九十七・勇者特訓
エルフの秘境──翡翠那聖。
ここに来て、早くも数日が経った。
村の空気に最初は圧迫感を覚えたものの、表向きは平和そのもの。
勇者一行はというと、村長のゼルフィスさんの指導のもと、日々鍛錬に明け暮れている。
「もっと踏み込め、蓮!」
「はいっ!」
広場では、神宮寺と一条が木剣を打ち合わせている。
二人とも額に汗を滲ませながら、息を合わせて剣の基本を反復。ゼルフィスさんが厳しくも的確な指導を飛ばしていた。
少し離れた場所では、七瀬さんと伊集院が並び立ち、魔法陣を展開している。
「風よ、流れろ──《ウィンド・ストリーム》!」
七瀬さんの清らかな声に、そよ風が広場を駆け抜け、続けて伊集院が冷静に魔力を練り上げる。
「焦るな、未来。基礎を極めろ。」
その横では、獅子王が腕を組んだまま険しい顔をして魔力制御の訓練中。
「クソッ…おれの魔力、まだ暴れんだよなァ…!」
そして、少し離れた木陰では、二階堂さんがエルフの弓術師に囲まれながら練習していた。
「えへへ〜!本職の人に教えて貰えるなんて!」
「朱莉さん、引き絞りすぎるとブレますよ。」
「え、マジ? 佐藤くん、見て見て!私もう当たるようになってきたよ!」
そう言って、こっちに手を振ってくる二階堂さん。
──で、俺はというと。
「……はぁ〜。」
鍛錬場の端っこで、勇者たちの奮闘を横目に、草むしりを手伝ったり、訓練道具を片付けたり。
時折、ゼルフィスさんの指示で木材運びや水汲みに駆り出されたりしながら、モブらしく過ごしていた。
それにしても、ゼルフィスさん……。
俺は木材を運びながら、ちらりと鍛錬場の中心を見る。
確かに、この人が師になることは“成功”だったのかもしれない。神宮寺や一条には剣技を、七瀬さんと伊集院には魔法を、獅子王には魔力制御を、二階堂さんには弓術を。
全く属性も得意分野も違う連中を、的確に、そして自然に指導している。
普通じゃできねぇよ、こんなの。
神宮寺の剣の振りが甘くなれば、ゼルフィスさんの声が飛び、未来の詠唱が崩れれば、すぐにアドバイスが入る。獅子王の魔力が暴走しそうになれば、誰よりも早く対処して、二階堂さんの矢のズレにはさり気なく手本を示す。
(マジで、どんだけ見えてんだこの人……)
俺が《千里眼》でようやく捉えられるような細かい動きすら、ゼルフィスさんは目で見て判断している。
(あのオーラと器……そりゃ、勇者一行も吸い寄せられるわけだ。)
それでも、俺の胸の奥には、拭えない違和感が燻っていた。
まるで、全部最初から“知っている”かのような動き。
勇者たちの弱点も癖も、心の揺らぎすらも──最初から把握していたかのように。
俺の直感が告げていた。
(やっぱり、この郷……何かある。)
表向きは平和で穏やか。
けれど、その裏に見え隠れする何かが、俺の胸に引っかかって離れない。
(……リリス。)
俺は意識の中で、そっと呼びかける。
「なんでしょう!ヒナタ様♡」
すぐに、いつもの軽い口調が頭に響いた。
リリスは、勇者一行と俺がこの村に来てからというもの、常に人目を避けて、村の外れや森の中から俺たちを見守ってくれている。
その存在は、勇者たちはもちろん、エルフたちにも気づかれていない。
もちろん、俺以外の誰にも彼女の声は届かない。
俺とリリスだけが繋がる、以心伝心による会話だ。
「ねぇリリス。この郷……やっぱり、妙だと思わない?」
そう問いかけると、リリスは少しだけ間を置いて答えた。
「そうですねぇ。見た目は綺麗でも、中身はドロドロしてそうです。」
やっぱりそうか。リリスの言葉を聞いて、俺は心の中でため息をついた。
面倒事は、ごめんだし!!
俺、もうこれ以上深入りしたくないし!変な事件とか陰謀とか、正直お腹いっぱい!
俺は草むしりの手を止め、誰にも気づかれないように小さく息を吐いた。
「いい?リリス、あんまり詮索しないでいよう!もう、俺は静かに普通の生活を送りたいの!」
「承知しました♡ ですが、もしもの時は、すぐに駆けつけますから。」
リリスの声は、どこか楽しそうだった。
(はぁ〜……絶対一波乱あるヤツじゃん、これ。)
心の中で頭を抱えつつ、俺はまた雑用作業へと戻っていった。




