八十八・覇焔の宴 壱
どうやら話を聞くと、この覇焔の郷──昔は“国”だったらしい。
もちろん、大国ってほどではない。いわゆる小国。それでも、竜人族だけの独立した国として、それなりに名を馳せていたそうだ。
けれど──
「長い間…この地には“王”がおりません。」
ティナはどこか寂しそうに言う。
昔、王と呼ばれた者がいたが、数百年前にその血筋が途絶えたとか。
それ以来、この地をまとめてきたのは“竜巫女”──つまりティナの家系。
でも本来、彼ら竜人族は“王”のもとでこそ、その力を最大限に発揮できるような仕組みになっていたらしい。
「なので…竜神様、そして終焉の魔人様のような、伝説に語られる存在こそが、我々の“王”にふさわしいのです!」
ティナは熱い眼差しでこっちを見ている。
…いやいやいやいや
ちょっと待ってくれ。
俺、終焉の魔人“ごっこ”をしてただけなんだけど!?
王になるつもりなんて…1ミリもないんだけど!?
リリスはというと──
「ふふっ…主様が王…それも悪くないですね?」
ニヤニヤして俺を見てくる。
おいおいおいおい、やめろォォ!!
またとんでもない話に巻き込まれてきたぞこれ……!!
どうにかして断らないと…!!
俺は心の中で叫ぶ。
いやいや、待ってくれよ!?
俺、数ヶ月前までただの平凡な学生だったんだぞ!?
日々、課題に追われて、授業中にウトウトして、放課後はコンビニ寄って帰るだけの、ごく普通の人生だったんだぞ!?
それが──
異世界に飛ばされ、魔族と戦い、終焉の魔人なんて恥ずかしい二つ名を背負わされ、さらには今、国の“王”に祭り上げられようとしている。
飛躍しすぎじゃない!?
話がデカすぎるんだよ!
誰だよこんなシナリオ書いたの!!
リリスは隣で相変わらずニコニコしてるし、ティナも「お願いします!」ってキラキラした目で見つめてくる。
やめてくれ!!そんな期待の目で見ないで!!
俺は…俺は…ただ平穏に生きたいだけなんだよォォ!!!
俺は心の中で土下座していた。
必死に、なんとかこの場を丸く収めて断る方法を考えながら────
俺は一つ、深く息をつく。
このまま全てを拒絶しても、どうせリリスは後ろでニヤニヤしながら「主様、ぜひお引き受けを」なんて煽ってくるに決まってる。
それに…この竜人族、リリスとも深く関わりがあるみたいだし、完全に無下にもできない。
だったら、終焉の魔人らしく────
「…王などには、興味は無い。」
俺はゆっくりと椅子から立ち上がり、ティナたちを見下ろすように言う。
「だが────この地を統治するための“力”が必要だというのならば、貸してやろう。」
重く、威圧するような声。
集まっていた竜人族たちが、一斉に息を呑むのが分かった。
…ふぅ。
内心はもう汗ダラダラなんだけどね!!
でも、これで少しは穏便に済むはず。
王様になるのはゴメンだけど、“協力”するくらいなら、まあ……仕方ないよな。
リリスはというと、またもや嬉しそうに微笑んでいる。
「さすが…主様。」
小声でそう呟くリリスの声が、耳に届いた。
あー…また面倒事の種を撒いちまった気がするなぁ……
その後、俺はなんとかあの場を乗り切った。
“王”という肩書きだけは、全力で回避しつつも「力を貸す」という落としどころで場を収めたわけだが──
結果、今夜、俺たちは盛大な“歓迎の宴”に招かれることになった。
夜。
覇焔の郷の中心部、石畳が敷かれた広場。
そこには無数の灯火が浮かび上がり、柔らかな光が夜の闇をそっと照らしている。
夜風は心地よく、どこか甘い香りとともに焼き上げられる肉や果実酒の匂いが漂ってくる。
石造りの円卓には色とりどりの料理が並び、郷の民たちの楽しげな笑い声と笛の音が響いていた。
…現実じゃ考えられない、異世界らしい幻想的な光景だった。
「終焉の魔人様……どうぞ、こちらへ。」
控えめで澄んだ声が耳に届く。
振り返れば、ティナ・アストレアが俺を見上げていた。
いつもの巫女装束のまま、どこか神聖さを纏い、両手を胸元で組んで丁寧に微笑んでいる。
その仕草はまさに“巫女”。
先ほどまで俺に刃を向けていたとは思えないほど、清らかで慎ましい。
「……あぁ、すまない。」
俺は肩をすくめて歩みを進める。
周囲の竜人族たちは、先ほどまでの警戒心などどこへやら。
まるで伝説の英雄でも見るかのような目で、俺の一挙手一投足を見つめている。
……いや、俺、ただ迷い込んで巻き込まれただけなんだけど。
リリスはというと、すでに郷の子どもたちに囲まれて、いつの間にか一緒に踊っている。
相変わらずの馴染み力。
この世界で一番馴染んでるの、たぶんリリスだ。
「はぁ……」
思わずため息をつきながら、俺は盛られた料理に手を伸ばす。
せめて今夜くらいは、食べて飲んで忘れさせてくれよ。
この、終焉の魔人ごっこも。
──月明かりの下、清らかな巫女の視線と、竜人たちの賑わいに包まれて、宴は静かに始まった。




