八十九・覇焔の宴 弍
宴は、想像以上に盛大だった。
広場いっぱいに竜人族たちが集まり、焚き火の炎が夜空を赤く染めている。
酒が振る舞われ、音楽と歌声が途切れることなく響き、肉や果実、穀物料理が所狭しと並んでいた。
俺は一歩下がった場所で、少しだけ場の喧騒を眺めていた。
周囲は相変わらず俺を「終焉の魔人様」と呼び、過剰なほどに気を遣ってくる。
……いや、まぁ、演技とはいえあれだけのことをしたから仕方ないんだけどさ。
「ヒナタ様、こちらもお召し上がりください。」
ティナがそっと器を差し出してくる。
その手つきも声も相変わらず清らかで、どこか神事のような振る舞いだった。
「ありがと……じゃなくて、うむ。」
俺は演技を思い出し、終焉の魔人っぽく受け取る。
──その時だった。
「レシュノルティア様ぁぁ!!」
どこからともなく竜人族たちの大歓声が巻き起こる。
振り向けば、そこにはリリスがいた。
子どもたちや若い竜人たちに囲まれ、酒を片手に無邪気に笑い、時には背中に乗られ、時には手を引かれ、まさに「竜神様」として担ぎ上げられていた。
「我が覇帝竜レシュノルティア様に、かんぱーい!!」
「おおおおお!!!」
一斉に盃を掲げ、どこからともなく竜人たちの歌が始まる。
「リリス様は我らが守り神!悠久の時を超えて我らを見守りし覇帝竜!」
「我らの生を紡ぐ光!命を護りし絶対なる存在!」
もうお祭り騒ぎだった。
リリス本人は、そんな賛美に照れるでもなく、完全にノリノリで杯を交わし、時折悪戯っぽく舌を出して笑っている。
「おいおい…どっちが主様だよ……」
思わず俺はため息をついた。
ティナはというと、そんなリリスの姿を見て、目を潤ませながら静かに手を合わせている。
「……本当に、レシュノルティア様なのですね……。私たちは、なんてことを……」
ティナのその横で、俺は一人、皿を持ったままぼそりと呟く。
「なぁ……この世界、俺、脇役のはずだったんだけどなぁ……」
乾杯と歌声、笑い声に包まれ、宴はまだまだ続く。
俺の心は、どこか遠く、早く帰りたい一心だった。
宴も少し落ち着き、人々の酔いも回りはじめた頃。
俺とリリスは、賑やかな広場を少し離れた静かな場所に移動していた。
「それでさ、リリス…ずっと気になってたんだけど。」
俺は少し声を潜めて訊ねる。
「お前がこの郷の“竜神”ってことは……もしかして、ここの竜人族って、リリスの子孫とかだったりする?」
リリスは、一瞬きょとんとしたあと──
「……なにを、ばかなことを!」
肩をすくめ、呆れたように笑う。
「私につがいなんていませんよ!子を残したこともない。それに、この郷の竜人族は恐らく、私の“親族”の末裔たちでしょうね。私がかつて竜として生きていた時、地上に降りて交わった親族の血……そういう者たちの子孫ですよ。」
リリスは星空を見上げながら、どこか懐かしそうに微笑む。
「まぁ、私自身はそんなつもりは無かったんですけどね!勝手に“竜神様”なんて崇められてしまって、困ったものです。」
そう言って、リリスは楽しそうにくすくす笑っていた。
一方の俺は、心の中で思う。
(いや、十分“竜神”らしい風格と強さだけどな……)
それにしても、不思議なのはなぜリリス――いや、覇帝竜レシュノルティアが“竜神”として祀られているのか、ってことだ。
さっき本人も言ってたけど、リリスは自ら神になろうなんて考えたこともないはず。
それでも、ここでは“竜神”として信仰され、巫女まで置かれている。
俺はその理由を尋ねようとしたけど──
「ま、いっか。今は気にしないでおこう。」
こんな世界に来てから、常識じゃ測れないことばかり起きている。
いちいち考えてたらキリがない。
それに、今はまだ“宴の夜”だからな。
せめて、今だけは肩の力を抜いておこう。
宴も終盤に差し掛かり、賑やかだった竜人族たちの声は、少しずつ落ち着きを見せ始めていた。
煌々と照らされていた篝火は穏やかに揺らぎ、音楽隊の竜人たちも、ゆるやかな調べを奏でている。
「ふぅ……」
俺は杯を置いて、月明かりに照らされた空を見上げた。
「終焉の魔人様……お楽しみいただけましたか?」
隣でティナが微笑む。巫女らしい、静かで清らかな表情だった。
「あぁ、まぁな……賑やかだった。」
終焉の魔人の“それっぽい”言い回しで返したけれど、内心はだいぶ疲れていた。
なんせさっきまで命がけの戦いをしてたんだ。のんびり飲み食いできるほど、余裕なんてない。
その隣でリリスはというと──
「ふふん!皆が私を崇め称えるのは、見ていて気持ちが良いですねぇ!」
まるで世界の主役かのように、竜人族の兵士や子供たちに囲まれていた。
「竜神様〜!」「レシュノルティア様〜!」
子供達に羽根を引っ張られ、頭を撫でられ、まんざらでもなさそうに微笑むその姿を見て、俺は小さく溜め息をつく。
(……まぁ、これだけ平和な宴なら、悪くないか。)
その時、ティナが静かに言った。
「終焉の魔人様。……私達、貴方様に出会えて良かったと思っています。」
その目はまっすぐで、どこまでも純粋だった。
俺はほんの少しだけ、気恥ずかしくなって目を逸らす。
「……オレは、世界を終焉に導く者。出会いのために動いたわけじゃない。」
それでもティナは微笑んでいた。
宴は終わりへと向かい、夜は静かに、更けていった。




