドアノブに、お弁当が入った紙袋をさげて出勤。だから、今日はまだ直接お礼を言えてないし、好きも伝えられていない。
軽い足取りで廊下を行く。
元々学校は好きだったけど、佐伯に惚れてからもっと好きになった。だって、学校の中でも好きなひとに会えるから。
「さえ――」
き、と。
彼の教室の扉を開き、声を紡ぎかけて、続く言葉を飲み込む。
「真白。ポッキー、一本おくれよ」
「ん、別にいいけど」
「あーっ」
「……口開けて待ってないで、自分で取ったら?」
「見てわからないのかい?」
「何が?」
「いま、スマホいじるので忙しい」
「だからって、何で僕が食べさせなくちゃいけないんだよ!?」
「キミと私の仲じゃないか。薄情なことを言わないでくれ」
「僕、薄情なの!? 召使い扱いを拒否しただけで!?」
「親友に裏切られて涙が出そうだ」
「裏切ってないし! てか、スマホ見ながら真顔で言うのやめない!?」
「そういうわけだからさ」
「ん?」
「あーっ」
「……仕方ないなぁ……」
と、ため息混じりにポッキーを差し出した。
それを口で受け取ったのは、一人の女子生徒。
あたしには絶対に見せないような、心底面倒くさそうで、しかしどこか温もりのある表情の佐伯。
今度は女子生徒がポッキーを取り、佐伯の口へ半ば強引に捻じ込む。
彼は満更でもなさそうにして、「美味いね」なんて言い合う。
……は?
えっ……えっと、は? はぁ~~~!?
さ、佐伯が、あたしの佐伯が、下の名前で呼ばれてる!? しかも、あーん、とかしちゃってるぅ!?
いやてか、それよりも!!
あの佐伯が、敬語使ってない!?
あたしにも、男子にも女子にも、誰に対しても敬語な佐伯が!?
はぁあああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!???
◆
早朝からのバイトが終わり、今日も今日とて学校へ。
教室の扉を開くと、夏休みが終わってからずっと空席だった僕の隣に、たくさんの女子が集まっていた。
……あぁ、やっと来たのか。
安堵の息をつきながら、自分の席を目指して人だかりに近づく。
「セイ様セイ様!! 次、こっち向いて!!」
「んー? まったく、仕方ないなぁ」
「「「「「きゃあ~~~~~!!」」」」」
「セイ様ぁ! い、一生のお願いです! 投げキッスしてください!」
「いいけど、直接じゃなくていいのかい?」
「「「「「きゃあ~~~~~!!」」」」」
『尊い』『愛してる』などなど、いわゆる推しうちわを手に熱狂する女子たち。
彼女たちの中心にいるセイ様の発言により、何人かがバタバタと失神した。
「この子たち、保健室に運んであげて」
「「「「「はい!!」」」」」
「またお喋りしようね。バイバイ、子猫ちゃんたち」
「「「「「はい!! ありがとうございました!!」」」」」
セイ様の言葉に、女子たちは統率がとれた軍隊のように背筋を伸ばして返事をした。
そして、慣れた手つきで意識のない者たちを担いで連れてゆく。
途端に静かになった教室。
ため息が出そうなほどのイケメンスマイルで女子たちを見送ったセイ様は、ふっと僕に目をやり、どこか砕けたように笑って見せた。
「おはよう、真白」
「おはよう、昴。夏休み明けだからか、一段とすごかったね」
セイ様はあだ名。
聖昴――それが、彼女の本名だ。
紺色のショートヘア。切れ長の青い瞳。中性的な顔立ち。
身長は一七〇センチ以上とそこらの男子よりも高く、手足も長いためおそろしくスタイルがいい。
「結構休んでたけど、仕事忙しかったの?」
「まぁね。まったく、困ったものだよ。スケジュールは学校生活に極力支障が出ないように組めって、何度も言っているのにね」
やれやれと肩をすくめる昴。
彼女は女性向け雑誌の表紙を飾るモデルで、話題の映画に出演する役者で、SNSで数十万人のフォロワーを抱えるインフルエンサー。
甘く爽やかなルックスから同性からの支持が非常に高く、実際、王子様キャラとして売っている。学校内にも相当数のファンがいて、さっきのようによく囲まれている。
「それより真白、失望したよ。私が休みの間、一度だってそっちから連絡してくれなかったじゃないか。私がどれだけ寂しい思いをしたか……」
「いや、忙しいなら悪いかなって。用事もないし」
「用事がなくちゃ連絡しないのかい? 私たち、親友だろ?」
「……その親友からの連絡を、よく既読無視するのはどこの誰だよ」
「返信する気分になれない時もあるさ。そういう気分の時に連絡を寄越す真白が悪い」
「僕のせいなの!?」
「私か真白、どっちが悪いか女の子たちに聞いてみようか?」
「昴の信者が、僕の肩を持つわけないじゃん……」
「戦う前に諦めるとか、小さい男になったものだね」
「勝てる戦いを挑んでるそっちこそ小さいだろ!?」
「私はいいのさ。健気でか弱くて可愛い女の子だから」
イケメンスマイルが炸裂。
キランと胡散臭いくらいに白い歯が輝いて、そこには毛ほどの健気さか弱さもなくて、僕は大きなため息をつく。
遊ばれてるなぁ……。
いつものことに安心感すら覚えつつ、カバンから朝食代わりのポッキーを取り出した。
「真白。ポッキー、一本おくれよ」
「ん、別にいいけど」
「あーっ」
袋を差し出すが、彼女はこちらを見向きもしない。
「……口開けて待ってないで、自分で取ったら?」
「見てわからないのかい?」
「何が?」
「いま、スマホいじるので忙しい」
「だからって、何で僕が食べさせなくちゃいけないんだよ!?」
「キミと私の仲じゃないか。薄情なことを言わないでくれ」
「僕、薄情なの!? 召使い扱いを拒否しただけで!?」
「親友に裏切られて涙が出そうだ」
「裏切ってないし! てか、スマホ見ながら真顔で言うのやめない!?」
「そういうわけだからさ」
「ん?」
スマホから顔を上げ、僕を見た。
ライトアップでもされているかのような、存在感のある笑み。弧を描く唇がそっと開いて、赤い舌が覗く。
「あーっ」
「……仕方ないなぁ……」
ため息を一つ落として、その口へポッキーを挿し入れた。
二人で同じものを食べて、「美味しいね」と言い合う時間は、何だかんだで楽しい。
「さ、佐伯……?」
教室の扉の方から馴染みのある声がして、ふっと視線を向けた。
そこに立っていた天城さんは、信じられないものを見る目で僕と昴を見ていた。
「えっ、えっ、えぇ~~~!? ちょ、ちょっと待って佐伯!! 佐伯ってばタメ口で喋ってるし……しかも、セ、セイ様と!? 待って待って待って!! なに、どういうことぉ!? 二人って仲良しなの!?」
「あぁ……えっと、昴とは小学校から一緒なので……」
「昴ぅ!? セイ様を下の名前で……!?」
「色々あって、よく遊んでて。……なっ、昴?」
「えっ、誰? キミのことなんか知らないよ。話し掛けないでくれ」
「意味不明なボケするのやめて!? それはちょっと傷つくから!」
「ハハハッ。ごめんごめん」
言いながら立ち上がって、天城さんの前に立った。
片やクールな王子様、片や元気いっぱいなギャル。
お互いに抜群のルックスで、抜群のスタイルで、しかし纏う空気は真逆。
そのせいか、やけに迫力がある。
「キミのことは知っているよ。天城有咲ちゃんだよね」
「っ!? 何でセイ様が、あたしのことを……!?」
「同じ事務所の子が同じ学校にいたら、そりゃあ知らないわけないよ。すごくいい子がいるって、キミのマネージャーが褒めていたよ。私も応援してる、頑張ってね」
「はわぁ~~~~~!! あ、ありがとうございますぅ~~~~~!! あのあのあのっ、あたし!! 本当は入学した時にセイ様に挨拶するつもりだったんですけど、あたしみたいな半端なのっていうか、下っ端が声掛けるのはまずいかなって思っちゃって!! だからその、無視してたわけじゃないんです!!」
「ハハハッ。そんなかしこまらなくていいのに。事務所の先輩後輩だけど、同じ学校の同級生でもあるわけだし。有咲ちゃんって呼ぶから、キミも私のこと昴ちゃんって呼びなよ」
「いやいやいや!! 無理っ!! マジ無理過ぎて恐れ多くて死んじゃいます~~~!! ホントヤバ過ぎぃ~~~!!」
す、すげぇ……。
いつも僕を振り回して、それはもう千切れそうなくらい振り回しまくる天城さんが、完全に圧倒されている。
でも、そりゃそうか。
昴は子どもの頃から今の仕事をしているため、芸歴はもう十年以上。
しかも、事務所の稼ぎ頭の一人。
モデルとして食べて行きたいという天城さんが、こうも低姿勢になるのも頷ける。
「っていうか真白、キミも隅に置けないな。こんな可愛い子、どこでナンパしたんだい?」
「ナンパなんかしてないって」
「あたし、佐伯のこと好きになっちゃって! 恋人を前提に友達になったんです!」
「なっ!? あの真白に、ついに春が来たのか……!? よかったな、私からご両親に報告しておこう!」
「待って待って! まだ付き合ってない! 本当にまだ何もしてないから!」
「そうだねー♡ まだ、何もしてないもんねー♡」
「真白……ちゃんと、避妊はするんだぞ?」
「教室でそういうこと言うのやめてもらっていい!?」
僕の浮ついた話に全力で乗り、昴はニヤニヤと笑う。
面白がってるなぁ、こいつ。他人事だと思って……。
「連絡先を交換しておこうか、有咲ちゃん。真白に関して、何か困ったことがあったらすぐ私に言うといい」
「ほ、本当ですかー!? ありがとうございます、セイ様!!」
「だから、敬語はいいって。あと、昴ちゃんって呼んでくれなくちゃ、その可愛い顔にキスしちゃうよ?」
「えぇ!? そ、それはちょっと興味あるけど……いやでも、あたしは佐伯一筋だし……!! うぅ~~~~~!! す、昴ちゃん!!」
「何だい、有咲ちゃん?」
「うひゃ~~~~~っ!! マジやばぁ~~~~~い!!」
両頬を手で覆って、デヘデヘと笑う天城さん。
こっちもこっちで楽しそうだなぁ……。
「じゃあ早速、真白の恥ずかしい写真を一枚送っておくよ」
「ちょっ!? な、何を勝手に――」
「わひゃ~~~♡ 佐伯の寝顔、かわちすぎぃ~~~♡」
いとも容易く個人情報が流出し、僕は一人頭を抱えた。