招かれざる客 下
結果的に言うと、バルキュリアが持ってきてくれたお菓子や料理はどれもおいしくて、紅茶もとても美味しいものだった。
お酒が飲めるアザミさんや神様たちは飲んではしゃいで、中々に少人数ではあるものの大きな盛り上がりを見せていた。
会話し美味しいものを食べる中、にぎやかな空間が久しぶりだからか、少し体が火照ってきた…
「ゲイル、少し外に出てきて良いかな?」
「ん?嗚呼、いいよ。行ってらっしゃい」
そう言って見送ってくれるゲイルに笑みを浮かべ頷き外へと向かう。
扉に手をかけると背後から「愛李様」と呼ぶ声が聞こえた。
「これ、宜しければお外で召し上がってください。」
そう言って差し出された小袋にはかわいらしいクッキーが入っていた。
俺があまり食べていなかったのを気にしてくれていたのだろう、心配させてしまったなと感じながらも礼を述べ外へと向かった。
扉を開ければあたりは夜の景色になっていた。
きれいな星空、月を見上げゆっくりと息を吐いた。
「愛李」
背後からの呼びかけに振り向けば忌神が俺のそばへと歩いてくる。
酒の席にいたはずだと首を傾げれば少し嫌そうに「暑苦しい」とだけ述べる忌神。
きっと酒の席で怠い絡み方でもされてしまったんだなと苦笑を浮かべた。
「お前が出ていくのが見えたから、追ってきた」
素直に述べたのが恥ずかしかったのか、そう述べた後ぶっきらぼうに首を横に向け俺に表情が見えないようにしていた。
案外、恥ずかしがり屋なんだと自然と笑みがこぼれる
「そっか、ありがとう。」
俺の言葉に忌神は不思議そうに首を傾げた。
「なぜ、ありがとうって言うんだ?」
「なぜって…感謝したから?」
なぜと聞かれると何で今、自分は感謝したのかわからなくなる。
こうしてここに来てくれたから、という理由ではだめなのだろうか
「ねぇ、忌神は何で俺を選んだの?醜い顔しかできない俺を選んで何を求めたいの?」
「なんだ、急に、言っただろう、貴様が、いや、愛李が面白いやつだと思ったからだ。」
「面白いって、君本当に変わり者だ…」
怪訝そうに俺を見つめる忌神に表情を崩し自分の表情を見せる。
唇を自然と噛み、不自然に、不格好にも見えてしまう表情。
笑うことに対しても、ほかの表情も作った表情しかできない、自分らしさが分からない
「こんなの醜いだろう?いつからかは覚えてないけれど、表情も感情もわからなくなった。周りの評価も、自分への視線も何もかもが苦しくて、何も感じられない」
「…それが、自分を欺く理由か」
何処か納得したように忌神は俺の目を離さずじっと見つめてくる。
その眼がどこか、まっすぐで眩しく感じ俺はそっと視線をずらした。
「そうすれば、周りも皆、醜いなんて思わないだろう」
そう言って俯けば、静寂があたりを支配する。
何も言わない忌神に、冷や汗が落ちる。
失望されただろうか、醜いと思われただろうか、それとも見放されるのか…
そんな不安が脳裏をよぎり、不自然に地震の胸元をぐっとつかみ忌神の返事を静かに待った。
「私はそう思ったこともない、醜く歪なのは私とて同じだ」
俺の頭をゆっくりと触る忌神にそっと顔をあげる。
何処かやさしく、俺を見つめる忌神の目は、どこか懐かしくて、暖かい。
「いみ、がみ?」
首をかしげた俺に微笑みかけた忌神は自身の布を俺の被せてくる。
表情を見られたくないのか、気紛れなのか、そうのんきに考えていると再度忌神は口を開いた。
「神には、それぞれ役目、役職が必ずある。何をモチーフにし生まれるか、人間が願い、何がきっかけで名乗ることが出来るか様々だが、どの神にだって名前も、司るものも在る。…私にはそれがない、生まれも覚えていない。気が付いた時にはこの姿で、何も持っていない私を嫌悪し気味悪がる神は何柱もいた。」
被せられた布で表情は見えない。
けれど今話す忌神の声はさみしく、どこか辛そうに聞こえた。
生まれたときから何もなかった、それはきっと苦痛で苦しくて、寂しいものだったのだろう。
どれほどの物だったかなんて想像ができず、ただその忌神の言葉を聞き入れていた。
「何もわからなかった私に手を差し伸べてくださったのが天照だった。何も知らない私をここにつれてきてな、「何時か私と共に戦うものを連れてくる」そう言ってくださった。
それが愛李だ。」
そう言って俺の頭をそっとなでる忌神に布をとり顔をあげた。
酷く、困ったように、不器用な笑顔で俺を見つめる忌神はどこか俺にそっくりだった。
「私は知りたいんだ。自分が何者で、何のために生れ落ちて、神になってしまったのかを。だからこそ、最初お前と会った時、不安だったし、苛々してしまった。すまなかった。」
最初会った時、「出来損ない」と言われたときだろうか。
「俺もあの時はこんなに感情的になれるなんて知らなかったよ」
「そうだろうな、ふふ、何だ。私たち案外似ているじゃないか。私は自分を知りたい、お前は感情を知りたい。まさに似た者同士という奴だろう?」
そう言って無邪気に笑う忌神に布を被せ、笑う
「ふはっ確かに、そうかもね」
月明りの下で二人して笑う。
こんなに笑うのはいつぶりだろう、否、本当は初めてかもしれないな
そう感じながら忌神と再度顔を合わせクスクスと笑みをこぼした。
―その時だった―
「おやおやおや、良い友情をお築きになっていらっしゃるところ申し訳ございません。」
月が雲に隠れると同時に声が聞こえてくる。
誰かいるのかと前を向けば数メートル先にいる謎の少女。
月が隠れてよく見えないが目が赤く光り俺たちを見ていた。
「良いモノを見せてくださったお礼にいいことをお教えてあげましょう。【この世界】では、油断は命取りなんですよ?」
そういわれたとたん少女の姿が消えると同時に俺は忌神に思い切り押され、横へと転がった。
受け身をとったからか、痛みもない。
起き上がり忌神のそばへと近寄っていく。
「忌神…!!」
肩にかけて滴り落ちている赤色に血の気が引きながらも一生懸命に忌神を起こす
「なに、している。早く逃げろ」
そう言いながら忌神は立ち上がるが先ほどそこにいた少女の姿が見えない
「あらら?言いませんでしたっけ?この世界では油断は禁物って」
背後から聞こえた声に振り向くがもうその刃は俺に向かって振り下ろされようとしていた。
刃が下りるのがやけに遅い、スローモーションに感じる。
(これ、死んじゃうのかな)
よけられないと悟っていたからか、やけに冷静にそう考えていた。
のんきだと思う自分に可笑しそうにうっすら笑みを浮かべれば、少女の顔色が少し驚いた風に見えた。
「虫が入ってきたと思ったら、害虫だったようだね。駆除しなくては」
刃が皮膚に触れた瞬間甲高い金属音と共に少女の持っていたナイフは遠くへと弾き飛ばされたのが見えた。
それと共にゲイルの剣が彼女を思い切り吹き飛ばした。
「忌神様、愛李様ご無事でしたか?」
そう言いながら駆け寄ってくるバルキュリアに頷くが、忌神が心配だと抱えていた忌神を見せる。
「大丈夫ですよ、神が受けた傷は人より治りが速いですからね」
安心させるようにそう言ってくれる彼女にお礼を述べ先ほどの攻撃で後方へと飛んだ少女を見た。
当の少女は傷一つない状態で立ち上がり笑顔を浮かべていた。
「っち、あの場で頭打って戦闘できなくなればよかったのに」
そう言いながら背後からゲイルが駆け寄り大丈夫かと俺を見る。
頷き返せばどこか安堵した表情で頷いたゲイルはゆっくり前へと出た。
「こんばんは、そちらの陰湿な勝ち方は相変わらずのようですね、ステア―さん」
「ステア―って、確かギリシアの…」
先ほど、天天が言っていた、あの最強とうたわれたギリシアのリーダー格
こんな俺とほぼ同い年くらいの少女が、リーダー
「こんばんは、ゲイルさん。嫌ですね、そのような言い方。私は完ぺきな勝ち方を望んでいるだけですよ?」
そう言いながら笑顔をこちらに向けてステアーと呼ばれた少女はゆっくりとナイフを落とした
もう戦う意思がないという意思表示だろうか
月明りの下、彼女の姿が垣間見えた。
白髪の不思議なくらい光り輝く髪はなびき赤い目ととても似合う、彼女はアルビノなのだろうか。
腰までの長い髪は風になびき、彼女はうっとおし気に髪を後ろへと払った。
「…相手側が自身の陣地に来ることは禁じられている筈だ」
そう言って忌神は立ち上がり、ゲイルの隣へと立った。
傷は見たところ血も流れていない、本当に治ってしまったのだ。
「ふふふ、忌神さんったら、そんなルールにも一つ穴があるのですよ?もしかして、お気づきになられなかったのですか?」
そう言いながらステア―は見せつけるように胸元に赤く光り輝くペンダントを見せた。
「リーダーの印…まさか、ポイントでここに来る権利を支払ったのか!?」
驚いた様子の忌神に何があったのかと目を白黒させる俺にそばに居たバルキュリアが説明をしてくれた。
「あれは、チームのリーダーだという証です。チームによって色が違っていて、おそらく愛李様もほかの方と出会った時の目印となる筈です。そして先ほども言ったように勝てば名声を手に入れます。それを具現化したものがポイント、つまりチームの総合のポイントで、すべての順位が決まってしまうのです。逆に言えば、ポイントが多ければ多いほど、不正も、出来てしまうんです。」
そういったバルキュリアは不安が隠せないのかどこか硬い表情をステア―に向けていた。
「ふふ、正解、とはいえ不正だなんて失礼ですね。バルキュリアさん?私正規のルートで入ったのですよ?」
「それを不正と呼ばないなんて、ずいぶんと行かれた頭をしたお嬢さんだね、あ、もしかしてさっきので頭がさらにいかれてしまったのかな?」
此方からは伺えないが、声音でゲイルがどれほど怒っているかが、感じ取れてしまい、味方とはいえ身震いしてしまう。
「あらあら、そういう貴方はずいぶんとお堅い事。その頭を緩くするお手伝いをしてもよろしいのですが…時間切れのようですね」
残念そうにそう言った彼女の体はゆっくりと透け始めていた。
時間切れと言う事は、入れるが、やはり時間制限など様々な縛りがあると言う事だろうか?
「まぁ、良いでしょう。敵情視察ができたわけですから、嗚呼、そうだ」
片手をあげる彼女、よく見れば先ほど外へ出る際に渡されていたお菓子の袋が握られていた。
「い、いつの間に…」
あっけにとられた俺に面白おかしそうに笑う彼女はそのお菓子を一つ口へと運んだ
「愛李さん、でしたっけ?いつまであの笑みを浮かべられるか、少し楽しみですね。次の相手としては楽しめそうです」
そう言い残し彼女は跡形もなく消え去ったのだった。
残ったのは、お菓子の包みに巻いてあった青いリボンだけで、それも風に飛ばされ消えて行ってしまった。