九十二・交差する運命
翌朝──
昨日の悪夢のせいであまり寝られなかった。あの声、あの影が頭から離れない。
気づけば、ほとんど寝た気がしないまま朝日を迎えていた。
そして、追い打ちのように俺を襲う現実。
なんということでしょう──!
魔力の回復が、ここまで遅いとは…!
普段なら一晩寝れば元に戻るはずなのに、昨日の《瞬間転移》を使った影響だろうか。まるで底の抜けた壺に水を注いでいるような感覚。
転移のスキルを使えるほどの魔力は……無い。
はぁ……どうしてこう、毎回こうなるんだろう。
リリスも「仕方ありませんね〜♪」なんて笑ってるし。
──ということで、決定。
これはもう、歩くしかないか……。
俺とリリスは、タナトス王国を目指して歩いて行くことにした。
俺とリリスは、しばらくルゼノアの街中を歩いていた。
朝の市場は活気に満ちていて、パン屋の香ばしい匂い、路地裏でじゃれ合う子どもたちの声、行き交う商人たちの喧騒──そんな普通の風景の中、俺はとにかく疲れていた。
「まさか…王都に戻るつもりが…徒歩移動になるとはね…」
肩を落としながら呟く。
リリスはというと、どこか楽しそうに屋台の食べ物を眺めたり、猫と遊んだりしている。
…おいおい、俺の心労はガン無視か。
街外れに差し掛かった時だった。
ふと前方から、聞き覚えのある声が──
「いや〜やっぱり、この辺は賑やかだね〜!」
…ん?この声…どこかで…
すれ違いざま、俺はそちらに目を向けた。
「え…?」
相手も、こちらを見て──
「え…??」
声が重なる。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
俺、リリス、そして相手──
勇者一行。
見事なまでに、街中で再会してしまった。
お互い、目をまんまるくしてフリーズする。
「……佐藤くん?」
七瀬さんが恐る恐る声をかける。
俺は慌ててあたりを見回す。
リリス…どこだ!?
さっきまで隣にいたのに!
「え、えぇと…お、おはよう……?」
必死に平静を装う俺。
「おい、そこのヤツ。」
獅子王が俺を睨みつけてくる。
「誰だァ? 知り合いかァ? こんな一般人、覚えてねェぞォ。」
おいおいおいおい!!!
おまえ…!俺、クラスメイトだよ!?
なんなら何回も同じ授業受けてたよね!?
「え、えぇと…獅子王くん…俺、佐藤ヒナタだけど…」
「さと…? 佐藤? 聞いたことねェなァ。ァ?」
二階堂さんが慌てて割り込む。
「ちょ、豹牙! 同じクラスだったでしょ!? ヒナタくんだってば!」
「あァ? そんなモブ顔いちいち覚えてらんねェよ!」
心に突き刺さる…!
地味に一番効いてるダメージこれじゃない!?
俺、マジでモブすぎて記憶に無いのかよ…!
七瀬さんは申し訳なさそうに「ご、ごめんね…」と肩を落とす。
伊集院は腕を組みながら「ああ…豹牙の記憶力は筋肉量と反比例するからな」と冷静に解説してくれる。
────俺、転移魔法とか魔族との戦いとか、色々大変だったのに…
まさかの「誰?」が一番ショックだった。
「お前…どうしてこんなところに!?」
獅子王がズカズカと近寄ってくる。
「俺たち、数週間の修行の旅に出たんだぞ!?タナトス王国からここまで、普通の生徒が来るわけないだろ!」
全くその通り…!
普通に考えて、一般生徒の俺がこんな場所に居るなんておかしすぎる。どう見ても怪しい。これはまずい…!
内心で焦りながら、必死に言い訳を考える。けれど気がつけば、リリスの気配は綺麗さっぱり消えていた。
……さすがリリス。気配を消してくれるあたり、ほんとに頼りになる。
俺は勇者たちの視線を受けながら、しどろもどろに口を開く。
「えぇ…と、その……驚くかもしれないけどさ。実は、君たちが旅に出た後…城で魔族の襲撃があってさ……」
「え…!?」
「その時、俺も巻き込まれちゃって……転移魔法をかけられて、気づいたら全然知らない森の中に飛ばされてたんだ。」
勇者たちは一斉に顔を見合わせ、動揺した様子を見せる。
「ちょ、待て!それ…城は大丈夫なのか!?他の生徒たちは!?」
神宮寺や一条、獅子王たちが一斉に畳みかけてくる。
「大丈夫、大丈夫!騎士団がすぐに駆けつけて、魔族は倒したらしいよ。俺が聞いた話では、誰も命を落とさなかったって。」
……ごめん、それは半分嘘だ。
ほんとのところは俺とリリスが何とかしたんだけど、そんなこと言えるわけない。
「君がひとりで……ここまで……?」
伊集院がぽつりと言う。
「す、すごい……」
二階堂さんはなぜか感心している。
七瀬さんは、ほっとした表情で小さく胸を撫でおろしている。
「まさか、そんな偶然あるのかよ…」
一条はまだ少し疑ってる。
「いや…偶然って、あるんだね……!」
神宮寺は、どこか信じたいような声で呟いた。
俺は心の中で泣きながら、静かに微笑む。
──ごめん。実は偶然じゃないし、俺、めちゃくちゃ隠し事してます。
「とにかく、無事で良かった!僕たち、少し休憩するところだったから、一緒に行こう!詳しい話もしたいし。」
神宮寺が微笑みかけてくる。
ああ…やっぱこの主人公、いいヤツすぎるだろ…
俺はそんなことを思いながら、内心で頭を抱えつつも静かに頷いた。




