衝突
それは木町雪穂が死ぬ、ほんの少し前のこと。
「いったあ……」
菅原奈都が手に持っていた山積のプリントを床に散らかす。
「ちょっと何するのよ! プリントが落ちたじゃん」
奈都はすかさず木町雪穂に文句を言う。
雪穂は冷たい視線で奈都を見る。
「何するのって、菅原さんが勝手にぶつかってきたんでしょ。あたしに害はないよ」
「はあ? ふざけないでよ」
クラスの視線が、二人に注目される。
奈都は偉そうに腕組をしながら睨みつける。
「拾いなさいよ」
「どうして?」
そこで、二人の間に松村弘幸が口をはさむ。
「木町も菅原も仲良くしろよな。お前らガキか。木町も拾ってやれよ」
「ガキにさせるほど、菅原さんが嫌いだから仕様がないよ」
ひとり言のように呟く雪穂。もちろんそれは、奈都の耳にも届いている。
二人が揉め事をするのは、これが初めてではなかった。何が気に食わないのか、雪穂は奈都を毛嫌い、軽蔑する。奈都もそんな雪穂が気に食わない。二人は些細なことでも、もめることが多かった。
「なめてんの?」
怒りに震える奈都が、拳を強く握り締める。
「あたり前じゃない」
あからさまに、雪穂はバカにしたように鼻で笑う。
「この!」
奈都は怒りのあまり、雪穂の頬にビンタを食らわせた。
ざわめく教室。中には、そこまでもしなくても、という声がささやかれる。
屈辱に顔をゆがめる奈都。手を出してしまったことにも、悪くは思わない。
「暴力に走るなんて、菅原さんって弱い人間ね」
ぶたれた本人は、平気なようで、冷たい視線を送り続けている。ただ、左頬が、うっすらと赤い。
「うるさい……!」
奈都はそのまま教室を出て行く。
雪穂は何も言わず、ただ黙って床に散らかったプリントをひろうと、それを奈都の席に置いた。