表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DEMONSMOB〜勇者に巻き込まれて転移した俺の物語〜  作者: はるりん
第1章 転移、そして目覚め
99/151

九十九・正義と悪 “表”

勇者目線です!!

 翡翠那聖(エリナーゼ)の朝は静かで、清らかな風が森の間を吹き抜けていた。勇者一行は、昨日ゼルフィスから聞いた話について、小さな広場で顔を合わせていた。


「魔王に対抗する勢力があるとはね。」


 駿が腕を組み、少し驚いたように言う。


「それもゼルフィスさんが……聖王候補だったとは……。」


 和真は昨日の話を反芻するように呟いた。


 その圧倒的な魔力と存在感に、ただの長老ではないと思っていたが、まさかそんな過去を持っていたとは思いもしなかった。


 朱莉と未来も静かに話を聞きながら、それぞれに思いを巡らせている。


 蓮は何も言わずに空を見上げていた。

 ちなみに、この朝、ゼルフィスの姿はなかった。

 彼は早朝から別件の用事で、里の外へ出かけているという。近隣の森で起きている不穏な動きの調査と聞かされていた。


 勇者たちは、残された時間を使って、自分たちがすべきことについて話し合っていた。


 突然——


 ズガァァンッ!!


 大地を揺るがすような衝撃音が、翡翠那聖に響き渡った。鳥たちが一斉に飛び立ち、風がざわめく。


「なんだ……!?」


 蓮が眉をひそめ、即座に立ち上がる。


 その表情は穏やかさを失い、鋭い視線が音のした方角を捉えていた。


 そのとき、足音を鳴らして駆け寄ってきたのは、エルフの女性——セレナだった。その顔は蒼白で、普段の落ち着きは影を潜めている。


「勇者様方……!どうか、力を貸してください!」


 息を切らしながらも、必死に声を上げる。


 蓮がすぐに駆け寄る。


「何があったんですか? セレナさん……!」



 セレナは、勇者たちの前で一瞬だけ躊躇うように目を伏せた。そして、震える声で告げる。


「……“彼女”が現れました……!」


 その言葉に、一行の空気が凍りついた。


 誰が、何者か。


 ——セレナはそれ以上は語らなかった。

 だが、そのたった一言が持つ重みは、十分すぎるほどだった。


 蓮はすぐに頷く。


「……わかりました。案内してください。」


 深くは追及しない。今は、それよりも急ぐべきことがある。彼らはセレナの後を追い、すぐさま現場へと駆け出した。


 勇者たちが現場へと駆けつけた時——


 そこには、既にエルフの精鋭たちが数名、緊張した面持ちで布陣を敷いていた。


 その中心。


 一人のエルフの女性が、血に濡れた衣をまとい、剣を杖のように突き立てながら、なおも立っていた。


 漆黒の髪は乱れ、息は荒い。その身体は無数の傷に覆われていたが、彼女の瞳だけは、決して折れていなかった。


「……どいて……ッ……邪魔を……しないで……!」


 声はかすれ、今にも倒れそうなほど弱々しかった。

 だがその言葉には、揺るぎない意志と、必死の想いが込められていた。


 精鋭たちはその姿を前に、ただ沈黙していた。


 蓮は一歩前へ出て、傷だらけの黒髪のエルフを見つめた。


 彼女の姿には、どこか言葉にできない違和感と、深い悲しみのようなものが滲んでいた。


「……あの人は?」


 静かに問う。声は穏やかだったが、確かな警戒が滲んでいた。


 その問いに、隣に立つセレナが、拳を震わせながら答える。


「……彼女はかつて、この地のエルフを惨殺し……そして裏切った者……」


 言葉を選びながらも、彼女はしっかりとした声で続けた。


「悪魔と呼ばれた女……

 ——ミレオナです。」


 その名が告げられた瞬間、空気がピリリと張り詰めた。


 誰もがその名に、何かしらの重みを感じ取っていた。


 そして、ミレオナと呼ばれたその女は、なおも血を滴らせながら、前方を睨み続けていた。まるでその先に、絶対に譲れない何かがあるかのように。


 張り詰めた空気の中で、ついに——刃が交わる音が響いた。


 ミレオナが身体を引きずるようにして踏み込み、精鋭たちの陣を一気に突き崩す。その動きは鋭く、傷を負っているとは思えない速さ。黒髪が舞い、まるで影のように精鋭たちの間を駆け抜けた。


「ぐっ……!」


 一人、また一人と、エルフの戦士たちが斬り伏せられていく。

 彼らは油断していたわけではない。それでも、ミレオナの剣は重く、そして速かった。


「なぜ……この力を……!」


 誰かが叫ぶ。だがその声も、次の瞬間には息を呑む悲鳴へと変わる。


 精鋭たちは、劣勢だった。


 ミレオナの攻撃は容赦がなく、守りの陣形すら崩れ始めていた。


 その時——


「そこまでだ……!」


 清らかな森に似つかわしくない、鋭くも強い声が響く。


 ミレオナの動きが止まり、視線が声の主へと向けられた。


 木立の奥から、ゆっくりと現れる影——


 勇者一行が、その場に姿を現した。


 蓮が前に立ち、静かに剣を構える。


 駿や朱莉、和真、未来、そして豹牙もそれぞれに戦意を帯び、ミレオナを見据える。


 その視線を受けながら、ミレオナは鋭く目を細めた。


「……お前たちは……?」


 その問いに答えるかのように、森の風がざわめいた。

 かつて裏切りの名を背負った女と、新たなる勇者たちの視線が、静かに交錯した。


「彼らは勇者よ!貴方を倒すために来たのよ!」


 セレナが叫んだ。


 その瞳には、憎しみと痛みが滲んでいた。

 長い年月、エルフの里に刻まれた傷。失われた命。裏切り。


 彼女の声には、かつて奪われた者たちへの想いが込められていた。


 ミレオナは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


 だが次の瞬間、その瞳が鋭く見開かれる。


「……勇者……までも、私に牙を剥くか……!」


 怒りが、声に宿る。

 その言葉は、自らを守るためか、あるいは何かを貫くためのものか——その真意は測りかねた。


 蓮が、静かに一歩前に出る。


 その背後には、仲間たちの気配。


 そして、まっすぐにミレオナを見据えたまま、彼は剣を構える。


「ここで、君を倒す……」


 一拍置いて、声を強くする。


「もう、誰も傷つけさせはしない!」


 森に、再び静寂が訪れる。


 だが、それは嵐の前のわずかな間。


 次の瞬間——


 ズシャッ!!


 乾いた斬撃音が森の空気を裂いた。


 先に動いたのは、ミレオナ。


 その身体は傷にまみれているはずなのに、動きは一切鈍っていなかった。むしろ、追い詰められた者特有の鋭さと迫力があった。


 漆黒の剣が、音もなく振るわれる。


「くっ……!」


 駿が剣で受け止めるが、その重さに一歩押し返される。


「速い……!」


 彼の身体能力をもってしても、その剣閃は捉えきれない。


 すぐさま後方から、朱莉が援護の矢を放つ。


 シュッ!


 だが、ミレオナはそれを正確に読み切り、身を翻してかわす。


「隙が……無い!?」


 和真が結界を張りながら、未来へ声を飛ばす。


「未来、回復の支援を——!」


「う、うん……!」


【࿓࿓清癒の光ヒーリング・レイ࿓࿓】が放たれ、駿の傷を瞬時に癒す。


 だが、ミレオナは止まらない。


 すでに別の位置へ移動しており、今度は蓮へと一直線に迫っていた。


「勇者……お前からだ!」


「なら、来い……!!」


 蓮が剣を構える。


 キィィンッ!


 激しい衝突音が響き、二人の武器がぶつかり合う。


 虹色の光を帯びる蓮の剣と、漆黒の呪われたような刃。


 一瞬の攻防の中で、蓮は確かに感じていた。


 ——この女、強い。いや……異常なまでに、戦い慣れている。


「何が……彼女をここまで……!」


 思考を巡らせる暇もなく、次の斬撃が襲い来る。


 だが、蓮も応える。


 剣が舞い、風がうなる。


 勇者一行と、かつて“悪魔”と呼ばれた女——ミレオナ。


 その戦いは、互いの命を削り合う、本物の死闘だった。


 金属がぶつかり合う音が何度も響き渡る。


 ミレオナの剣筋は鋭く、無駄がない。

 だが、蓮の動きはそれを読み切るかのように、確実に対応していた。


「……速さが落ちてる……!」


 駿が目を細めて言う。

 そう——ミレオナの動きには、徐々にだが確かに“疲労”の色が見え始めていた。


 それも当然だ。

 初めから傷だらけだったうえ、精鋭たちとの戦いでも消耗している。


「今なら、押し切れる……!」


 和真が声を上げると同時に、朱莉が矢を番える。


「合わせるよ、蓮!」


「頼む!」


 蓮が一気に踏み込み、ミレオナの意識を自分へと引きつける。


「っ……!」


 ミレオナが防御に意識を向けた瞬間——


 シュッ!!


 放たれた朱莉の矢が、ミレオナの左肩をかすめる。


「く……!」


 体勢が一瞬だけ崩れる。


 そこを、見逃すはずがなかった。


「今だッ!」


 豹牙が地を蹴り、拳に力を込めて接近。


【࿓࿓獅炎衝しえんしょう࿓࿓】


 獅子のような熱を帯びた拳が、ミレオナの腹部を正面から叩きつけた。


 ドガァッ!!


 衝撃によりミレオナの身体が吹き飛び、木々をなぎ倒しながら地面に転がる。


「……はぁ……っ、まだ……終わって……」


 ミレオナは苦しげに立ち上がろうとするが、膝が地面に沈み込んだ。


 彼女の呼吸は荒く、汗と血が交じり合い、その瞳にもはや先ほどまでの光はなかった。


 勇者たちは、ついに優勢を取り戻したのだった。


 森の中に、静寂が戻りつつあった。


 吹き飛ばされたミレオナは、木々の根元に膝をついていた。

 その体は傷だらけで、呼吸も浅い。


 それでも、彼女は必死に立ち上がろうとする。


 だが、勇者たちはすでに武器を構えたまま、彼女を取り囲んでいた。


「……ここまでだ、ミレオナ。」


 蓮が静かに言い放つ。


 その声には怒りも、焦りもない。

 ただ、揺るがぬ“決意”だけがあった。


「あなたがしてきたこと……償っても、許されるものじゃない。」


 朱莉が矢を番えたまま、低く言う。


「仲間を殺し、里を裏切った者を……これ以上、野放しにはできない。」


 和真の言葉に、未来も小さく頷いた。


 駿が最後に一歩、前へ出る。


「大人しく捕まれ……戦いは、もう終わりだ。」


 ミレオナは、震える手で地を掴み、血の滲む唇を強く噛み締めていた。

 肩が、小刻みに震えている。それは恐れではない。怒りだった。


 そして——


「黙れぇぇ!!!」


 咆哮とともに、全身から黒い瘴気が溢れ出す。

 大気がざわつき、森の空気が一気に濁りはじめる。


「全員……全員ッ……殺してやる!!!」


 その声には理性の欠片もなかった。

 あるのは、かつての裏切り者としての憎悪と狂気。


 ミレオナは紛れもなく——**“本物の悪”**だった。


 勇者たちは、その姿をまっすぐに睨みつける。


「この力……この殺気……」


 朱莉の言葉には、怒りと悲しみが滲んでいた。


「止めなきゃ……こいつをこのまま放っておけば、また誰かが殺される……!」


 駿の拳が震えている。だが、その瞳には迷いはなかった。


「来るぞッ!」


 蓮が叫び、剣を構える。


 ズガァァン!!


 地を砕いてミレオナが飛び込んでくる。

 駿が素早く反応し、剣を抜いて迎え撃つ。


 ガギィィンッ!!


 一撃の衝突。その重さと速度に、駿は大きく弾き飛ばされ、背後の木に激突した。


「ぐっ……!?」


「駿ッ!」


 未来が咄嗟に駆け寄り、光の魔法を発動する。


【࿓࿓清癒の光ヒーリング・レイ࿓࿓】


 柔らかな光が駿の傷を癒していくが、戦況はそれを待ってはくれなかった。


「理性が……飛んでる……!」


 朱莉がすかさず弓を引き、矢を連射する。


 シュバババッ!


 だがミレオナは、それを狂気的な動きでかわし、朱莉へと肉薄。


「くっ……!」


 和真が間に割り込み、結界を展開する。


【࿓࿓無属結界ヴォイド・シェル࿓࿓】!


 透明な壁が朱莉を包み、ミレオナの一撃を受け止める。

 衝撃で結界がひび割れるも、ギリギリで防ぎきる。


「今だ、蓮!」


「——ああッ!」


 蓮が駆け出し、虹色の剣を構える。


 その眼差しに、迷いはなかった。


 ミレオナは、罪を重ねた裏切り者。

 ——エルフたちの言葉を、勇者たちは信じていた。


 あの瞳に見える影など、惑わしの仮面にすぎない。


「ここで終わりだ、ミレオナ……!」


 蓮の剣が閃く。


 勇者たちは、悪を前にして一切の情を捨て、ただ“正義”のために剣を振るった。


 ミレオナの身体が、大きくよろけた。


 肩口から噴き出す血が、衣を紅く染める。

 脚ももはやまともに動かず、彼女の動きは明らかに鈍っていた。


 蓮の剣がかすめた傷。

 駿の斬撃、朱莉の矢、豹牙の拳——

 それぞれの攻撃が、確実に彼女の身を削っていた。


「はぁ……っ、くっ……!」


 息が乱れ、足取りがふらつく。

 それでも、ミレオナの瞳だけは消えていなかった。


 だが、もはや勝機はない。


 勇者たちは全員、武器を構えたまま、包囲の手を緩めない。


 和真が前へ出て、静かに告げた。


「観念しろ。これ以上は、無意味だ。」


 未来が一歩近づこうとする——その瞬間、ミレオナの口元に薄く、冷たい笑みが浮かんだ。


「……お前たち、ここで殺さなかったこと……悔いるといい……」


 そう呟いた直後。


 ミレオナは、血を垂らしながらも、地を蹴った。


「逃げる気……!?」


 朱莉が矢を番えるが——遅かった。


 黒髪が風を切る。


 傷を庇いながらも、驚異的な執念と本能で森の奥へと駆け出していく。


「待てッ!!」


 駿が追おうとするが、蓮が手を上げて制した。


「……今追っても、地の利はあっちだ。」


 ミレオナの姿は、すでに森の闇に溶けていた。


 空気が落ち着いた頃、そこには血の跡と残された剣が一本、突き刺さっているだけだった。


「逃げられた……」


 駿が悔しそうに歯を食いしばる。


 蓮は剣を収め、深く息を吐いた。


「……次こそ、終わらせる。」


 重苦しい沈黙が森に落ちた。


 彼らは、悪を逃がした——その事実だけが、心に深く刻まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ