ゾウのエレファン
エレファンはかしこいぬいぐるみである。
エレファンの友だちの五歳になるアルトが、お父さんから聞いた話だから、きっとほんとうだ。
お父さんがいうには、ゾウは記憶力がとても良くて、色んなできごとをちゃんと覚えているそうだ。言われてみれば、たしかに、とエレファンは思う。
エレファンは、街角の小さなおもちゃ屋さんの棚の上で、たくさんの動物のぬいぐるみと一緒に並んでいたことを、今でも覚えている。子どもたちがカランとドアベルを鳴らしやって来ては、きらきらと目を輝かせて店の中を見てまわっていた。
アルトのお父さんが店にやって来て、エレファンの隣にいたキリンのぬいぐるみと、どちらを連れて帰ろうか悩んでいたことも覚えている。でもエレファンと目が合うと、「うん」と頷いてエレファンに手を伸ばし、棚から下ろしてくれた。店を出る時お店のおじいさんに赤いリボンを首に巻いてもらい、ちょっとだけ得意な気持ちになったことは、エレファンだけの秘密だ。
エレファンは、アルトとはじめてあった夜も覚えている。まだ三歳だったアルトは、お父さんからエレファンを受け取ると、ちいさな体いっぱいでエレファンをぎゅっと抱きしめてくれた。
しばらくの間アルトは「えれぱん」「えりぇぴゃん」「えるひゃん」とたくさんの名前で呼んだけれど、ある日きっぱり「エレファン」と呼ぶようになってから、エレファンはずっとエレファンになった。
アルトがエレファンの大きな耳や長い鼻を掴み、振りまわして遊んだ時は、エレファンはただかなしそうな目をしてアルトを見つめた。何度かそうやって遊び、耳が破れてしまったことに気付いたアルトは、わんわん泣きながら「ごめんね」と謝って、エレファンの水色のからだをそっとなでた。エレファンはアルトと遊ぶのが大好きだったので、やさしくするなら鼻や耳にさわってもいいよ、でも破れちゃうからほんとうにやさしくね、とアルトに教えてあげた。エレファンの耳は、縫い物の得意なお父さんが、破れたあとも分からないぐらいきれいに直してくれた。
アルトの部屋には恐竜やミニカー、クレヨンになわとび、ぴかぴか光る剣なんかもあったりして、エレファンのいたおもちゃ屋さんのようだったけれど、アルトがベッドで一緒に寝るぬいぐるみは、五歳の今でもエレファンだけだった。
お母さんに「寝る時間よ」と言われたパジャマ姿のアルトが、それまで床に置かれていたエレファンを抱きかかえベッドにもぐり込む。もちろん、ちゃんとエレファンにも毛布を掛けて。お母さんがおやすみのキスをして部屋から出て行ったあと、アルトとエレファンは窓からたくさんの星をながめながら色んな話をした。
何回食べても、お菓子のおまけのおもちゃのアタリがでないこと。
恐竜のなまえをたくさん覚えたこと。ほんものを見てみたいけど、食べられちゃいそうでこわいこと。
妹がうまれてから、お父さんもお母さんも妹ばかりかまってつまらないこと。
この窓から星をつまんでぜんぶ食べたら、まっ暗になって大変だからやめておこうという、決意。
友だちとスーパーヒーローごっこをしたら、ヒーローだらけになってしまったこと。でも最近、悪のボスもかっこよく見えること。
アルトは寝転びながらエレファンの耳をそっと持ち上げて、ないしょ話のように声をひそめて教えてくれた。
エレファンはかしこいぬいぐるみだったから、アルトがとてもやさしくて、エレファンのようにかしこい子どもだということを知っている。
お菓子のおまけがハズレでも、ハズレのおもちゃでたくさんの遊びを考えだすところ。
恐竜の絵がたくさん載った本を、時間もわすれてジイっと真剣な目でながめているところ(エレファンだってほんものの恐竜に会ったらきっとこわい)。
お父さんとお母さんを取られたように感じながらも、妹が泣いているとすぐ教えてあげるところ。
夜空の星を食べつくして世界を暗やみにはしないという、思いやり。
ヒーローと悪のボス、それぞれの見えかたを考えてみたところ。
そして何より、エレファンの耳を持ち上げる手がとてもやさしいところ。
アルトのおかげで、今夜もたくさんの星が輝いて、窓の外は青く白く、明るい。
エレファンはかしこいぬいぐるみである。
だから世界がどうして明るいのかを、ちゃんと知っているのである。