八十六・竜の門を越えて 壱
場に重苦しい沈黙が流れる中、ティナはおそるおそる顔を上げた。
その表情は、先ほどまで俺と死闘を繰り広げていた者とは思えないほど、怯えと敬意に満ちている。
「し、終焉の魔人様……」
ティナが声を震わせながら口を開く。
「どうか……どうか、我々の非礼をお許しくださいませ……」
その背後では、竜人族の兵士たちも全員、ぴしっと地面に額をこすりつけている。
まるで、地面に穴が空くんじゃないかってくらい勢いよく。
俺の隣では、リリスがどこか得意げに、鼻歌交じりで腕を組んでいる。
「ふふん♪ 当然でしょう?
終焉の魔人様に無礼を働くなど──天地がひっくり返るほどの不敬ですよぉ?」
(おい……誰のせいでこんなことになったと思ってるんだよ!!)
俺は心の中で全力で突っ込みながら、咳払いを一つ。
「……まぁ、いい。もう過ぎたことだ。」
(もう早く帰りたいしな……)
「だが──」
俺はあえて少し溜める。
これくらいの演出は、終焉の魔人として“それっぽく”振る舞うためには欠かせない。
「次、同じことをすれば……その時こそ、この地を“終焉”させる。」
俺が静かにそう告げると──
「ヒィィィィッ!!!」
「ひ、ひぃい!!」
ティナは膝をガクガクと震わせ、兵士たちはもう土下座どころか、地面に埋まりそうな勢いで頭を擦りつけた。
「は、はいッ!!以後、決してこのようなことは──!」
「誓って二度と…!」
「お許しくださいませぇぇ……!!」
俺は内心、両手で顔を覆いたかった。
(なにこれ……俺、また“ヤベェ奴”認定されてるじゃん……
ただの一般人だったはずなのに……)
そんな俺の気持ちなど露知らず、リリスは隣でニヤニヤしながら囁く。
『さすがヒナタ様です!これでまた、世界に“終焉の魔人”の名が広まりましたね!』
(いやいや、そんなの望んでないからね!?)
俺はこっそり心の中で叫んだのだった。
ティナは、先ほどまでの怯えた様子から一転、急にシャキッと立ち上がった。
その顔には決意と、何故かキラキラした笑みが浮かんでいる。
「竜神様、終焉の魔人様──!」
急に声が大きくなり、兵士たちもハッと顔を上げる。
「この覇焔の郷は、あなた方を全力で歓迎いたします!!」
ティナがぴしっと胸に手を当てて叫ぶと、周りの兵士たちも一斉に
「「「ようこそお越しくださいましたァァァ!!」」」
と、地鳴りのような大合唱。
(え、ちょ……何この手のひら返し!?)
俺は一歩後ずさりそうになったが、すぐにリリスが腕を組みながら満足げに頷く。
「フフ……当然でしょう。我が主と我が名を前に、膝を折るか崇め奉るかしか選択肢はありませんからね。」
(いや、選択肢の幅もうちょいあって良くない?)
「どうか……私たちの郷へお越しください!」
ティナが深く頭を下げた。
「ささやかではございますが、歓迎の宴と、謝罪の席を設けさせてください…!」
兵士たちも一斉に頷く。
その目はまるで、崇拝と期待の入り混じった、困るくらいのまっすぐな視線。
(……これ、断れる空気じゃないよね。)
俺は心の中でそっとため息を吐きながら──
終焉の魔人の仮面を被ったまま、頷いた。
「……ふむ。ならば、案内してもらおうか。“歓迎”とやらをな。」
ティナは嬉しそうに目を輝かせ、
兵士たちはその場でまたもや
「「「ははぁぁぁっ!!!」」」
と地に頭を擦りつける。
(ああ……また変なところで目立ってしまった……。)
俺は内心頭を抱えながら、覇焔の郷へと足を踏み入れるのだった。
俺は覇焔の郷の門をくぐりながら、思わず口元を緩めた。
「へぇ…なかなか凄いところだな…」
広がる景色は、まさに異世界そのものだった。
建物は岩や鉱石で作られており、地面には不思議な紋様が浮かび上がっている。
人々の暮らしはどこか質素で、だが力強く──
現世じゃ、到底見ることのない風景だ。
頭上では翼を広げた竜人族たちが行き交い、子どもたちが地上で駆け回っている。
その姿は、人と竜の“共存”というより、もはや“混ざり合った”ような、不思議な世界。
「どうですか?この地が私たちの郷……覇焔の郷です。」
ティナが少し誇らしげに振り返る。
「ふむ……悪くない。」
(正直、めちゃくちゃファンタジーじゃん……!)
俺は心の中で軽くテンションを上げながらも、
“終焉の魔人”としては、クールに頷くだけに留めた。
後ろでリリスがくすくすと笑う。
『ヒナタ様、興味津々なのが顔に出ておりますよ?』
(いや、出さないようにしてるんだけど!?)
だがこの時の俺は、まだ知らなかった。
この“歓迎”の先に──
さらなる“面倒”が待ち受けていることを……。




