此処にいる意味
一章・二節「招かれる客」
何時からだっただろうか、目の前の視線も声も、人の持つ自身への評価も期待も何もかもが怖くなってしまったのは。
人と話すだけで怖くなるからと、常に笑顔で、それでいて敵を作らないようにそんな思いだけで必死に生きていて、いつしか自身が何を考えているのか、感情すらよくわからなくなっていて、何で今こんなことを考えているのだろうか。
なんで俺は今こうして招かれてしまったのだろうか、なぜ…何故…ナゼ?
─
「り…いり…!愛李!」
ゲイルの呼びかけに答えるように目を開く。
横になっていた状態から突然飛び起きたからか少しのめまいを感じふらついたものの、先ほどのように頭が痛む感覚もない。
「大丈夫かい?大分君、顔色が悪いようだけど」
心配そうに俺の顔を覗き込むゲイルに「大丈夫だよ」と首を横に不利笑みを浮かべて見せた。
正直言って最初の時のように突然の頭痛も、何もないから幾分かましだった。
しいて言うのなら突然の浮遊感に驚いてしまったか、かるく酔ってしまったかの二択だろう。
「それよりも、此処はどこかな?転移したのは分かるんだけど…」
先ほどのにぎやかだった喧噪も、きらびやかな雰囲気も見当たらない。
あたりには草花が芽生え、目の前には古風な洋館のみ。
壁にはいくつものツタが覆いかぶさり、廃墟のようにも見える屋敷だが、どことなく綺麗さも感じ、怖さは感じられない。
「僕らの拠点だよ、あれ、言ってなかった、かな?」
ドクンと心臓が跳ねる音が鮮明に耳に響く。
失敗したと脳内で継承が鳴り続け冷や汗が出てくるのを押さえながら必死に笑顔を取り繕う。
「ごめん、わす、れてたみたいだ」
そういった僕に笑いかけ気にしないで笑うゲイル、自身の心臓の音が落ち着いていく。
大丈夫だ、嫌われていない、不快に思われていないと何度も心の中で繰り返した。
気づかれないように笑顔を浮かべていた僕を見て何か言いたげな顔をした彼。
分かっている、仮面のような笑顔で、何の感情も表せない気味の悪い時分だから、胸の内で何度も謝りながらも何度も何度も大丈夫と胸の内で同時に繰り返し平静を保とうとする事しかできないのだから。
「愛李、君はやっぱり此処に来るべき人だったんだね」
唐突に述べられる言葉に意味が分からず、落ち着こうとうつむいていた顔をゆっくりと上げゲイルの表情を見つめた。
ひどく透き通ったその眼の奥からは何も読み取れない、ただにこりと笑うその笑顔は自身にひどくそっくりだった気がして…。
「さて、ほら、じっとしていても何も始まらないよ。早く中へ入ろう、此処じゃ、話もできないからね。」
一瞬にしてその表情は消え失せて彼は僕の腕を引っ張り屋敷へと向かい歩いていく。
先ほどの笑顔は何だったのかと、聞こうにもなぜか聞いてはいけない気がして、何も言わずただついて行く。
木造の細かやかな美しい装飾がつけられている両開きのドアを開きながらゲイルは俺の方へと振り返った。
「ところで、あの場に天照様とはどういった関係なのか聞いてもいいかい?」
「え、嗚呼、俺のいる学校で先生をしているんだ」
「え…あの神先生やっているの?大丈夫そうなの?」
不安そうなゲイルに苦笑しながら「結構わかりやすいよ」なんて、たわいのない会話をしながら屋敷内を歩いていく。
洋風建築の、少し古びたフローリングの廊下を歩き、奥へと進み木造のドアを開いたゲイルは俺に手招きをして室内へと入った。
「おかえりなさい、ゲイル様今日はいつもより遅いお帰りでしたが、何か…おや、そちらは?」
室内は、とてもシンプルで簡素だが、複数の大きな窓のお陰か、外の景色が良く見える作りになっている。
シンプルだが、どこか高級感のあるチェアも机もきちんと手入れされているからか、天井の照明で光り輝いていた。
すでに部屋にいた赤茶色の柔らかいミディアムヘアーの女性がそう言いながらゲイルのそばにより持っていた品物を受け取りながら俺の方へと視線を向けた。
「嗚呼、ただいま。バルキュリア、お使いの帰りに出会ってね、此処の新しい仲間だよ。」
」
「仲間」その言葉をたびたび聞くが、一体どういう事だろう。
意味が分からないままそばにより挨拶をしようと口を開いた時だった。
「煩わしい、」
そばにあったソファから聞こえてきた低音の男性の声、まさか人がもう一人いるとは思わず無意識にそちらへと目を向けた。
ゆっくりと起き上がったその大柄な男はそばにあった古い布を頭からフードのようにかぶって俺の方へと視線を向けた。
その眼は人ならざる者の目だった。
結膜は黒く、瞳孔が白い、俗世に言う反転目と言うものであろう。
大柄な男の髪は今までに見たことが無い位に黒く布越しでも引き込まれるような色味をしていた
「帰ってきたかと思えば、なんだ、そいつは」
地を這うような声でそう言いながら俺をにらみつける姿に思わず胸元を握りしめ必死に平常心を保とうときゅっと口を引き締める。
「まぁまぁ、忌神様、そう最初から冷たくしないでください。まずは説明から始めなくては」
俺と忌神の間に割って入ってくれたゲイルを忌神と呼ばれた神は鼻で笑いながらドカリと腰を下ろした。
横暴の態度にゲイルたちは慣れているのか肩をすくめながら僕を反対側のソファにと招いてくれた。
言われたとおりにソファに腰を下ろすとバルキュリアと呼ばれた女性はお茶を入れると言って部屋を出て行ってしまって、今ゲイルと忌神と呼ばれる神様と三人になってしまった。
「さて、何から話せばいいかな?」
「えっと…」
どうこたえるべきが正解なのだろう、考えるだけで言葉に詰まってしまう僕に笑みを浮かべ「気にしないでいいよ」と声をかけてくれる。
「そうだね、まずは此処の説明からだよね。」
そう言いながらゲイルは立ち上がり、そばにあった戸棚から紙を取り出し机の上に置いて見せてくれた。
「コロッセオ…?」
その紙に書かれていたのは、【コロッセオ】という大きい文字と、それに関する説明文。
「そう、まずはこの世界の説明から入ろうか。多分言われているだろうけれど、此処は神の住む神界という世界だ。普通なら人間がここにいるべきではない、神だけが住む特別な場所…ここにいる理由は一つ、【コロッセオの参加者】と言う事。」
コロッセオ、イタリアにある古代ローマの円形闘技場で行われた戦い。
「つまり、神は俺たちを戦わせているってこと?」
俺の問いかけゲイルは苦笑し「惜しいけど、いい線行ってるよ」と返してくれる。
「そう、いわば戦いだよ、一柱の神と契約し、能力を得て戦う、お互いが戦闘不能か、降参の意を示さなければ終わらない地獄のゲーム。勝てば名声を得て、すべてが自身の糧になっていく、負ければ奴隷、それ以前に生きていられるか、すべては主催側たる神の御導き次第っていうね。それでも、この戦いには一つの大きな意味があるんだ。」
「大きな意味…」
「俺たちが勝ち進めば、いや違うな、勝てば願いが叶うシステムがある。」
その言葉に心臓が大きく跳ねた。
願い、ならば、自身のこの感情もわかるようになれるだろうか。
そもそもそんな小さな願いをして何になる、そもそもなぜ自分が戦はなくてはならないのだろうか?
そんな考えが渦巻き、ゲイルの説明をゆっくりと咀嚼するように理解していく。
「そのコロッセオは毎月、知らせが来る日に開催される、チームは全部で七チーム、すべてランク付け、ランキングで表示されている。…まぁ、俺たちは人数不足関係で万年最下位だけどね」
「なんで、俺を呼んだの?…俺は、戦う力もない。願いだって…」
「あるはずだ、そうでもないと此処に来ることも、天照様に選ばれることもないんだから。」
ゲイルは俺の言葉にはっきりと否定し首を横に振った。
そんなことはない、自身には願いも何もない。
あるとしても感情が分かるかなんて願い、他より小さいに決まっている。
そう考えるだけで此処にいること自体が間違いな気がしてならなかった
「俺は、相応しくない、」
その言葉に沈黙が落ちる。
自信がないというわけではない、ただその期待も何もかもが何故かとても気味が悪いものに感じていた。
「全く、先ほどから聞いていれば貴様は、やはり愚かなのだな、感情も持ち合わせない欠陥品が」
沈黙を破ったその低い低温の主に目を向けた。
ふつふつと心の中で何かが渦巻いていく。
「どういう、意味で?」
「そのままの意味だ、願いも感情も何もない、だから、貴様は欠陥品だといった」
「ちょっと、忌神言いすぎじゃないかい?」
「黙れ、そもそもこいつを擁護する必要もなかろう。私は事実を述べたまでだ。」
欠陥品、その言葉に胸が締め付けられていく、自身の心臓が大きく脈打つのを感じる
「な、なにも、知らないくせに…んな事、言うんじゃ、ねぇよ」
「愛李…?」
「ほぉ?願いも見つけられん愚か者が良くほざけるものだ。威勢だけは達者だな」
「っだったら、お前が俺の願いを見つけてみせろよ!お前ら神なんだろそこまで言うなら、見つけて見せろよ…!」
にらみつけた先の彼はひどく目を見開いて驚きの表情を浮かべていたが、面白そうに口角をあげ俺を見つめ口を開いた。
「っは、欠陥品が神にほざくか?…その言葉偽りはなかろうな?」
「ない、それに、俺は欠陥品じゃないことを証明してやる。」
なぜこんなに暑くなっているのか知らない、だが欠陥品という言葉はなぜか自分の心に突き刺さり何度も言葉がこだましていた。
ひどく落ち着かないと感じていた。
荒げたこともないからか、自分の息が上がり、深呼吸する音だけが部屋を支配していた。
先ほどまで感じていた無理だという考えもすべてが消え去っていくのを感じた。
「はははっ。いいだろう、己の宣言、違えるなよ?」
「違えない、やれるなら、やってみせろよ。」
覚悟なんてないが、そこまであおられるのであれば、望みをかけて…
「…はははっあっははははは、良いな、面白い、欠陥品と思っていたが、そうでもなさそうだな。気に入ったぞ。」
そう言って俺の腕を乱雑につかみ引っ張られ、胸ポケットに入れていた石をとられてしまう。
「我が名前は忌神、八百万の神にも何者にも属さぬ不気味な神だ。よろしく頼むぞ」
その言葉が終わると共に紫紺のような光が当たりを包みこんでいく、一筋の光が、石に凝縮され形を成しお互いの耳へ…これは
「イヤリング?」
カランと音を立て揺れるイヤリングを触り形を把握していく。
ねじ曲がったような雫のような形、よく見れば忌神も同じ形だった、黒紫色の石、どこか妖艶で、不気味だが引き込まれそうな雰囲気だった。
「えぇ…俺の許可なしで勝手に、まぁ、いっか。」
呆れた眼差しを忌神に向けるゲイル、許可が必要だったのかと俺も忌神を見やるが、本人は視線をずらし知らんふりをしていた。
「紅茶出来ました。…あら?契約、お早かったのですね」
ガチャリとドアを開き入ってきたバルキュリアはにこやかに微笑みティーカップを机へと置いていく。
「初めまして、私は先ほども聞こえていたでしょうが、バルキュリアと申します。端的に説明いたしますと…戦士を勝利へと導き時に生と死の二つを選び導いていく神でございます」
そういって丁寧なお辞儀をする彼女に俺も慌てるように居住まいを正し、
「愛李・ディシードといいます。よろしくお願いします」
今更後戻りできない。
契約をしたからにはこれから殺し合い、戦いも、だけどまずは
「愛李、契約したからには君が授かった能力を知らなきゃいけないね。」
ゲイルの言葉にゆっくり頷き忌神を見やる。
本人も了承したと頷き、再度座り直した。
「私は先ほども述べたが、神話も何もない空虚な神だ、だが能力は十分と保証しておく。能力は想現像〈そうげんぞう〉思い浮かべたものを物体として生み出せる能力だ。」
「物体を作る、ですか、ゲイル様、これはとても有能な即戦力ですね。」
「うん、最初は不安だったけれど、大丈夫そうだね。俺の説明もしようか、愛李だけじゃフェアじゃないからね。僕の能力は〈mech magiya〉この通り、剣を操ったり出せたり、まぁ他にも使い方は色々あるよ。」
そう言いながら、ゲイルは自分のイヤリングに手をかざすと左右から剣が出現し、あたりに漂うように浮遊していた。
不思議な能力だと、あっけにとられ見つめていると、その姿が面白かったのかゲイルはクスクスと笑いながら指を振って剣が舞う様子を見せてくれた。
「ふふ、じゃあ、そろそろ俺以外のチームの皆の元へ行ってみようか。顔合わせと言うか、日本でいう歓迎会をしなくちゃだからね」
そういって再度、自身のイヤリングへと触れ剣を消したゲイルは立ち上がり俺と忌神へ向けて手招きし歩いて行ってしまう。
「ゲイル様ったら、久しぶりの仲間加入ですからああ見えてはしゃいでいるのですよ?」
バルキュリアは俺のそばに寄り、耳元でそう教えてくれた。
きっとゲイルも早く俺たちに仲間を紹介したいのだなと教えてもらったバルキュリアに笑みを見せゲイルに続いて歩きだす。
「嘘っぽい笑顔だな」
当の忌神はめんどくさげに俺の後ろから歩いて付いてくる。
一言余計な声が聞こえ少しだけ仕返ししてやろうと振り返った
「何の事か分からないな。」
嫌そうな顔をしながらもどこか面白げに鼻で笑う忌神に僕も特大の「作られた笑み」を返した。
「まぁ、本当に仲が悪い…」
「あはは、まぁ、何とかなるだろうさ。」
そういって俺たちを見やる二人に忌神は「見世物じゃない」とぶっきらぼうに言いながら早足について行っていた。
俺も後へ続く、この先にいるメンバー…これがまさか自身を変えてくれるきっかけになる、だなんて、この時は予想すらしていなかったのだ。