虚無 【響子】
遺影の中で優しく微笑む滝真奈子。
線香の臭いが鼻につく。響子は幼い頃からこの臭いが嫌いだ。呼吸を繰り返すたびに、不快感がたまっていく。
早くこの場所から離れたい。線香の臭いよりも、罪悪感で押しつぶされてしまいそうだ。
私はとりかえしのつかないことをしてしまった。
許されることのない罪。償うことの出来ない罪。
「裕樹、少し外の空気を吸ってくるね」
隣にいた裕樹に声をかけると、ついにこの空気に耐え切れなくなった響子は動き出す。
外に出ると、少し気分が楽になった気がした。線香の臭いがしないからだろうか。
入り口のすぐ横にあるベンチに腰を下ろし、地面を見つめる。これからのことを考えた。だが、考えても答えが見つからない。
滝さんの死が、事故死じゃないと知られたら……。いや、警察は言わないだけで、他殺と考えて捜査を進めているだろう。学校側が、勝手に事故死と言っているだけだ。第一、滝さんがあの倉庫に行く理由がない。疑われるのは、第一発見者となっている私だ。
マスコミでは、滝さんの事故死について大きく取り上げられていた。同じ学校、同じ時期に二人もの死者。そして、同じクラスの人間となれば、その二つをつなげたがる。マスコミにとっては、所詮ただの面白いネタなんだ。
この罪悪感から解放され、マスコミのネタになるか。一生、罪悪感と罪を背負って生きていくか。この二択しかない。
私は一体、どうしたらいいんだろう。
「どうしたの? 片岡さん」
心臓がドキリと跳ね上がる。顔を見なくても、この声が誰のものなかすぐに分った。
後ろを振り向く。それが間違っていることを祈って。
「……菅原さん」
祈りは天に届かなかった。あたり前だ。たとえ神がいたとしても、絶対に神は私の願いなんか叶えようともしない。