九十・転移の代償
翌朝。
眩しい朝日が差し込む。
俺は──終焉の魔人の姿のまま、目を覚ました。
「……寝づらっ!!」
まさかこの恰好で寝たのは人生初だ。
そもそも、黒焔のローブは重いし、顔は認識阻害のモヤがかかってるし、寝相悪かったらオーラで部屋ごと吹き飛ばしかねない。
ふぅ…それでも昨日の宴の騒ぎと、リリスの圧倒的な存在感、竜巫女ティナの申し出、すべてが現実だったことを思い出す。
……俺、約束しちゃったんだよな。
「この地を統治する力を貸す」って。
はぁ、勢いで言っちゃったけど、結局また覇焔の郷には来なきゃいけないわけだ。
「もう……平穏な学生生活とか、どこいったんだろうな……」
朝の静かな光の中、俺はそっとため息をつく。
それでもどこか、ほんの少しだけワクワクしている自分がいるのが、ムカつく。
俺は荷物をまとめながら、深くため息をつく。
もう…どれくらい経ったんだろう。あの夜、賊の襲撃に巻き込まれて、森に飛ばされて…覇焔の郷に迷い込んで…あれこれあって。数えてみれば、もう2週間近く経ってる。
「まさか、こんなに時間が経ってたなんて…」
ポツリと独り言が漏れる。勇者たちも紫苑も、城の生徒たちも、きっと心配してるはずだ。いや、紫苑に至っては、泣いて怒りそうだな…。
「はやく戻らないと…」
俺は荷物を肩にかけ、天焔庵の門に目を向ける。そこには、朝早くにも関わらず、すでに見送りに来ている竜巫女ティナと数人の竜人族たち。そして、リリスはというと、俺のすぐ後ろで大あくびをしている。
「ヒナタ様〜…まだ寝ていたいのですが〜」
「いや、リリス…オレ、はやく帰りたいんだけど。」
この2週間、戦ったり振り回されたり…もうお腹いっぱいだ。
ティナ・アストレアがそっと俺たちに歩み寄る。
「竜神様、終焉の魔人様。」
ティナは清らかで、それでいてどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「もし…もし、またこの地にお戻りの際は、どうかお声をおかけください。ですが…この覇焔の郷は、結界に護られ、外から見つけることは難しいはず…。そして、この地は貴方様方にとっても…遠すぎる場所かもしれません。」
そう言ってティナは、少し俯く。
たしかに…。俺はここまで、偶然とか不可抗力とかで来てしまっただけで、自分の意志で来られるほど、この地のことを知らない。
またリリスと一緒に空を飛んで帰るのは…正直、嫌だ。
あの魔族が使っていた転移魔法とか、瞬間移動とか、俺にも使えたら…!
この距離、一瞬で帰れるかもしれない。
俺は目を閉じ、強くイメージする。
場所を思い浮かべ、そこに“飛ぶ”イメージを。
「行ける……ワンチャンあるかも……!」
その瞬間。
《────── 特異能力 ༄《瞬間転移》༄ 獲得シ──────────》
ズゥゥゥン――!!
身体の奥から地響きのような衝撃が走る。
まるで心臓を掴まれたかのように、息が詰まる。
俺はその場に膝をつく。崩れ落ちそうなほど、力が抜けていく。
「な…んだ、これ……」
冷や汗が止まらない。視界が歪み、音すら遠く聞こえる。
立とうとしても、膝が震えて立ち上がれない。
この感覚――そういえば、前にもあった。能力を手に入れた時、突然身体が動かなくなる…あの感じ。
でも、これが本当に“副作用”なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
「っ……ったく、マジで…なんなんだよ、これ……」
身体のありとあらゆる力が、まるでどこかへ抜け落ちたかのように全て消えていく感覚――まるで、自分という存在そのものが希薄になっていくような、底なしの虚無に落ちていくような。
俺はその場に膝をつき、崩れ落ちそうな身体を必死で支える。
「ヒナタ様!!」
「大丈夫ですか!!?」
リリスとティナが駆け寄ってくるのが視界の端に映った。リリスは今にも泣きそうな顔で俺の肩に手を添え、ティナは戸惑いながらも必死に俺の様子をうかがっている。
「しっかりしてください、ヒナタ様!何があったのですか!?」
「終焉の魔人様……!どこかお怪我を…?」
俺は小さく首を振る。
「ち、違う……怪我じゃ…ない……」
声もかすれる。まともに息を吸うことすら億劫だ。
「さっき…能力を……」
そう言いかけたが、それ以上の言葉が出なかった。
身体が鉛のように重い。
頭が働かない。
リリスが俺の身体を支え、ティナが慌てて布を持ってきて額の汗を拭いてくれる。
「……私のせいでしょうか……!?無理をさせてしまった…?」
ティナの声が震えている。
違う…俺が…勝手にやったことだ。
この力を手にした時、俺が背負う“試練”は、きっとこんなものじゃ済まない。
そう…ぼんやりと、俺は思っていた。
俺は何とか踏みとどまる。膝をつきそうになる身体を無理やり支え、顔を上げた。
「だ、大丈夫…なんとか…」
そんなことを言ってはいるが、今は終焉の魔人の仮面を被る余裕すら無い。
足はグラつき、呼吸も荒い。リリスとティナはまだ心配そうに俺を見ているが――これ以上、心配させる訳にはいかない。
内心、冷や汗が止まらないまま、俺はそっと《瞬間転移》の能力を確認する。
行ったことがある場所に、自身の魔力だけで“瞬時に”転移できる能力。
しかも特異能力《ユニークスキル》に分類されている。
だが――
どうやらこのスキルには制限があるようだ。
一度の転移で移動できる距離は、今の俺の魔力量では “国ひとつぶん” 程度が限界。それ以上離れた場所には、何度か繋いで跳ばなければならない。
……それに、あの副作用。
さっきみたいに身体の奥底から何かを削られるような消耗感は、下手をすれば命を落としかねない。
俺は出発の前に、少しだけ休憩することにした。
さすがに、さっきの反動は無視できない。今無理をしたら、本当に倒れてしまいそうだ。
「ヒナタ様…いえ、終焉の魔人様。少し、魔力をお分けしますね。」
リリスはそう言うと、俺の手にそっと触れた。
瞬間、身体の芯から熱が戻ってくるような感覚。
やっぱりリリス、頼りになるなぁ……。
「少し楽になった…ありがとう、リリス。」
「当然のことです。我が主様ですからね。」
相変わらず、笑いながら物騒なことを言う。
ティナも心配そうに少し離れた場所からこちらを見ている。
数時間が経っただろうか。
全回復、とまではいかない。けれど、身体はだいぶ軽くなっている。
「よし…これなら、何とかなるだろ…!」
俺は深く息を吸う。
「じゃあ、行くか…!」
俺は右手を前に突き出し、意識を集中させる。
༄《瞬間転移》༄──発動!
“ズォォン”
空間が歪むような重低音とともに、俺の足元に淡く輝く魔法陣が浮かび上がる。
「これが…俺のスキルか…!」
行先は決まっている。
あの、面倒事だらけの場所──アガリア。
「それじゃあな、ティナ。みんな。またすぐ来るよ、たぶん…」
リリスが俺の隣に立つ。
「準備はよろしいですか?主様。」
「ああ。行こう。」
俺たちは淡く揺らめく転移陣の中心に立つ。
魔法陣の光が強くなり、視界が白に包まれていく。
──アガリアへ。
──────────
んん…??ここどこだ…?
見慣れない景色。活気ある街並み。人々が俺たちを指差し、驚き、ざわついている。
そうだった…!思い出した…!!
このスキル、行ったことがある場所にしか転移できない。そして、その距離にも制限がある──!
つまりここは、アガリアに辿り着くための“限界”地点ってことかよ…!!
よりによってこんな賑やかな街のど真ん中に出るなんて!
「うぅ…魔力が…空っぽだ……」
足元がふらつく。リリスが慌てて俺の肩を支える。
街の人々の視線。ざわめき。そして──また、面倒なことが起こりそうな予感。




