八十五・竜神之主
“バサァァァ!”
風を切る音と共に、過剰に優雅な登場を決めたのは、俺の従者――いや、俺の頭痛の元凶でもあるリリスだった。
「お待たせしましたぁ♡ ヒナタ様っ!」
リリスは、両腕を広げてドヤ顔で着地する。
(おい…さっきまで命懸けで戦ってたんだぞ?空気読めよ…!)
目の前の竜巫女はリリスを見ると、少し驚いたような顔をしたものの、すぐに表情を正し、静かに頭を下げた。
彼女は凛とした声で名乗る。
「私の名は――ティナ・アストレア。
覇焔の郷の巫女にして、竜神レシュノルティア様に仕える者です。」
(へぇ…なるほど。やっぱりただの巫女じゃなかったか。しかし、レシュノルティアって……)
……レシュノルティア?
(レシュ……ノルティア……?)
(……ん?)
俺はリリスの方を見る。
にっこにこの笑顔。
(……いやいや、まさかな。)
俺はもう一度ティナの言葉を思い返す。
レシュノルティア様に仕える者
(待て待て待て待て……)
俺はゆっくりとリリスに目を向けた。
リリスは、まるで「ね?ビックリでしょ?」と言いたげな無邪気な笑み。
(ま、ま、まさか……!!)
俺の脳内で雷が落ちる。
お前のことかァァァァァァ!!!??
(嘘だろ!?この巫女、リリスを“神”として崇めてるのかよ!?しかも本人目の前にいるのに気付いてないのかよォォォ!?)
思わず崩れ落ちそうになる膝を必死にこらえた。
(俺…これ…説明すんの……?)
その瞬間だった。
“ザザザザッ”
突然、周囲を囲むように竜人族の兵士たちが現れる。皆、武器を手にし、俺たちに鋭い視線を向けていた。
「竜巫女様をよくも……!!」
「この者たちは敵だ!!」
怒声が飛び交い、一触即発の空気。
「お、おやめ下さい……この方たちは──」
ティナが必死に言葉を紡ごうとした、その時。
“ゴゴゴゴゴ……”
空気が震えた。
圧倒的な威圧感。
まるで、かつて俺がリリスと出会った“あの日”と同じような──
世界が圧し潰されるかのような存在感。
「……貴様ら。」
低く、響く声が辺りを震わせる。
「竜神に仕えると謳いながら……この我の存在に気づかぬとは、愚かの極みよ。」
その声は、リリスから発せられていた。
そして──
リリスの背後に、“巨大な竜の幻影”が見えた。
漆黒と深紅が混じり合う鱗。
覇気に満ちた金色の瞳。
翼を広げ、天すら覆い尽くすかのような存在感。
俺ですら──背筋にぞわりと冷たいものが走る。
「我が名は────────
覇帝竜アマリリス=レシュノルティア。貴様らが“竜神”と崇める者だ。」
ズンッ…!!
その言葉と共に、オーラが大地を押し潰すかのように広がる。
兵士たちは皆、顔を青ざめさせ、その場に膝をついた。
「そ…そんな……!!」
「レシュノルティア様…御自ら…!!?」
俺はと言えば──
(いやいやいやいや!!
お前、なんで急に“竜神モード”全開にすんの!?
怖すぎるだろ!!!)
内心で盛大にツッコミつつ、
この場がとんでもないことになってしまったことを悟った。
ティナはその場で硬直していた。
目を見開き、震える唇をどうにか動かしながら──
「れ、レシュノルティア様……!?そ、そんな……まさか……」
信じられない、と言わんばかりに首を横に振り、膝が崩れ落ちそうになるのを必死に堪えている。
「ず、ずっと……遥か昔より……竜神伝承で語られていた……その御名……!
まさか、まさか……この私の目の前に、本当に……」
声はかすれ、喉が震えている。
あの凛とした竜巫女が、今はただの少女のように見えた。
「お…恐れ多くて……直視すら叶いません……!!」
ティナは震えながら膝をつき、額を地に伏せた。
周囲の兵士たちも次々とそれに倣い、全員が地に頭を垂れていく。
ティナが地に額を擦りつけると、周囲の竜人族の兵士たちも次々と同じようにひれ伏していく。
「レシュノルティア様……お許しを……我ら、貴女様の御姿を見抜けなかった無礼……命にかえても償いましょう……!」
ティナの声は震え、肩も細かく揺れていた。
その光景を見て、俺はそっとリリスを見上げる。
(おいおい……俺の知ってるリリスさん、甘い物と昼寝が大好きで、俺のベッドに勝手に潜り込んでくる人なんですけど!?)
だが──今の彼女からは、そんな気配は一切ない。
リリスは、静かに彼らを見下ろしていた。
冷たい視線。
背後に揺れる、禍々しくも神々しい覇帝竜の幻影。
「……顔を上げよ。」
リリスの声が、静かに、けれども絶対的な圧を持って響く。
「この地を護るため、我を崇めるために生まれた者たちよ。
貴様らに問う。
今、この場にいる“終焉の魔人”に対し、無礼を働いたこと──どう償う?」
兵士たちは顔を上げ、ティナもまた震えながら答える。
「わ、私達は……愚かでした。
何も知らず、ただ無闇に剣を振るい……
この方の寛大なるお心に、泥を塗りました……」
そして、ティナは顔をこちらに向け、額を地面に押し付ける。
「|終焉の魔人様……どうか、どうかお許しください……!!」
(え、えぇぇぇぇ……!?
なんで俺、めっちゃ偉い人みたいになってるの!?)
俺は心の中で頭を抱える。
リリス、ほんとに……お前が全部仕組んだだろコレ!!
ティナたちが地に頭を下げ、場が静まり返る中──
リリスはふわりと宙に舞うように一歩前に出た。
「ふふっ……皆、よく聞けぇ!」
その声は威厳たっぷり……なのに、どこか嬉しそうでドヤ顔が透けて見える。
「この方こそが……我、覇帝竜アマリリス=レシュノルティアが、唯一無二の忠誠を捧げるお方──」
リリスはビシッと俺の方を指さす。
「終焉の魔人様なのだァ!!」
“ドンッ!”と効果音が聞こえそうな勢いで宣言される。
「え、ちょ……おまっ……!」
俺は動揺して手を振るが、完全にタイミングは手遅れだった。
兵士たちは全員、目を丸くし──
ティナは顔を真っ赤にして再び地に頭をこすりつける。
「お、おおお恐れ多いことでした……!
まさか、竜神様が仕えるお方がこの地におわしたとは……!!」
その場で全員、ぴしっと地面に土下座。
(だからやめてぇぇぇぇぇ!!
俺、そんな偉い存在じゃないんだけど!?
これ、全部リリスの仕業だろぉぉぉ!!!)
俺は思わず天を仰いだ。
こんなはずじゃなかったのに……!




