第一話 少女と手鏡
現在二作を同時連載しており、今作品で三作目となります。前二作も休載ではなく、それぞれの更新が遅れるかもしれませんが、執筆するのが一作のみですと行き詰った時に復帰に時間がかかるので、執筆から距離を置かぬように同時連載させていただいております。前述の通り更新は遅くなるかもしれませんが、気長にお付き合いいただけると光栄です。
物語のヒーローはいつだってカッコイイ。それは心や行いだけではなく顔も含めてだ。顔の良いものがヒーローを目指すのか、それともヒーローになるには顔が良くなければならないのか。
暗くなり人気のなくなった広い公園のベンチに腰かけた男は、満開の夜桜になど見向きもせずに手鏡に映った自分の顔を見ながらそんな考えに耽っていた。
鏡に映った顔はまるで絵画のようで刃物のように鋭い目、すっきりとした鼻、薄く潤った唇に白い肌、漆黒の長髪と、一見すると女性のようでもある。
「おい、そろそろ仕事の時間じゃないのか?」
手鏡を見ている男に隣の男が話しかける。今この公園にはこの二人しかいない。
「そうだな。宿題は写し終えたか?」
「いや、まだだ。明日学校で返すよ、このノート。全く、新学期早々宿題付けにしやがって」
「受験生なんだ。仕方ないだろう」
友人の愚痴に呆れたように言葉を返す。
「俺は大学なんか行きたくないっての」
「愚痴は一人で言っててくれ。じゃあな」
男は手鏡を高そうな黒いカバンに入れると、手を振る友人を無視して去って行った。
(今日は仕事……休もうか……)
そう思いつつも足は仕事場に向かっている。それと同時に周りの景色が閑静な住宅街から賑やかなネオン街へと変化する。
「あれ? 奏雅じゃね?」
背の高い金髪の若い男から声をかけられる。
「コウガさん、本名で呼ばないでください。仕事場が近いんですから客に聞かれてしまうかもしれないでしょう」
そう言いつつも奏雅の口調からはそのことに関して興味がないことが読み取れる。
「あ、今のでテンションが下がったんで今日休みます。よろしくお伝えください。では」
奏雅は思いついたようにそう言うと踵を返しその場から去ろうとする。
「え! 何言ってんの? そんな適当じゃ客に逃げられんぞ」
「その適当がウリなんで。それに俺はこの仕事、さっさと辞めたいんですから」
「あっ、おい。待てよ」
呼びとめる男を無視して彼はその場を後にした。
時刻は午後七時。仕事の怠業で空いた時間を潰すため、奏雅は小さな店の立ち並ぶ通りに来ていた。
(こっちに来るのは初めてだな……やっぱり大抵の店は閉まってるか)
いつも暇つぶしをする場所とは別方向の通りで、新たな店の発見は無いかと散策している。大型店舗はこのあたりには無く、夜まで営業している店は数少ない。
(本屋……ないかな?)
顎に手を当、てどの方向に歩こうか考えようとして、あることに気がつく。
(あ、化粧落とすの忘れてた)
彼はカバンからハンカチを取り出し化粧を拭い取ると、手鏡で自分の姿をチェックした。
大きく胸元の空いた黒く光沢のある上着から少し覗くボタンを三つほど外した白いシャツ。キラキラ光る金や銀のアクセサリー。まだ化粧の少し残る顔は、なんともつまらなさそうな表情を浮かべている。その姿と、自身の身から発せられるキツい香水の匂いに顔をしかめた。憧れと現在の自分の姿は近く、またかけ離れたものにも思える。
その時街灯により照らされたアスファルトに大きな影が映り、彼の影と重なった。
彼が驚き上を見るとふわふわな髪を両側で縛った学生服姿の女の子が眼に入る。
(なんで上から落ちてくるんだ……!)
瞬時に手鏡を投げ捨て、少女を受け止めようと手を伸ばす。
「わわっ、なんで人がいるの? どけてくださーい」
想定外の出来事に体勢を崩した少女を間一髪で受け止め、優しく地面に下ろす。
「ケガは無いか?」
奏雅は少女を怖がらせないように出来るだけ穏やかに尋ねた。
「あ、はい。大丈夫です」
中学生くらいに見える小柄な少女はぺこりと頭を下げる。
「で、なんで上から……」
奏雅が言いかけたところで少女が「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
少女が指さす先には、奏雅が持っていた手鏡が転がっている。手鏡は地面に落下した際に割れてしまったようで、破片が数枚プラスチックの枠から飛び出し街灯のわずかな光を反射している。
「すみません」
少女がまたぺこりと頭を下げる。
「いや、別にいいよ。安物だし」
「そういうわけにはいきません。きちんと弁償します」
そう言われても中学生くらいの女の子の小遣いから弁償させるのは気が引ける。
「あ、お金なら気にしないでください。私の家、鏡屋なんです」
「鏡屋……?」
「鏡の専門店です」
「へぇ」
仕事の収入で手鏡の買い替えぐらい訳無い彼だが、鏡屋に少しばかり興味が湧いたのでついて行ってみることにした。
(果たしてそこは新たな暇つぶし場所となりえるのだろうか)
そんなことを思いながら少女の歩幅に合わせ、夜道を二人でゆっくりと歩く。
「そういえば君、名前は?」
店までどのくらいの距離があるかはわからないが、黙ったまま一緒に歩くのも気まずいので話しかける。
「え? 名前……ですか。えーと……」
名前を答えるだけにしては不自然な間が入る。
「言いたくなければ別に言わなくても良いよ」
「いえ、そういうわけでは……。えっと、シアです。栗田詩亜。あなたは……?」
「結城奏雅だ」
「結城……」
詩亜は奏雅の姓を聞くと、わずかに反応した。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
「ところでさっきはなんで上から……」
奏雅が本題に入ろうとしたところで彼女は声を上げる。
「あ、あそこです。私の家」
足の向かう先には古い木製の建物があり、内部は外見に反し数千年前に栄えた古代文明の遺産の様な神秘的な雰囲気を醸し出している。
(こんな面白そうな店があったのか)
彼は無表情を保ってはいたが、内心は小躍りを始めそうなほど喜んでいた。
「ただいま」
まだ閉店前なのだろうか。詩亜は正面から堂々と明かりのついた屋内へ入る。
「あ、店長~。おかえりなさい。今日は遅かったですね」
煌々と蝋燭で照らされた店内を若い女性店員(二十歳前後だろう)がぱたぱたと駆け寄ってくる。
女性店員の顔は整っており、綺麗というよりは可愛い感じでおっとりとした顔つき。髪は後ろで縛っており、地に足が着くたびにピコンピコンと揺れている。
「店長……?」
予想外の言葉に奏雅は驚きを隠せない。
「あら、お客様ですか? それとも……お兄様? まさか……恋人さんではありませんよねぇ~。店長にはこういうナイスガイ的な人はまだ早いと思いますよ~。あ、それとも私に会わせよう、みたいな? いやだな~、まだ店長に心配されるほど……」
陽気な店員は一人で妄想を繰り広げていた。
「沙希さん、落ち着いてください」
詩亜は沙希と呼ばれた店員を落ち着かせようと肩を軽く叩いている。
「はっ!」
五回ほど肩をたたかれたところで沙希は我に返る。
「ごめーん店長。もう大丈夫ですよぅ。で、あっちの方の客ですか? それともこっちの方の?」
「沙希さん、あちらの方のことはアレだと何度も言ってるじゃないですか」
奏雅は目の前で繰り広げられる指示語だらけの会話に全くついて行けずにいた。
「すみません、奏雅さん。事情を説明しますので少々お待ち下さい」
二十歳前後の女性にまるで子供を諭すかのような口調で説明する中学生くらいの少女。それはそれで面白い光景だが、奏雅の興味は店内の鏡へと移っていた。
少しの間、全身を映すような大きな鏡や獅子の飾りのついた鏡などを見て回っていると詩亜が奏雅のもとに寄って来て話しかけた。
「すみません、お待たせして。説明は終わりましたのでどうぞ手鏡を選んでください。一部のモノは訳あってお譲りできませんが大抵のモノならば大丈夫ですので値段は気にせず選んでくださいね。私はちょっと荷物を自室に置いてきますから」
そう言うと詩亜はカウンターの奥に引っ込んだ。
「さぁ奏雅さん。どれでも好きなものを選んでください。あっ、こちらの棚の上にある手鏡は残念ながらお譲りできませんのでご了承くださいっ」
沙希が店内の一角にある棚を指さして言った。先ほど詩亜の言っていた「訳あり」の鏡なのだろう。
(興味はあるが……弁償とはいえタダで譲ってもらうわけだし無理は言えないか)
奏雅は店内を見回すとその棚の対角線上の棚に気に入ったデザインの物を見つけた。
それは銀色のフレームと翼のレリーフが特徴の小さめな手鏡だった。
「じゃあ、これで」
「はい、わかりましたぁ。どうぞっ」
店員は慣れた手つきで袋に入れると奏雅に笑顔で手渡す。
「どうも」
奏雅はそれを受け取るとゆっくりと出口に向かう。
「あれ? もう帰るんですかぁ? せめて店長に一言くらい声を掛けてあげれば……」
「悪いな。用事があるんだ。まぁ面白い店だしまた来るって詩亜に伝えといてくれ。鏡の礼は今度来た時に直接言うから」
そう言って奏雅は店を後にした。
(スーパーが閉まる前に、晩飯の材料を買わないとな)
奏雅の銀に煌めく腕時計は午後九時半を示していた。
いかがでしたでしょうか。
一言でもいいので感想などを頂けると、やる気が出て更新が若干速くなるかもしれませんので、よろしくお願いします。
また、私の作品に少しでも興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、どうか他の作品もご覧ください。