八十七・竜の門を越えて 弍
俺とリリスは、ティナと兵士たちに導かれ、覇焔の郷の奥へと歩いていた。
「こちらへどうぞ。」
ティナが手を差し伸べた先にあったのは──
他の建物よりもひときわ大きく、立派な屋敷だった。
岩と金属で作られた重厚な門構え、精緻な紋様が刻まれた壁、広い敷地と整えられた庭。
威厳と格式が漂っている。
だが、豪華絢爛というよりは、武威と気品を兼ね備えたような、そんな雰囲気だ。
「ここが私の住まい、天焔庵です。」
ティナは少しだけ恥ずかしそうに微笑む。
(ふむ…これは……住まいってレベルじゃないな。
この郷じゃ、かなりの要人ってことか。)
「終焉の魔人様…そして、竜神様。
お二人には、まずはこちらでおくつろぎいただきたく……」
ティナは丁寧に頭を下げた。
「うむ…案内してもらおうか。」
俺は魔人モードでクールに返す。
(正直、休憩できるのはありがたい……)
リリスは俺の隣で、いつもの余裕の笑みを浮かべている。
「ふふ、ありがとね。じゃあ、遠慮なくお世話になろうかしら。」
「も、もったいないお言葉です…|竜神様……!」
ティナは嬉しそうに、少し顔を赤らめる。
ティナの案内で、俺たちは天焔庵の門をくぐる。
──その瞬間、思わず息を呑む。
高い天井に吊るされた無数の煌びやかな灯具が、やわらかな光を落とし、壁には緻密な竜の紋様が刻まれている。床は光沢のある白銀の石で敷き詰められ、歩くたびにかすかに反射する。
廊下の両脇には青と赤を基調とした絨毯が敷かれ、壁には見事な刺繍のタペストリー。
その全てに、「火」と「風」を象徴する竜の意匠が散りばめられていた。
窓の外からは、遠くの山々と岩の大地が望める造りになっており、吹き抜けの中庭には小さな泉と色とりどりの花が整えられている。
(……まじかよ。これ、現代の一流ホテルでも敵わないぞ。)
「終焉の魔人様、|竜神様。お気に召していただけますでしょうか。」
ティナが少し誇らしげに振り返る。
「……うむ。悪くない。」
俺は魔人ムーブで淡々と答えたが、心の中では
(すっげぇ……住みたい……)
とか思っていた。
リリスはクスクスと笑いながら、「まぁまぁね」と余裕たっぷりに応じている。
ティナは嬉しそうに小さく頷くと、俺たちをさらに奥の部屋へと案内した。
──天焔庵
この屋敷は、まさに竜の民が誇る威厳と美の象徴だった。
ティナは俺たちをさらに屋敷の奥へと案内する。
いくつもの美しい廊下を抜け、重厚な扉の前で足を止めた。
「こちらでお話しできます。」
そう言って扉を開けると、中は落ち着いた雰囲気の応接間だった。
大きな窓からはやわらかな陽光が差し込み、壁際には精巧な木製の棚、中央には座り心地の良さそうな椅子と円卓が配置されている。
俺たちは静かにその部屋へと足を踏み入れた。
俺が椅子に腰を下ろすと、ティナはすぐさま立ち上がり、俺とリリス、両方に向かって深く頭を下げた。
「竜神様……そして終焉の魔人様……この度は、本当に申し訳ありませんでした……!」
彼女は声を震わせ、まるで地面に額を擦りつける勢いで謝罪する。
リリスはそんなティナを見下ろし、少し楽しげに微笑む。
「まぁ……許しましょう。我は別に怒っておりませんから。」
俺は少し視線を逸らしながら、腕を組み直す。
「……もういい。頭を上げろ。」
ティナは恐る恐る顔を上げる。
「そ、その……終焉の魔人様は……お怒りでは……」
「いや……まぁ、突然襲われた時は驚いたが……終わったことだ。命を取り合う気はない。」
俺は少しだけ、目を細めた。
「それに……お前も、自分なりにこの地を護ろうとしたのだろう。」
ティナはその言葉に目を見開き、再び小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます。」
その様子を見て、リリスが以心伝心で俺に話しかけてくる。
《ふふっ、ヒナタ様……やっぱりお優しい方です。終焉の魔人、案外“保護者”っぽいですよ?》
《うるさい……!俺だって早く帰りたいだけだ……!》
俺は視線を外し、ため息をついた。
──まったく、なんで俺がこんな役を背負ってるんだよ……
そうこう話しているうちに、少しずつ分かってきた。この覇焔の郷に住まう竜人族──彼らが使う力は、どうやら俺たち人族が使う“魔力”ではないらしい。
彼らが纏うあの独特の気配、そして巫女との戦いで感じた違和感……あれは“竜力”と呼ばれるものだそうだ。
その力は、竜の血を引く者のみが扱える特殊なエネルギー……確かに、あの巫女の力もリリスにどこか似ていた。
なるほどな…さっき感じた違和感は、この“竜力”ってやつだったのか。リリスのそれと比べれば、次元が違いすぎるが──似た気配を纏っていたわけだ。
しばらく他愛のない雑談をしていた。
戦闘の時とは打って変わって、ティナはどこか抜けたところがあって、リリスとじゃれ合うように話していたし、俺も少しだけ肩の力を抜いていた。
まさか、あの死闘のあとにこんな平和な時間が来るなんてなぁ……
そんなことを思っていた、その時。
「え……?今なんと……?」
俺の耳に飛び込んできた言葉に、思わず聞き返す。
ティナは真剣な顔で、まっすぐ俺たちを見て、堂々と言い放った。
「竜神様……終焉の魔人様!どうか、この覇焔の郷の王になっていただけないでしょうか!」
俺は飲んでいたお茶を噴きそうになり、リリスは「え?」と目を丸くしている。
俺は椅子からズリ落ちそうになりながら、叫んだ。
「な、な、な、な…なんだってぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
ちょっと待て!
この平和な雑談タイムから、どうして急にそんなとんでもない話になる!?
あのさぁ、俺、終焉の魔人やってるけど!
異世界の王とか、望んでないんだけど!?
思わず頭を抱えた俺の背中で、リリスがクスクスと楽しそうに笑っている。
おいおいおい……冗談じゃないぞ……




