八十二・竜巫女 弍
俺は黒焔刀を構え直す。
余裕を装っていたけど、さすがに今のでわかった。
この竜巫女――本気でやらないと、やられる。
「いきます――」
竜巫女が、またあの舞うような動きで間合いを詰めてくる。
柔らかく、しなやかに。そして――鋭い。
「くっ……!」
俺は黒焔刀を横薙ぎに振る。
だが、まるで俺の動きを見透かしたかのように、彼女は腰を低くし、
その一撃をくぐり抜ける。
続けざま、俺の足元に滑り込み――竜穿掌鋭い手刀が地を裂きながら迫ってくる。
「っ――!」
ギリギリのところで後方へ跳躍し、距離を取る。
その瞬間、足元の岩が粉々に砕け散る。
……もし受けていたら、俺の足も同じようになっていた。
(近距離戦、分が悪い……!)
ならば――
「オレの番だ」
俺は黒焔刀を一度消し、片手を掲げる。
黒焔を弓形態に変化させ、俺の手の中に赤黒い弓が現れる。
周囲の空気が、一瞬で重たくなる。
竜巫女の動きが、僅かに止まる。
この隙を逃さず、俺は矢を形作り、
࿓《千里眼》࿓ と ࿓《魔力操作》࿓ を同時に発動。
「逃がさねぇ……!」
放たれた黒焔の矢は、まるで蛇のように軌道を変えながら、竜巫女へと迫る。
彼女はすぐさま回避行動に移るが――
(もう一発!)
俺は続けざま、二射目、三射目を放つ。
狙いは正確。
だが――
「……なるほど」
竜巫女は舞うように跳び、避けながら岩壁を蹴ると、
信じられない反応速度で俺との距離を一気に詰めてきた。
「これが――終焉の魔人の力……!」
彼女の拳が、再び俺を捉えようと迫る。
俺は弓を消し、再び黒焔刀を創り出す。この程度の距離と速度――ならば、近距離でねじ伏せるまでだ。
「──踊りは終わりだ。ここからが“真の戦い”だ。」
低く威圧を込めた声で呟き、俺は刀を構え直す。
竜巫女は微かに笑みを浮かべ、再び舞うような足取りで近づいてくる。まるで風が舞い、流れるような動き。その一歩一歩が、俺の視線をかく乱させる。
だが、もう目は慣れた。
次の瞬間、彼女の拳が俺の頬をかすめる。ギリギリで頭を逸らし、俺は踏み込む。
黒焔刀を振る――速く、鋭く、迷いなく。
しかし、巫女は水のように身を滑らせ、その一撃を受け流す。
なるほど…流石に強いな…
彼女の舞は、型ではない。流れに刃を紛れさせる技術――だが、俺の刃は流れごと断つ。
「────ならば、断ち切るだけだ。」
俺は一歩、また一歩と無駄を削ぎ、動きを最小限に絞る。
彼女のリズムが一瞬崩れた。その刹那、俺は地を蹴り、間合いを詰める。
黒焔刀を振り下ろす。鋭く、重く、終焉の名を冠する斬撃。
「──これが、終焉の刃だ。」
巫女は紙一重で受け流し、俺の腕を掴み、身体を翻して投げようとする。
「浅い──!」
俺はその手を払い、逆に彼女の懐へと踏み込む。
鋭く膝を突き上げ、腹部を狙う。
「……終焉の名を騙る者に、触れられると思うな。」
だが、巫女は身を捻り、再び回避。その動きは洗練されていた。
だが、一瞬の隙が生まれる。
俺は刀の柄を逆手に取り、肩口へ叩きつける。
キンッ──!!
巫女は素手でその一撃を受け止めた。
手のひらに滲む血。それでも目は揺るがない。
「ふふ……強いですね……終焉の魔人様。」
俺はその言葉に微笑を返す。
「──まだ本気ではない。この程度で“終焉”は訪れん。」
なかなか様になってきたんじゃないか、俺――いや、“終焉の魔人”として。俺はそう思いながら、目の前の巫女を見据える。
「……私も、全力を出さねば、勝てそうにありませんね。」
巫女は静かにそう呟いた。その声音に迷いはない。
同時に、空気が震える。
なんだ……?
視界の端で、微かな光がいくつも渦を巻いている。
それは遠く、**覇焔の郷**から伸びていた。
まさか――
「……おまえ、この地の“竜人族”の力を……!」
俺の予感は当たる。
巫女の身体に、確かな“力”が集まっていく。魔力ではない、もっと根源的な、竜の血に宿る力。
それは風のように集い、彼女の身体を包み込む。
そして――
巫女の周囲に漂うオーラが、これまでとは一変する。
柔らかく澄んだ巫女の気配は、もはやそこには無い。
代わりに、空気が重く圧し掛かる。
禍々しいまでに濃厚な“竜のオーラ”。
まるで、古の災厄そのものが目覚めたかのように。
巫女は静かに目を開ける。
その瞳は、もはや人のものではなかった。
──金色と紅の、竜の瞳。
力の奔流が地を震わせる。
「これが……私の本当の力です。」
静かでありながら、空気を圧倒する声。
その存在そのものが、俺に敵意と圧力を放っている。
(マジかよ……こりゃあ、簡単にはいかないな……!)
だが、表情には出さない。
終焉の魔人は、常に余裕と冷酷を装う。
「────おもしろい。ならば、オレも少しだけ“本気”を出してやろう。」




