九十五・越境進章
道中、俺は決めていた。
──モブに徹する。
必要以上に口を開かず、目立たず、あくまで「ついでに付いてきた一般生徒」というポジションに。
二階堂さんと一条の掛け合いが始まっても、俺は遠くから愛想笑い。
伊集院と神宮寺が作戦を話していても、口を挟まずに「へぇ〜」「すごいなぁ〜」と心の中で呟くだけ。
七瀬さんが心配そうに振り返っても、俺はすぐに目を逸らす。
俺の存在感は今や草木より薄い。
むしろ風景の一部。
──これぞ、真のモブムーブ!
…なのに。
「佐藤くん、さっきの分かれ道、どっちだったっけ?」
「ねぇねぇ佐藤くん!これ見て!面白い形の石!」
「佐藤、お前、水持ってるか?」
俺のモブ計画は、次々に崩壊していった。
なんでそんなに話しかけてくるんだよ……!
俺は心の中で叫びつつも、モブの鑑として無難に返事をする。
「え…あ、そっちです。」
「ほんとだ…面白い石だね。」
「水なら…これ、どうぞ。」
──俺は背景!…そう、俺は背景だ!!
自分に言い聞かせるように、そう心で叫ぶ。
数日が経ち、俺たちはルディアス連邦の広大な荒野を抜け、いよいよ目的地が近づいてきた。
砂利道を踏みしめながら、乾いた風が吹き抜ける。周囲は岩山と草原が入り混じる景色で、目に映るものはどこまでも続く地平線と、ぽつぽつと生えた奇妙な形の木くらいだ。
「そろそろ着くはずだ」と、神宮寺が前を歩きながら言う。
確かに……少し先、千里眼で人影がちらほらと見えてきた。人影と言っても、動いているわけじゃない。何か建物の前に立って、こっちを警戒しているような――いや、歓迎の準備をしているような。
「あれ……人の気配?」と二階堂が指差す。
「そうかもね。」と一条が冷静に呟く。
俺はそっと口数を減らし、背景に徹するモードに入る。
(俺はモブ…俺は背景…俺は風…)
気配を消すつもりで勇者たちの少し後ろを歩いていた。
「もう少ししたら、目的地みてェだな…」
獅子王がボソリと呟き、眉間にシワを寄せている。
さぁ…いよいよ“その場所”が見えてきた。
でも──なんだろう。
俺の胸の奥で、微かにざわつくような、不穏な予感がしていた。
目の前に広がっていたのは、まるで森そのものが形を成したかのような、美しく整えられた集落だった。高く伸びる白樺のような木々、その間に張り巡らされた吊り橋や、樹上に作られた大小様々な住居。
おいおい…あの耳…エルフだ!!
エバーリーフのウッドエルフとは違う。
これは純血のエルフ族…!
勇者たちの目的地がここだったなんて…
一体、彼らはここで何を求めているんだ?
そんなことを考えていると、前方から静かに誰かが歩み寄ってきた。
「ようこそ、旅の方々。」
澄んだ声が耳に届く。
現れたのは、一目で分かるほどの絶世の美女だった。
腰まで伸びる金髪に、翡翠色の瞳。
柔らかな微笑みを浮かべ、その全てが上品で、どこか神秘的。
長く美しい耳が風に揺れている。
「私の名はセレナ・ルフェリス。この郷で案内を務めております。」
エルフ族特有の優雅な礼をし、俺たちを迎え入れる。
二階堂は「わぁ…」と声を漏らし、伊集院は目を細めながら興味深そうに彼女を見つめている。
獅子王は鼻を鳴らし、神宮寺は微笑みを返していた。
俺はというと──
ああ…またとんでもない美人が出てきた。
いや、違う。俺はモブだ。
空気。背景。存在感を消せ…
そう、自分に言い聞かせながら下を向く。
セレナは俺たちを柔らかな笑みで見渡すと、静かに問いかけた。
「では、皆さまのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
神宮寺が一歩前に出て、丁寧に胸に手を当てる。
「僕は神宮寺 蓮。この世界で“勇者”として召喚された者です。」
その言葉にセレナは少し目を見開いた。
「勇者…なるほど。それはようこそ、遥か異邦より。」
続いて一条が口を開く。
「一条 駿。神宮寺の幼馴染で、同じく召喚された身です。」
どこか淡々とした口調だが、その目にはしっかりとした意志が宿っている。
「二階堂 朱莉です!勇者一行のお祭り担当ってところかなっ!」
二階堂さんは元気いっぱいに手を挙げる。
「伊集院 和真。この一行では戦略面を担当しています。」
頭脳派らしく、落ち着いた声。
「獅子王 豹牙だァ。特技は力ずく。よろしくなァ。」
獅子王は相変わらずの強面で肩を鳴らす。
「七瀬 未来です…。よろしくお願いします。」
七瀬さんは優しく微笑みながらお辞儀した。
セレナはひとりひとりに丁寧に頷き、最後に俺の方を見た。
「そちらの方は…?」
うっ、来た…。
「あ…佐藤 ヒナタです。僕は、その…この人たちの仲間……友達です。」
モブ感全開で、なるべく目立たないように、声も小さめで。
セレナは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑む。
「そうでしたか。ですが、ここにお越しになったのも何かの縁。どうぞお好きなようにお過ごしください。」
その後、セレナは勇者たちの方を見て言った。
「では、勇者の皆さま。村の中心部にお連れいたします。長があなた方をお待ちです。」
勇者たちがセレナの案内で歩き出す。
よし、俺もそろそろついて──
「アンタは、こっちじゃないわよ。」
え…?耳元で突然低く囁かれた。
反射的に振り返ると、さっきまで勇者たちには満面の笑顔だったセレナが、俺にだけ見せる鋭すぎる目つき。
「勇者様の金魚の糞が。ほんっと、図々しいわねぇ。」
えぇぇぇぇぇ……!?
ひ、酷すぎる…ッ!!
こいつ…!!
勇者たちにはあんなに可愛い笑顔で「お疲れではありませんか?」とか「こちらでございます♪」とか色目を使っておいて…
一般生徒の俺にはこの冷遇!?
差別だろぉぉぉぉ!!!
俺は心の中で訴えながら、ズタボロにされたメンタルを引きずるように歩く。
「……佐藤くん、こっちこっち!」
二階堂さんが手を振ってくれて、俺は涙目で足早に追いかけた。
後ろを振り返ると、セレナがバッチリこっちに「虫でも見る目」で見てる。
俺……泣きそう。
そして、心の中でそっと呟いた。
──これが、ファンタジー世界の裏側か。




