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第十一話 黒い影と帰還

 遮光カーテンにより作られた闇の部屋、コンピュータの画面からぼんやりと放たれる光が青年の顔を照らす。カタカタとキーボードを叩く音、マウスのクリック音が静かな部屋に響いている。

 コンピュータが置かれた机の上には膨大な資料が散乱し、冷めたコーヒーカップがぞんざいに置かれている。

「お邪魔するよ」

部屋のドアからでもなく、窓からですらない。その男は突如青年の部屋に出現し、声をかける。青年は特に驚いた様子もなく、画面を見続けている。

 男はそんな反応に慣れているように、澄まし顔で言葉を続ける。

御堂みどう、例の依頼、進み具合はどうだ?」

 御堂と呼ばれた青年は面倒そうに資料の山から茶色の封筒を引っ張り出し、近づいてきた男に突き出した。男は早速その中身を取り出し、ペンライトで照らして内容を確認する。

「俺はお前のところと違って、これくらいの情報を集めることくらい容易なことだ。 神谷かみや財閥のお坊っちゃん。企業の格が違うんだよ」

「僕の方はセキュリティが厳しくてね、御堂家と違って。父上に内緒で使うのは容易じゃないんだよ」

互いに毒突き合い、間に険悪な空気が流れる。両者の鋭い視線がぶつかり合い、歯がキリキリと鳴っている。この雰囲気では、いつ戦いが勃発してもおかしくない。

「ゴミクズが! 口だけは達者だな。死にたいのか?」

 御堂は左手に手鏡を握りしめ、立ち上がって闘志をむき出しにする。神谷はそれを見て表情をフッと和らげ、両手を上げた。

「待ちなよ、御堂。今の僕等は、少なくても形だけは協力関係にある。僕の負けで良いからさ、その鏡を収めてくれないか?」

 見下したような態度が鼻につく。だが、確かに戦うことにメリットは無い。御堂は荒ぶる感情を抑え、手鏡を懐に放り込んだ。

「一緒に行くかい? カシアンの抹殺。居場所を調べたのは君だからね。手柄を譲ってもいい」

 嘘に塗れた言葉が神谷の口から飛び出る。

「断る。俺はお遊びに付き合えるほど暇じゃないんだ」

御堂の答えを聞くか聞かないかのうちに、神谷は干渉を開始した。光が彼を包み、同時に声が残された。

「そうか。ではまた会おう、御堂霧也」

 神谷の発した光と音が消えると、御堂の部屋は元の様子に戻った。




 豪華な装飾の施された広間に、奏雅と沙希、それにザイレイとグロウスレイが集められた。赤い絨毯の続く先には、玉座に威厳のあるフルーエル王が座している。詩亜も呼ばれるはずだったのだが、深手を負っているため、別室で安静にしている。沙希が謁見している間の看病はエクトが行っている。

 奏雅は直立し、ザイレイ達が片膝を地についている隣で、沙希は一人イスに座って足をパタパタ動かしていた。王の御前だというのに「立ったいるのが疲れる」という沙希の主張を、救われた彼等は誰一人として無視はできなかったのだ。

「まずはお礼を言おう、干渉者達。して、早速だが色々と説明をしてもらいたいのだが……」

 王はチラリと沙希を見た。機嫌を窺うというのもあったのだが、国を救った者があどけない女性であることが気になっているようだ。

「えっと……説明って面倒なんで、わからないところだけ質問してもらえますかぁ~?」

 明るい口調で返された言葉に、隊長達が素早く反応して顔を歪める。「王に対してなんて態度だ」と言いたい様だ。だがイスの件と同様、誰も指摘できない。

「ふむ。報告によると今回は前例のない異常事態だったそうだが、原因などはわからないだろうか」

 王は寛大なのか、沙希の態度を特に気にする風でもなく質問を始めた。

「アイツ等って、全く異質の世界で生まれるんですけど、偶然干渉能力を持ったヤツだけがノコノコとやってくるんですよ。でも今回現れたのは全部その能力を持っていなかったんです。で、原因なんですけどぉ、地下に居たヤツに広範囲召喚呪術の刻印が付けられていました。あ、召喚呪術ってのは名前から察してくださいねぇ~」

 ここで沙希は手を挙げて会話を中断した。

「すいませ~ん。イチゴのケーキありませんかぁ~? 食べたいんですけどぉ~」

 突然の要求に困惑するお付きの兵士達。それに王は「お出ししろ」と命じた。

(やりたい放題だな)

奏雅は能天気な沙希を見てため息を漏らす。

「それで、呪術というからには術者がいるのだろう?」

 常に用意してあるのか、ケーキはすぐに運ばれてきた。沙希はそれを見て眼を輝かせ、嬉々として食べ始めた。

「あ、紅茶もお願いしま~す。……あ、術者ですか? それはクロノエッジとかいうあらゆる世界に現れる犯罪組織のドン、ザグイ=ラ=ドイクェとかいう、呪術のスキルを持つ干渉者ですよぅ。アイツにはホント困らされてばっかりでぇ~……」

もぐもぐとケーキを頬張りながら、「他に質問は?」といったような顔を王に向ける。

 王は少し考えた後、質問を続けた。

「その者達の目的は? それとこの国……いや、この世界が再び狙われる可能性は?」

間髪入れずに彼女は答える。

「知りませんよぅ、そんなの。まぁ推測はできますけど、それは秘密です。で、この世界が狙われる可能性については~……大丈夫じゃないですかぁ~? もし何かあっても、今回のようにビシッと助けに来ますので、ご安心を~」

 運ばれてきた紅茶をすすり、幸せそうに一息つく沙希。彼女から聞き出せる情報は何かと王が考えていると、ザイレイが口を開いた。

「干渉者は戦闘によって傷を負わないと聞いているが、あの詩亜という娘は深い傷を負い、ボロボロだった。それは何故だ?」

「誰も傷を負わないとは言ってませんよ? 圧力を分散するだけですもん。慣れてくると体外に衝撃をある程度逃がしたりできますけど。で、分散速度は個人の能力に応じますけど、それよりも早い攻撃や、何らかの形で分散能力を妨害されると普通に傷つきます。クレンシア……もとい、しぃちゃんは凄い強いですけど、ただ単にそれを上回るのが居たってだけですよぅ」

 沙希の話を聞きながら、奏雅はザイレイとの戦いを思い返していた。後ろから攻撃された時、背中の方が痛みが強かったことを。そしてその時から漠然とだが予想はしていた。圧力分散能力も、個人の能力次第なのではないかと。まさか体外にまで分散できるとは思わなかったが。

 ザイレイは質問を続ける。

「その相手は何者だ?」

 菓子や茶でリラックスしていた沙希は動きを止め、眼を細めて真剣な顔つきになる。背後からは珍しくプレッシャーすら放たれており、その場の誰もがグッと唾を飲み込んだ。

「それは内緒です。今のところ貴方達には全く関係ありませんので、黙秘します」

 そう言いきる沙希の様子は、メストル達を葬った後に似ていた。彼女には何かスイッチがあるのだろうか、普段とはまるで別人のようだ。

「もう戻って良いですかぁ? しぃちゃんが心配なんですけどぉ~」

 いつの間にかケーキと紅茶の食器は綺麗に空になっており、沙希の表情も明るく緩んでいた。王は聞き出せる情報は少ないと判断したのか、彼女の退室を許可した。

「それで、奏雅とやら。お主は……」

 沙希から聞き出せなくても、同じ干渉者の奏雅からならば何か聞けるかもしれないと思ったのだろう。王は彼に矛先を変えた。

「残念ながら俺は新米なんだ。何もわからない」

 王はまた少し考えたが、結局「もう下がっても良いぞ」と言って彼の退室を促した。

「グロウスレイ、ザイレイ、今後の対応について考えるぞ」

 二人の騎士を従え、王は会議室へ足を向けた。




 数日すると詩亜のケガは回復していった。一時は命に危険すらあったものの、特殊な治療か不思議な能力か、今では傷痕すら残っていない。

 この日は奏雅、沙希、詩亜が元の世界に帰る日だ。奏雅は試しにこの世界に来たのだったが、予定よりも長く滞在してしまった。学校の出席などを考えると、そろそろ戻った方が良いのだろう。

「では帰りましょうか、お二人とも」

荷物をまとめ、詩亜が元気よく号令をかける。お世話になった王や隊長達には先程挨拶をしてきたところだ。残念ながらエクトを発見することはできず、挨拶はできなかったのだが。

 詩亜は懐から手鏡を取りだした。そして鏡面に触れようとした彼女を、奏雅が制止する。

「部屋から突然消えるんじゃなくて、一応城から出てからの方が良いんじゃないか?」

「あ、それもそうですね」

「え~っ!? 面倒ですよぅ」

 詩亜が合意し、ブツブツ言いながらだが沙希も退室する奏雅について行った。

 彼等が通るたび、騎士達は感謝の声をかけてくる。奏雅と詩亜は嬉しそうに微笑み、沙希は調子に乗って手を振っている。

 三人は城門の手前で足を止めた。

「奏雅さん、良いんですか? エクトさんに挨拶をしなくても」

 仲の良かった二人が黙って別れることが気になる詩亜。それは奏雅も同じであった。

「まぁ、時々顔を出すから良いさ。いつでも来れるんだし」

最後に一目、少しの間過ごした城を眺め、詩亜が代表として手鏡を掌に乗せた。

「待ってください!」

 その時、城の方から大きな声が聞こえた。バタバタと駆けてくるその声の主は、まだ初めて会ってから十日ほどだというのに、既に見慣れた金髪の少年だった。

「エクト! お前どこ行ってたんだ? 探しても見つからないから、諦めて帰るところだったぞ」

 奏雅の問いには答えずに、肩で息をしながらエクトはまっすぐに三人を見つめる。そして勢いよく口を開いた。

「僕も……連れて行って下さい!」

 予想もしていなかった主張に、唖然とする干渉者一同。

「お前、王国騎士だろ? 許可は取ったのか?」

奏雅が問うと、エクトはグッと黙り込んだ。そして、ゆっくりと口を開く。

「いえ、両親の説得に時間が掛かって、王国の方はまだ……」

 エクトの姿が見えなかったのは、このためだったのだ。しかし、親の承諾を得られたところで、騎士団の許可が無ければどうしようもない。

「問題ない。リューセクタル、行ってこい!」

 突然聞こえた声。聞こえた方向を見ると、そこに居たのはザイレイだった。

「ザイレイ隊長! いいんですか?」

エクトは驚き、ザイレイに詰め寄った。王に忠誠を誓った騎士のこのような行動、普通ならば許される訳が無い。エクトも勿論、そんなことはわかっていた。ゆえにエクトの心理はこのザイレイの言葉を聞き、喜び半分、疑惑半分といったところだろうか。

「おう、もちろんだ! 第一お前、武器持ってないからな。医療品なんかを大量入荷しないといけないから、しばらく発注できないし……」

 全員の視線が沙希に向けられる。彼女はすぐに顔を反らし、口笛を吹きだした。

「そんな訳で、お前は役立たずだからな。居なくても問題ない」

(相変わらず酷いな、この人)

 エクトはそんなことを思う。

「ちなみに、騎士団の脱退許可は出していない」

「え?」

驚くエクトに、ザイレイは続ける。

「お前には特別任務だ。この国に脅威をもたらし、今後も危険性があるかもしれないクロノエッジの調査だ。ソイツ等についていけば、何らかの情報は得られるだろ」

 ザイレイは「それと」と付け加え、さらに続けた。

「武器を手に入れて、それで強くなって帰って来い。俺を倒せるくらいにな。この判断は俺の独断だし、全責任は俺が持つ。だからそれくらいの恩返しはしろよな?」

ニッと笑って言うザイレイに、エクトの眼から涙が浮かんできた。奏雅と詩亜は微笑みながら、沙希は感動のあまり号泣しながら二人のやり取りを見守っている。

「良い上司を持って幸せですね~」と言う沙希に、詩亜は「私が悪い上司みたいに聞こえるんですけど」とぼやいていた。

 エクトは目元を拭い元気よく答える。

「はい、必ず! ザイレイ隊長、ありがとうございました!」

深く下げられたエクトの頭にザイレイはポンと手を乗せる。

「ほら、もう行け。グロウスレイの堅物野郎に見つかったら面倒だ」

 詩亜が手鏡を構え干渉を開始した。波紋が広がり、辺りが振動する。光が彼等を包み粒子となって消えていく。

「ザイレイ隊長! 本当に! ありがとうございましたァーーー!」

 四人の姿が消えた後、それより少し長く残るエクトの声。それをザイレイは感慨深く噛みしめていた。

「頑張れよ、リューセクタル」

ザイレイは空を見上げながら小さく呟き、城に向かって歩いて行った。

この話で一段落です。次回からは新展開。

騎士団たちは今後……出てくるかなぁ? 予定では少し出番があるけど。

でもまぁ、忘れてもいいッスよ。出番あってもだいぶ後なんで。

それでは次回もよろしくお願いします。

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