激怒 【奈都】
許さない。生まれて初めて人を思いっきり殴った。
あれから教室を出た奈都は、三限目までサボり、鞄を手に持ちかえろうと廊下を歩いていると、授業中にも関わらず、前方に男子生徒が歩いている。
「連夜―」
奈都は、茶髪頭の杉宮連夜に声をかける。
後ろを振り向いた連夜は右手を上げる。
「おー。奈都、帰るの?」
「うん。馬鹿らしいもん。やってられない。本当に許さない、あの女」
「奈都がマジギレしたところ、俺はじめて見たわ」
笑う連夜の隣で、奈都がムッとする。
すると、突然「あ……」と思い出したかのように奈都が声を出す。
「いいこと考えた。ねえ、連夜。ちょっと手伝ってよ」
連夜の顔を見て、怪しく笑う。
「なんだよ、気持ちわりーな」
「あの女を痛めつけるの。連夜もやろうよ」
連夜はどうでもよさそうに返事をする。奈都の頼みは断ることはしない。
「じゃあ、渉のところ行こう。渉も誘うの」
「あいつなら、また保健室だろ。学校は寝るために来てるもんな」
奈都は笑いながら相槌を打つと、二人は保健室に向かった。
予想通り、カーテンの締め切られたベッドに藤川渉が寝ていた。
「おい。起きろよ、渉」
気持ちよさそうに寝ている渉に声をかけた。
寝返りをうちながら、ゆっくりと目を開けた。
「誰……?」
寝ぼけたようにボソリと呟く。
「起きろって」
渉は、「うるさいな……」としぶしぶ体を起こし、枕の横にあった黒渕の眼鏡を手に取ると、それをかけた。
「何の用?」
寝ているところを起こされ、不満の色をかかげているご様子。
はたから見れば彼は、真面目そうに見える。だが、授業は普段、出ることもなく保健室で寝ている。たまに出てると思えば、机に顔を埋めて寝るだけ。人はみかけによらずとは、まさしくこのこと。
「早くすませて」
無愛想、クール、顔も良し、授業はほとんど出ないくせに成績も良し。女子が騒ぎ立てる物を、彼は揃い持っている。ただ、彼は他人には興味がないようで、むしろ嫌っているようにも見える。彼女がいるだなんて、奈都はそんな噂は一度だって聞いた事はなかった。