八十四・竜巫女 肆
爆煙が晴れる頃には、目の前の空気が静まり返っていた。
目を凝らすと──
巫女は、膝をついていた。
肩で荒く息をし、汗が頬を伝っている。
さっきまで纏っていた禍々しい竜のオーラは完全に消え失せ、
その瞳も、元の落ち着いた漆黒に戻っていた。
「……はぁ……はぁ……」
彼女は俯き、両手を地面についている。
(……あれ?)
俺は黒焔刀を構えながら、首をかしげる。
(力尽きた…のか?)
その雰囲気は、先程までのあの圧倒的な気迫とはまるで別人。
なんなら、戦う前の柔らかな空気にすら戻っている。
(まさか……元々そこまで体力なかったんじゃ……)
俺は少し近づきながら、冷静を装う。
「ふ……終焉の魔人に挑むには……貴様にはまだ千年早かったようだな。」
内心では──
(……いや、ぶっちゃけ助かったァァァ!!マジでギリギリだったからな!?)
さらによく見ると、巫女の足元がほんの少し震えている。
(たぶん……あの力、無理やり引き出してただけだな。完全にキャパオーバーだったんだろう。)
剣をゆっくり下ろす。
「戦う意思がないのなら、これ以上剣を交えるつもりはない。」
(正直、こっちがもう限界なんだけどね!)
巫女は顔を上げ、困惑と驚きの色を隠せないまま、ぽつりと呟いた。
「……殺さないのですか?」
覇焔の郷の大地に沈みかけた陽の光が、彼女の震える声を柔らかく照らす。
「私は……てっきり、覇焔の郷を襲撃しに来たのだと……そう、思っていました。」
その言葉に、俺は黒焔刀を肩に担ぎ直し、ため息を一つつく。
「……勘違いだ。」
俺は静かに、だが威厳を纏うように言い放つ。
「オレは“終焉の魔人”…この世界を終焉へ導く者ではあるが、無意味な殺しや侵略に興味はない。」
(ほんとは……平和主義のモブなんだけどなぁぁぁ!!)
「この地に足を踏み入れたのは……ただの偶然だ。」
内心では叫ぶ。
(事故だっつーの!!道に迷って飛ばされて、気づいたらお前んとこいただけだっつーのォォ!!)
巫女は目を丸くし、少しだけ唇を噛み締める。
沈黙が流れる。
その目には、さっきまでの殺気も警戒も消え、代わりに純粋な疑問と戸惑いが浮かんでいた。
巫女はしばらく俺を見つめていた。
まるで、これまでの思い込みと現実の狭間で、自分の中の答えを探しているようだった。
そして──
ゆっくりと頭を下げる。
「……申し訳ありませんでした。」
地面に膝をつき、額が土に触れるほどに深く。
「覇焔の郷を護るためとはいえ、理由も聞かず、貴方様を疑い、刃を向け……恥ずべき行為でした。」
その声は小さく、けれど確かな謝意に満ちていた。
(え……まじかよ……)
俺は黒焔刀をそっと下ろし、内心で困惑していた。
(いや、こんな堂々と謝られると…こっちが申し訳なくなってくるじゃん……もともと事故で迷い込んだだけだし……)
巫女は顔を上げ、目を逸らすことなくこちらを見る。
「改めて、終焉の魔人様。この覇焔の郷への無礼、心よりお詫び申し上げます。」
(……えぇぇ……どうすんだこれ……)
俺は心の中で頭を抱えながらも、終焉の魔人としての仮面を崩さないよう、ゆっくりと頷いた。
「……良い。誤解が解けたのなら、それでいい。」
(……そういえば。)
ふと我に返る。
リリスはどうなったんだっけ…?
確か、俺がこの巫女と戦ってる間、精鋭たちを連れて少し離れた場所で戦って──いや、暴れてたはずだ。
(ちょっと様子見てみるか。)
俺は千里眼を発動し、そっと視線を向ける。
──そこには、想像を超えた光景があった。
倒れている数十人の竜人族。
地面に突き刺さった槍や剣。
あちこちに転がる防具の破片。
そしてその中心で──
「お〜い!こっちはまだ動けるのかしらぁ?」
リリスが笑顔で鬼ごっこしてた。
倒れかけている竜人族を片手で持ち上げ、ひょいっと放り投げ、別の奴を追いかけている。
(おいおいおいおいおいおいおい!!!)
思わず額を押さえる。
(終焉の魔人より怖いの、お前じゃねぇか……!!!)
俺が今まで命懸けで「オレは敵じゃない」とか言ってた苦労が、リリスのせいで無に帰りそうだ。
(もう…帰りたい……)
俺はそっとため息をついた。
俺は静かに目を閉じ、意識をリリスへと向ける。
(……リリス。)
すぐに、以心伝心が繋がった。
《はい、ヒナタ様?今、ちょっと楽しいところなんですけどぉ?》
(おい…遊んでる場合じゃないんだよ…!こっちは終焉の魔人ごっこでヘトヘトなんだから!早くこっち来いって!!)
《えぇぇ……もう少しで全員捕まえられそうなんですけどぉ?》
(いいから!あとでいくらでも鬼ごっこしていいから、今すぐ来て!!)
《仕方ありませんねぇ……ふふふ、分かりましたぁ♪》
(……こいつ、絶対楽しんでやがる。)
通信を切った俺は、やれやれと肩をすくめる。
「さて…これで少しは落ち着くか…」
俺は目の前の竜巫女に向き直る。
「……仲間を呼んだ。少し待て。」
(頼む…リリス、場を荒らさずに来てくれよ…)




