開幕#2
「やめてよ裕樹。仕方なかったんだから……」
「仕方ないって何がだよ。木町は自殺したんだ。その理由がクラスからのいじめなんだよ」
「たとえそうだとしても、私たちは悪くないよ……」
響子は俯きながらそう呟いた。
今日もまた、気持ち良い風と共に太陽が照らしている。そう、丁度三週間前のあの日と同じ。
「俺たちは悪くない? 何でそんな事が言えるんだよ」
「裕樹……私たち、つきあってるんだよ……」
「そうだけど、それが今、何と関係あんだよ」
「付き合ってるんだから、もうちょっと私の気持ちも考えてよ……」
力なさげに響子は俯き、呟く。
裕樹は響子に気づかれないように、小さくため息をつく。
「ごめん、悪かった。少し言い過ぎた」
木町雪穂が亡くなる約一週間前の事だった。同じクラスの片岡響子から告白された。響子は特別可愛いわけではなかったが、笑顔が良く似合う女の子で、みんなから慕われていた。特に断る理由は無かった。響子には悪かったが、裕樹は軽い気持ちで付き合ってみることにしたのだった。
「でも響子、俺たちも加害者なんだよ」
響子のこういう所が疲れる……。裕樹は思いながらも、まさか本人に言えるはずもなく、胸の中にその言葉をしまい込んだ。
「何で加害者になるのよ……。だって雪穂が死んだのは……ノイローゼが原因で自殺したからでしょ? 学校だってテレビだって雑誌だって、周りの人はみんな言ってる」
木町雪穂の自殺原因は、「生きる希望がない」というメモが木町の部屋から見つかった事により、鬱やノイローゼが原因で自殺したと世間にそう公表されている。だが、本当は違う。クラスからの虐めが原因で木町は自殺したのだ。根拠などない憶説だが、裕樹はそう確信している。
「もうやめようよ。こんなこと話したって何にもならないよ……」
響子は歯を食いしばり、涙をこらえている。
「真実を言えばいいんだよ。学校にでも、マスコミにでも」
「そんなことしないでよ!」
響子は声を張り上げた。驚く裕樹に弱々しく続ける。
「そんなことしたら……裕樹が……」
最後は言葉をつまらせるが、裕樹には響子の言いたい事が伝わった。
「大丈夫だよ。人が一人死んでるんだ。二度も繰り返すような馬鹿な連中じゃないだろ」
学校側も、苛めの事について調べていた。全学年で木町雪穂のいじめについてのアンケートを行った。裕樹もそのアンケートに答えた。だが裕樹は素直に答えることができなかった。
もしいじめがあったと広まった時の事を考えた。自分が真実を書いたら……。自分もまた、木町と同じ道を歩くことになるのかと思うと、あの時はペンを動かせなかった。
そう思ったのは裕樹だけじゃなかったのだろう。響子も含め、いじめの存在を知っている者全員が本当のことを言えなかった。現に、いじめについて公になっていない。
あの時、いじめについて書かなかったことを裕樹は今更ながらに後悔していた。
教室から見えるあの現場を見るたびに、木町に申し訳ないと胸が痛む。逃げてばかりじゃだめだと気づいた。
「響子……」
「……やだよ、私。悪いのは雪穂をいじめたあいつらでしょ! 私たちは悪くない!」
響子は裕樹を睨むと、駆け足で扉の向こうへと消えた。
屋上に一人残された裕樹。
「どうしたらいいんだよ……」
頭をボリボリとかきながら、困り果てる裕樹。
彼女という存在に、少し疲れを感じた裕樹は大きなため息を漏らす。
相変わらずの青空はのんきに裕樹を照らしていた。