第八話 仲間と乱戦
光が奏雅を覆い、それは徐々に消えていく。黒い艶やかな髪が踊り、胸から先程までとは違った服が少しずつ姿を見せる。
その光景を見て、スキルというものを知らないほとんどの隊長達が驚いていたが、最も驚いたのはスキルを発動した本人だった。
干渉能力を手にしてこの世界に来る前に、彼は一度スキルを試していたのである。寝間着姿が、いつもの仕事着の様な煌びやかな姿になり、自身の期待した姿とは異なっていたために少しガッカリしていた。
だが、今奏雅を包む服は化粧たっぷりな金持ちのオバサンが好むような、セクシーな姿ではない。
肩には真紅の大きな肩当て、少しキッチリ目の白い上着に、動きやすそうなズボン。それに風で揺れるマントと、物語に出てくる西洋風の騎士の姿だった。そして、変化は服装だけではない。
「奏雅さん、剣が……!」
エクトの声と同時に、剣を包んでいた最後の光が消えた。
そして現れたのは、切っ先が強く煌めくレイピアの形だった。
以前試した時にわかったのは、どうやら干渉能力によって強化された身体能力をさらに引き上げるものだということだった。
「姿が前と違うが、まぁいいか。騎士団の皆、加勢する!」
奏雅は迫る巨大な手足による攻撃をヒラリヒラリとかわし、敵の群れに突っ込むと、前よりもはるかに軽くなった体で戦場を舞った。
「ウォラ! 炎鬼爆砕!」
ザイレイは地上の敵を斬りつけながら、それを援護しに来た空の敵に向けて火炎を放った。炎鬼の炎が届くのは十メートルほどで、対空ではカウンターとしてしか使えない。
その炎は、空から迫るメストルに一撃を加えたものの、空へと押し返すくらいの力しかなかった。
「チッ! 当たっても全然効いてないな!」
ザイレイが広範囲に渡り跳び回り戦闘を展開していると、彼の目にグロウスレイの姿が映った。
騎士団の総隊長は、今まさに、地上のメストル一体にとどめの一撃を放とうとしたところで、空からの攻撃でそれを妨害されていたところだった。
その攻撃は、グロウスレイの利き腕に大きな傷を残した。
「グロウスレイ、やっぱり空からの攻撃は厳しいか?」
厳しい戦況の中でも余裕と楽しみを含んだ笑みを絶やさずに、ザイレイは訊いた。
「うむ。本能で動いているからこそ、余計な深追いはしてこない。見たところ地上のヤツらは大した強さではないが、空からの援護があればそれらを倒すことも難しい。このままでは確実に負けるだろう」
彼等の近くでは、真上に向けて弓で矢を放っている者もいるが、傷を負わすことすらできていない。
また遠くでは、強烈な空からの一撃に耐えきれず、地に伏す騎士の姿もある。
「そうだな……。しょうがない、先に上のを潰してやるよ。行くぞ、紫炎獅子!」
赤い炎の鬼が、例によって紫色の炎の獅子となる。
ザイレイは一体のメストルに向かって走り、跳躍した。
精霊の口から巨大な紫の炎が、宙に跳んだザイレイの下方のメストルに打ち出される。紫炎獅子がその炎を吐きだした勢いを利用し、ザイレイは高く跳び上がると、精霊のついた左手を高く掲げた。
メストル達は自身へ降りかかる危機を本能で察知し、危険因子を一斉に排除しに掛かる。
「遅いってんだよ! 全部まとめてブッ壊れろォーーー!」
ザイレイの叫びに呼応し、その左手の精霊が妖しく光る。紫から赤へ、赤から紫へ。高速で点滅しながら発光を強めていく。
「紫炎爆砕ッ!」
ザイレイを中心に、紫の炎が巨大な爆発を見せる。その光景は、まるで機械が自爆するかのようであった。
紫色の、高温高圧の炎が、ザイレイの周囲のメストル達を巻き込んで荒々しく燃え盛る。激しい炎に身を焼かれたメストル達は奇怪な悲鳴を発する。
「ザイレイ!?」
遠くで戦闘していた奏雅が、巨大な爆発音に反応し、顔を上げる。
すると、空を飛んでいたメストル達が撃ち落とされた鳥のように地に落下していく中、それらに混じって同様に落下するザイレイの姿があった。
奏雅は飛躍的に強化された身体能力で近くの敵を薙ぎ払い、駆けながら跳躍してザイレイを受け止めた。
「ザイレイ、何やってんだ! まだ敵は半分近くも残ってるってのに……」
メストル同様、その体は猛る炎に焼かれて傷つき、もはや戦闘どころか動くことすら困難な様であった。自身のコントロールにより死は免れたものの、高威力の爆発の中心部に居た彼には、相当な力が加えられたのだろう。
「……俺としては、まだまだ戦いを楽しみたかったけどな……。俺も騎士の、それも隊長だ。自分の欲求を満たすより、戦に勝つことが最優先なんだよ……!」
空を飛ぶバケモノによって影ばかりだった地上には、今は日の光が遮られることなく降り注いでいる。
ザイレイの左手の精霊は弱り切った様子で、鬼の形でも獅子の形でもなく、ぼやけた光の球になっており、日の光によってさらに薄まって見えた。
「ザイレイ、無事か?」
グロウスレイが駆け寄り、声を掛ける。その口調は冷静そのもので、乱れた様子は一切ない。
「……当たり前だ……! 自分の攻撃で死んでたまるかよ……! でもまぁ、これで勝てるだろ? さっさと潰してこい!」
グロウスレイはコクリと頷き、再び戦いへとその身を投じた。一方奏雅はその場に残り、ザイレイの傷の手当てをしようとした。
「オイ、何してる、結城奏雅」
ザイレイは半目で睨むように奏雅に訊く。
「何って……応急処置だろ。このまま放っておく訳にもいかないだろ」
(しかし冷たいな……。仲間が体張って突破口を作ったって言うのに、その代償で負傷したコイツに見向きもしない……)
周りでは騎士達が何事もなかったかのように、メストルを打ち倒さんと奮闘している。その中にはエクトの姿もあった。
「退けっ、奏雅!」
ザイレイは突然大声を上げ、痛みで動かない体を強引に使い、奏雅を蹴り飛ばした。
その刹那、今まで奏雅の立っていた地に、巨大な獣の爪が深々と突き刺さった。その爪の主を、ザイレイは再び重い体に鞭打ち、攻撃する。偶然にも急所に剣が刺さり、そのメストルは悲鳴を上げて倒れた。
大きく鋭いメストルの一撃は、干渉能力がある奏雅にとっても致命傷になり得るほどの威力がある。それゆえザイレイは奏雅を避けさせたのだ。
「敵を倒すことだけに集中しろ! 俺達は俺達で自衛する……」
その声を最後に、ザイレイは呼吸を荒げ、グッタリと地に伏した。無理して動いたために、体への負担がさらに増したのだろう。
奏雅は一瞬駆け寄ろうか迷ったが、剣を握り直してメストル達の元へ向かった。
「貫けェッ!」
今まさに、エクトに向かって爪を打ち込もうとしていたメストルに、風と共に突撃する銀のレイピア。
疾風のごときその突きは、強い抵抗を受けながらも、対象の皮膚を、そして肉を貫いていく。飛び散った体液が掛かる前に、奏雅は体外へと飛び出て離れた場所に着地していた。
「奏雅さん、ありがとうございます! やりましたね」
エクトは敵を仕留めた奏雅に近寄り、賞賛する。それに対し奏雅は、手をプラプラと振りながらぼやいている。
「くそっ! 自分の動きが早過ぎて、手に力を入れるタイミングがわからない……!」
何度か手を握っては開いた後、エクトに問いかける。
「戦況はどんな感じだ?」
問われたエクトは、辺りをキョロキョロ見回してから返答する。
「メストルは残り四体……あ、総隊長が今、一体倒しました。我々フルーエル騎士団で戦闘可能なのは、僕と総隊長、その他……えっ!? ……一人、です……」
実力はともかく、状況把握は戦場慣れしているエクトの方が、奏雅よりも遥かに早い。
「なに!?」
先程までは十人近く戦っていた騎士たちが、今や三人しか立っていないことに、二人は驚きを隠せないでいる。
「おかしいです。確かにメストル達は強いですけど、我々騎士団も、簡単にやられたりはしないはずです。今は空からの邪魔も入りませんし、敵の数は多いですが、今回のヤツらは今までに比べてそう強いとも思えませんから……。奏雅さん、気をつけてください」
遠くではグロウスレイと一人の騎士が共に戦っている。その騎士は恐らく、総隊長やザイレイに次ぐ力を持つ者だろう。グロウスレイの動きに合わせて戦闘できている。
「マズイ! ヤツら囲まれたぞ! エクト、助けに……!」
奏雅とエクトが走り出した瞬間だった。バケモノに囲まれた二人の足元が盛り上がり、勢いよく宙へと放り出される。
続いてその地面が発光し、そこから巨大な赤い光の球が彼等に向けて発射された。
「総隊長ォーーー!」
エクトの叫びも虚しく、彼等は光に飲み込まれ、さらに遠くへ吹き飛ばされていった。
「まさか……地中から!?」
メストルの移動音で気付かなかったが、微かに地面が揺れている。ソレは、恐ろしくスムーズに地中を泳いでいるのだ。
「チッ……! 先にアイツらを片付けるぞ! 地中のヤツはそれからだ!」
奏雅はマントを翻し、エクトに指示を出してから地上のメストル三体に向かって走り出した。
一歩一歩を強く蹴りだし、風よりも速く接近する。
速さのせいであろうか。奏雅は体に当たる風が、妙に涼しく感じた。加えて、辺りが暗くなる。
そして、それらとは全く別に感じる寒気……。本能が警告していた。
「奏雅さん! 上!」
エクトの声よりも早く、奏雅は空を見上げていた。
「嘘だろ……!?」
そこには、二体の、さきほどのメストル達とは比べ物にならない大きさのメストルがいた。
ソレらは黒々とした体から血のように赤い眼を四つずつ光らせて、奏雅たちをあざ笑うかのように咆哮するのだった。