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第九話 乱戦と援軍

 空を駆ける二体のメストル。粘液で濡れた漆黒の体と、四つの赤い瞳、鋭い爪や牙は、今までのものと似通っている。だが、今回のソレらは体の大きさが倍近くあり、漆黒の大きな翼と硬そうな鱗を持っている。その見た目は龍のようであった。発せられる威圧感から、今までのメストルとは格が違うということが一目瞭然である。加えて、こちらの戦力は自分の力を使いこなせない奏雅と、実力的に戦力として期待できそうもないエクトの二人。

 状況は絶望的である。

「奏雅さん、どうしますか?」

エクトは歯をガチガチ鳴らしながら、奏雅に尋ねる。その震えは恐怖からではなく、緊張からくるものだろう。肩にも力が入っている。

「どうするって……とりあえず、空と地中からの攻撃に特に気を付け、負傷した騎士たちを避難させつつヤツらの行動パターンを……うぉッ!」

 作戦の説明中、彼等の足元が急に盛り上がり、二人はやむを得ず回避行動を取った。二人の立っていた場所は、まるで火山のように爆発する。

「エクト、後ろッ!」

 奏雅が体勢を立て直し周りを見ると、二人は地上の三体のメストルに囲まれていた。その一体が腕を振り上げ、エクトに向かって振り下ろす。

 奏雅は援護しようと囲まれた中心に移動する。エクトは攻撃を避けようと、同じく中心に……。

「しまった!」

二人が中心に立ったその時だった。

 例によって地面が大きく膨れ上がり、爆発する。

「うわぁぁぁ!」

エクトは自身の槍で防ごうとしたが、形の無いエネルギーの塊の前では意味もなく、空高く吹き飛ばされていくだけだった。

 一方奏雅も、干渉能力のおかげで衝撃は少し緩和されたが、元々がほぼ全身に加えられる攻撃なのだ。そして、この時ばかりはその干渉能力が裏目に出た。

 圧力を分散させる能力の影響で奏雅は全身が麻痺し、さらには吹き飛ばされないという状況になっていた。

(マズイ。このままじゃ袋叩きだ!)

 三方向から地上の突撃に加え、空から放たれる火炎球。

 奏雅は向上した身体能力で隙を縫うように回避するが、追撃、また追撃と、しつこい猛攻を受け、体勢を崩してしまう。

 よろけ、地に手を着いた時、真上から再び火炎球が撃たれた。

「ぐあぁぁ!」

 一発、二発、三発……。躊躇われることなく、火球が雨のように降り注ぐ。悲鳴は火球の着地音に掻き消され、痺れる体では避けることが出来ない。前後左右、奏雅の目に映るのは、赤く燃え盛る炎だけだ。

(そういえば、山賊達にもこんな風にやられてたっけな……。あの時とは敵の強さも全然違う。でも……俺の力だって、あの時とは違うんだ!)

奏雅は唇を強く噛み、目を鋭く光らせる。手に、足に力を込めて、強く地面を一蹴りする。

 進めども進めども炎。一瞬の出来事のはずが、やけに長く感じられる。

 やがて、右側にユラリと巨大な影が見えてきた。奏雅は進路を変更し、その影に向かって突撃する。

「喰らえェ!」

奏雅は敵の直前で高く跳び上がり、赤い眼の一つにレイピアを刺す。そしてその剣を足場とバネに、さらに跳躍する。

「まず一体! そして、もう一体!」

空を飛ぶメストルよりも高く上がった奏雅は、両手を組んで敵の後頭部にそれを打ち込んだ。

 本来人の力では太刀打ちできないメストルだが、干渉能力と自由スキルの併用で高まった奏雅の一撃は、ソレらに通じるものだった。

 だが、決して素手で倒せるという訳ではない。

 攻撃を受け、危険な敵だと判断したメストルは、重力によって落下する奏雅に火炎球の追撃を仕掛ける。

(これ以上アレを喰らったら、さすがにヤバいぞ……!)

 奏雅は落下と同時に、メストルに刺さっている剣に手を伸ばす。しかし、対象の周囲には地上に二体のメストル、地中にも巨大な蠢く影が見える。

(届け、届けェッ!)

 大きく開いた手を、力の限り柄に近づける。焦りか、すぐ後ろに迫って来ている火球の熱のためか、奏雅の額から汗が流れる。

 ガシッと剣の柄を掴み、奏雅はそれを火球に突き刺した。

 すると切っ先からサッカーボール大の何かが飛び出し、炎を巻き込んで上空の敵に直進する。

(風の……弾丸? 必殺技か!?)

 奏雅は驚きと歓喜の表情で、空へ駆けあがる球体を目で追った。炎を纏った風の弾丸は、大きく口を開けたメストルの、まさにその口内にねじ込まれた。強烈な衝撃を、声の発生源から体内に受けたメストルは、悲鳴を上げることすら許されずに、ただ無力にその身を刻まれて地に墜ちていく。

「ハァァァアア!」

 奏雅の着地と同時に、いつの間にか近くに来ていた傷だらけのグロウスレイが敵の攻撃も顧みずに特攻し、胸の深手の傷を代償に敵の頭を切り裂き、地上の一体を葬った。

 倒すべき敵はあと三体。地中、地上、空中に一体ずつである。

 宙に放り出された満身創痍の総隊長を受け止め、地面にそっと降ろした奏雅は再び剣を構え、先ずは地上の敵と対峙する。

「すまないな、結城奏雅。お前にばかり戦わせてしまって……。再び動けるようになった者から、我々は命を賭けて援護する」

傷つきながらも途切れることなく言葉を紡いだグロウスレイは、言い終えるとゆっくりその身を横にした。するとその時、何かに気づき、大声で警告した。

「離れろッ!」

 その声が奏雅に聞こえた瞬間、地面が光り、足元が火山のように爆裂する。それは奏雅と、近くのグロウスレイをも巻き込んだ。

 遠くで鈍い音を立てて墜落するグロウスレイと、耐え難い衝撃を受けた奏雅は二人とも気を失い、その場に壊れた人形のように横たわるのだった。




 短時間で傷が治る訳ではない。ただ、休息を取ることで筋肉や精神を落ち着かせることで、無理をしながらでも戦えるようにする。倒れた騎士たちは、仲間が傷つく光景を眼前にじっと耐え、自身の復活を待っていた。

 しかし、たまたま近くに居合わせ共に待機していたエクトとザイレイは、奏雅とグロウスレイの倒れる様を目撃し、鉛の様な体に鞭打ち弾けるように立ち上がった。

 地に伏す彼等に向かい、地上の敵が牙をむき出し、爪を光らせて迫る。

「させるかッ!」

二人は気を失った仲間を助けるべく、メストルに向かって疾走する。

 近づくに従って、敵の姿がよく見えてくる。牙の生えた二つの口が歪んでおり、赤い眼が妖しく光る。それはまるで見下したような、あるいはあざ笑うかのような卑しい笑みのようだった。

 気付くとエクトとザイレイは全身を強打し、真上へと飛ばされていた。

 その攻撃はザイレイを狙ったのであろう。爆心地近くに居た彼はグロテスクな音と共に大地と衝突し、血を流して横たわった。

 直撃を免れたエクトも吹き飛ばされ、立ち上がる気力や体力を奪われてしまった。

(もうダメだ……)

 歯をギリギリと鳴らすエクトの耳に入る、バケモノ達の勝ち誇ったような咆哮。彼の目には悔しさからか痛みからか、うっすらと涙が浮かんでいる。

 他の騎士たちも拳を握りしめ、恨みのこもった視線を敵に向けているが、戦えそうな者は誰もいない。

(新手……!? こんな時に!?)

 ビキビキと空間が割れ、そこから姿を現す何か。エクトは完全に絶望し、情けない瞳でそれを見る。しかし意外にも、そこからは人の声が聞こえてきた。

「あ~、悲惨な状況ですねぇ。不幸中の幸い、死者は今のところゼロのようですけど」

「沙希さん、もっと緊張感を持ってください。瀕死の方も何人かいらっしゃるようですから」

 現れたのは白いローブを着たツインテールの小さめな女の子と、エプロンを付けたポニーテールの若い女性の姿だった。

「じゃあ皆さんに被害が無いように、『W-P-3』あたりにしときますかぁ?」

 沙希は手鏡を手に、少女に尋ねる。

「いえ。今回の相手はどうやら特殊なモノのようです。干渉能力は効きそうにないので、『F-P-4』にしましょうか」

 また疲れることを……と言いたげにため息を一つ洩らし、沙希は手鏡に指を当てた。

 『F-p-4』とは『W-p-3』のように防御世界に移動させるのではなく、ボクシングのリングのように指定範囲内でしか戦えないようにするものである。レベルによって範囲内と外の境界の強度に差が出る。

 戦闘を行うために人工的に作られた異世界である防御世界と違い、『F-p-4』は範囲内の人や地形などに影響が出てしまうため、攻撃を制限しなければならないというのがデメリットだろう。

「じゃ、『フィールド・オブ・プロテクト レベル4』、防御領域、展開。しぃちゃん、頑張れ~」

 沙希を中心に、半径一キロメートルくらいが半透明の球に包まれる。

 その力の特殊な雰囲気を感じ取り、奏雅は意識を取り戻した。何が起こっているのか。彼はまだ動かない身体をそのままで、瞼を少し上げ、音を集中して聞き取ろうとしていた。

「地中の敵は少々厄介です。私がそれを引き受けますので、沙希さんはその他をお願いします」

「えぇっ!? フィールドを展開しながら!?」

 異世界への移動とは異なり、防御領域を維持するには発動時程ではないにしろ、それなりの力が必要になってくる。

 沙希は「人遣いが荒い」とでも言いたげな不満顔をするも、減給の後ろ盾があるためか渋々了承した。

「……詩亜。なぜここに?」

 弱り切った口調で、しかしホッとしたように奏雅は少女に尋ねる。凛と立つ彼女の姿からは幼い見た目をものともしない心強さが感じられ、情けなくも安心する奏雅だった。

「詳しい話は後で。今はこの戦いを終わらせます。沙希さん! どうやら敵の援軍が十体ほど現れそうですので、そちらの相手もお願いします。こちらを片付け次第、私も援護しますから」

「そ、そんな……! もうっ、臨時ボーナス請求しますからねっ」

 詩亜は金色の輪を投げ、空中で地面と平行にそれを留める。その上に手をかざすと、エネルギーが収束し出した。

 一方沙希は、詩亜の宣告通りに現れたメストル達と、先程から居た空と地上の敵と戦うべく、手鏡から武器を取りだした。その形状はハンマーであり、黄色の柄と赤く特徴的な形のヘッド。可愛らしいその武器は柄が長く、大きめなサイズとなっており、シルエットだけ見れば戦闘用だと言えるだろう。

「……ピコピコハンマー?」

 エクトは目を点にして、エプロン姿で大きな玩具をもった女性を見つめる。ファンシーな彼女の前には、血走った眼の怪物たちが牙をむき出しにし、今まさに襲いかかろうとしていた。

「逃げてください! そんな武器では勝ち目が……!」

 エクトは途中で言葉を切った。思い出される、騎士団最高クラスの実力者であるザイレイを、全く寄せ付けなかった彼女の力。

「大丈夫ですよぅ。確かにこれは相当な異常事態ですけど、私達には日常茶飯事ですからぁ」

 ブン、とハンマーを一振り。すると離れた場所にいるメストルの頭にヒヨコの幻影が現れると同時、衝撃を受けたかのようにそれは倒れた。

「サクッと片付けて、イチゴクレープでも食べに行きましょ~。ね? しぃちゃん。あ、もちろん店長の奢りで」

「こんな時だけ店長扱いですか? まぁ別にいいですけど」

 傷つき倒れた屈強な男達の傍で、異形のバケモノと対峙しながらも余裕たっぷりで呑気な会話をする二人の女の子。

「……自分が情けなさすぎる……」

その奇妙な光景を目にし、エクトは小さく呟いた。

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