九十一・安息
俺たちは、人目を避けつつ街の中を歩き、周囲の情報を集めていた。
ここは、ルディアス連邦・ルゼノア。
どうやら商業と職人の街として栄えている場所らしい。
街は活気に満ちていて、朝から荷物を運ぶ人々や、露店で元気に声を上げる商人たちが目立つ。
石造りの建物が並び、道は綺麗に整備されている。
俺は、人混みから少し離れた路地で腰を下ろし、深いため息をついた。
「はぁ……思ったより飛ばされたなぁ……」
さっき、終焉の魔人の装備を解いておいたのは正解だった。
あの格好で現れたら、この街中でパニックになるところだった。
リリスは俺の隣で楽しそうに周囲を見渡している。
「ヒナタ様〜!異国の街、素敵じゃないですか?」
俺はげんなりしながら答える。
「まぁな。でも俺は早くタナトス王国に帰りたいんだけどなぁ……」
結局、俺たちは瞬間転移を使ったものの、距離の制限でこのルゼノアに飛ばされてしまった。
タナトス王国まで、あと2日はかかるらしい。
「とりあえず情報を集めよう。」
俺は立ち上がると、リリスを連れて人通りの多い大通りへと歩き出した。
ルゼノアの大通りを歩いている俺とリリス。
本来なら、情報収集だけのつもりだったのに――
「ヒナタ様!見てください!あそこ、珍しい果実が売ってます!」
リリスはキラキラとした目で屋台の方を指さす。
いや、リリスさん、急いでるんだけど…?
「少しくらい、いいじゃないですかぁ〜。せっかく異国の地に来たのですし!」
うーん…まぁ、少しなら。
俺は小さくため息をつきつつ、リリスに引きずられるように果実屋へ。
リリスはというと、試食を頬張りながら「美味しい〜!」と嬉しそうに笑っていた。
口の端に果汁ついてるし…。
「これ、10個ください!」
え…?ちょっと待って、リリスさん…俺の財布……。
気がつけば、リリスは次々と店を巡り、小物やら、お菓子やらを手に取っている。
こっちは転移魔法の反動で魔力がスカスカなのに…。
「ヒナタ様、このアクセサリー、どうですか?」
差し出されたのは、小さな花飾り。
……うん、似合ってる。すごく。
俺は悟る。
今日の俺の役割は、どうやら──財布係。
通りすがりのカップルに間違われたり、店のおばちゃんに「まあまあ、仲良しさんねえ」とからかわれたり。
心がすり減っていく。
結局、情報収集はそこそこに終わり、俺の両腕には荷物の山。
「ふふっ、楽しかったですねぇ!」
リリスの満足そうな笑顔を見て、俺はまたため息をつく。
……これ、どう見てもただのデートじゃないか!
「今日はもう遅いし……どうせ明日には魔力も回復して、タナトス王国に戻れるはずだしね。」
俺はそう呟きながら、リリスと一緒に適当な宿を探す。
市場の喧騒から少し離れた、そこそこ綺麗な宿屋。
「ここでいいかな…?」
「はい!良いですね!」
リリスはいつものように無邪気に返事をして、勢いよく受付に向かう。
「すみませ〜ん!お部屋は……1部屋お願いします!」
「はぁ!?ちょ、ちょっと待った!!」
俺は慌てて割り込む。
「なんで1部屋なの!?別々でいいでしょ!?いや別々がいいでしょ!!」
「え〜?なにをおっしゃるんですか、ヒナタ様。私たち主従ですよ?一緒に寝泊まりするのが当然です。」
「どこの異世界基準だよそれ!!」
「それに……」
リリスはふいっと俺の方を見て、にこっと悪戯っぽく笑う。
「ヒナタ様なら……いいですよ…///」
「いやいやいや、なんでそこで照れるの!?こっちは困惑しかしてないから!!」
受付のお姉さんがニヤニヤしながら、「ふふ、お二人ともお熱いですね」と笑う。
俺は恥ずかしくて顔を覆う。
「だ、だったらせめて別のベッドの部屋に……」
「ダメです!経費削減です!」
「え、俺払うんだけど!?」
「大丈夫です!私、ヒナタ様の隣でないと寝られない体質なので!」
「そんな体質いつ発症したんだよ!」
散々押し問答した結果――
受付のお姉さんに「お決まりですね」と言われながら、結局、1部屋を取ることになった。
部屋は広くも狭くもない二人用。
普通に別々のベッドがあるだけマシか……
「ふふっ、これでゆっくり眠れますね!」
ベッドにぽすっと飛び込むリリスを横目に、俺はひとつため息をついた。
「ほんと…頼むから寝相だけはおとなしくしてくれよ…」
部屋に荷物を置いて、とりあえず一息。
「はぁ…今日はほんと色々あったなぁ…」
ベッドに腰を下ろしながら俺が呟くと、隣のベッドではリリスがご機嫌な様子で、くるくる回っている。
「ふふふっ♪ ヒナタ様とお泊まりなんて…まるで恋人みたいですねぇ!」
「やめろ、その発言は色んな意味で俺に効く…」
「え?じゃあ本当に恋人みたいに……夜這いとか……」
「しない!!絶対にしない!!」
「残念ですぅ…」
リリスはベッドに大の字で倒れ込み、足をばたばたさせながらニヤニヤしている。
こいつ、本当に竜神様なのか?
俺は思わず頭を抱える。
「それよりリリス、さっきまでいっぱい散策したし、汗だくでしょ?」
「え?じゃあヒナタ様と一緒に……」
「行かねぇよ!!」
「なんでですかぁ〜!!?」
リリスは大袈裟にベッドの上で転がりながら抗議してくる。
「男女の違いとか知ってるよな!?ていうかお前、普段もっと威厳ある竜神様なんじゃないのかよ…」
「え〜?ここは主様とふたりきりのお部屋ですから。威厳は外に置いてきました!」
「置いてくるな!!」
結局、押し問答の末リリスはしぶしぶ風呂に向かい、俺はその間、部屋でひとりソファに沈み込む。
「はぁ…明日はちゃんとタナトス王国に戻れるかな…」
しばらくしてリリスが風呂から戻ると、湯上がりなのか髪をタオルで拭きながら、俺の方を見て言った。
「おまたせしました!じゃあヒナタ様、次は一緒に……」
「行かねぇって言ってるだろ!!」
「残念ですぅ…」
またそれかよ。
そのまま、ベッドに飛び込んで「おやすみなさいませぇ〜」と丸くなるリリス。
俺はため息をついて、やっと寝支度に入る。
「ほんと…疲れる……」
でも、なんだか少しだけ、安心している自分がいるのも事実だった。
夜。
静寂に包まれた宿の一室で、俺は深く眠りに落ちていた。
だが──
ざわ…ざわ…
闇の中に微かなざわめきが聞こえる。
目の前は真っ暗なはずなのに、どこか、重く圧し掛かるような気配。
「ヒ…ナ…タ……」
誰かの声。
遠くで、確かに俺を呼んでいる。
「助けて…」
小さな、か細い囁き。
どこから聞こえるのか分からない。耳元なのか、頭の中なのか。けれどその声は、ひどく苦しそうで、悲しそうで──何より、怨念のように俺を縛りつける。
足元がズブズブと沈む。
まるで底なし沼だ。
いくら足掻いても抜け出せない。
目の前に、影が現れる。
黒く、歪んだ無数の腕が俺に向かって伸びてくる。
「助けてよ……」
その影は…血だらけで、顔は見えない。
でも確かに、どこかで見たことがある気がした。
──ずるずる
──ずるずる
引きずり込まれる。
逃げたい。逃げなきゃいけない。
でも身体が動かない。
「ヒナタ…助けて……」
次の瞬間。
「──ッ!!」
俺は飛び起きた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
胸がひどく苦しい。
冷や汗が全身を濡らし、心臓は激しく跳ねていた。
さっきのは……一体、なんだったんだ……?
まるで、本当にあの場にいたような、あまりにもリアルな……
俺は胸に手を当てた。
鼓動が早い。まだ、夢から完全に戻ってこれていない。
「……あれは、夢…だったのか?」
誰かの助けを求める声。
あの影。あの血。
無意識に、俺の手はペンダント──リリスから貰った封印石に触れていた。




