開幕 【裕樹】
あの死から丁度一ヶ月。
伊形裕樹は、何度もテレビや雑誌で取り上げられた彼女の事を思い出していた。
「木町……雪穂……」
彼女が倒れていた場所が裕樹のクラスからよく見えた。
裕樹も彼女の無残な姿を目にした。彼女の周りに野次馬が集っていた。裕樹もその中の一人だった。
彼女が発見されたのは、放課後のことだった。
今でも鮮明に覚えている。真っ赤な血の海。横たわる木町雪穂。目に映っているソレが人とは程遠いもののようだった。それほど、その光景はショックなものだった。
「裕樹、もうその話やめようよ」
「響子……」
席に座りながら窓の外を見ていた裕樹に、片岡響子が悲しそうな顔をしながら声をかけた。
「雪穂のこと、もう考えるのはよくないよ」
裕樹は自分が、彼女の名前を無意識に呟いていたのに気がついた。
「ごめん、響子……」
裕樹は、響子を見上げるように謝ると、もう一度彼女が倒れていたあの場所へ目を向けたがすぐにそらし、立ち上がった。
「ちょっと、どこ行くの裕樹。もう鐘鳴っちゃうよ」
裕樹はその言葉を無視してそのまま教室を出て行った。困った響子はその後をついていった。
教室を出た裕樹は、一番近くの階段を上がり始めた。響子は、裕樹がどこへ向かうのかを察する。
「裕樹……そこ行くのやめようよ。ほら、立ち入り禁止なんだし……」
「響子だって思ってるだろ」
「え?」
裕樹は、最上階まで上がると、「立ち入り禁止」と掲げられたコーンをよけてそこにある扉のドアノブに手をかける。
「木町雪穂が死んだのは、俺たちのせいだって分ってるだろ」
裕樹は、握っているドアノブを回す。扉は何の抵抗もなく簡単に開いた。この校舎も随分と古い。立ち入り禁止とはなっているもの、鍵が壊れているので入ろうと思えば入れてしまう。
その瞬間、心地よい風が二人の髪の毛を揺らした。
「俺たちが止めていれば、木町は死ななかった……」