七十七・覇焔の郷 壱
痛い……。
全身が悲鳴を上げている。
「いたたた……」と呻きながら、俺はフラフラと立ち上がる。
リリスは心配そうにこちらを見ているが、まあ、これくらいで死ぬほどヤワじゃない。
「《低級回復》……」
体の痛みがほんの少し和らいだ。やっぱりこの能力、回復量がしょぼすぎる……もうちょっと上のランクを覚えたいもんだな。
落下の衝撃でボロボロになりながらも、俺たちはとぼとぼと歩き始めた。
空を見上げる。
……さっきの竜人族らしき連中の姿は、もうどこにもなかった。
戦闘が終わったあと、すぐに姿を消したらしい。
「結局、何者だったんだろうな……」
「そうですね。竜人族……それとも、別の何か……?」
「どちらにせよ、俺たちを”敵”と見なしていたのは間違いないか」
まったく、ろくでもない戦いだった。
結局、俺たちは何の情報も得られないまま、ただ痛い思いをしただけじゃねぇか……!!
「はぁ……もうこういうのは勘弁してほしい……」
俺は溜息をつきながら、ぼろぼろの体で前へ進んだ。少し歩いたところで、急に周囲の気配が変わった。ザワザワとした何かが広がっている。まるで見えない圧力が空間を満たしているような感覚。
「……リリス、何か感じるか?」
「えぇ……多数の存在を感じます。敵意はないようですが、ただ……魔力が異様に濃いですね。」
俺は慎重に魔力を巡らせ、
༄《千里眼》༄ を発動した。
視界がぐにゃりと歪み、遠くの景色が鮮明に映し出される。
「なんだこれ……人?いや、この魔力の高さ……さっきの竜人族と同じ種族の国か……?集落か?」
遥か先に、広大な集落のような場所が見える。
巨大な岩々に囲まれた開けた土地。 その中心には、威厳のある建造物がそびえ立っている。建物は石と金属で作られ、どことなく神秘的な雰囲気を醸し出している。
そして何より――
そこにいる者たちの魔力の密度が異常だ。
人間とは比べものにならない、膨大な魔力を秘めた者たちが、数え切れないほど存在している。
「……これは、やばい場所に迷い込んだかもしれないな。」
俺は息を呑み、リリスと視線を交わした。
——場面は変わる。
ここは、竜の血を受け継ぐ者たちが住まう秘境。
その名は——
《覇焔の郷》。
険しい山々に囲まれ、外界から隔絶された地。谷間には滝が流れ、霧が立ち込める幻想的な景観の中に、古の竜を祀る神殿や武術の修練場が点在している。
ここに住む者たちは、竜の力を宿す”竜血の戦士”たち。
その血脈を受け継ぐ者のみが住まうこの地には、ある”掟”があった。
——外の者には、その存在すら知られてはならない。
しかし、今まさにその掟が揺らごうとしていた。
二人の来訪者が、この郷へと足を踏み入れようとしていたのだ——。
突然、館の奥へと駆け込む足音が響いた。
「竜巫女様の御前であるぞ!」
鋭い声とともに、側近の男が膝をつき、深く頭を下げる。
その声を受け、帳が揺れる。
奥の座に静かに佇むのは、この地の神聖なる存在——竜巫女。
彼女は優雅な仕草で顔を上げ、落ち着いた声音で問う。
「どうしたのですか?」
側近は呼吸を整えながら、重い口を開いた。
「先程……二人の侵入者が、結界を破り、この地へと足を踏み入れました。迎撃部隊が応戦しましたが……歯が立たず、全滅いたしました。」
巫女の瞳がわずかに揺れる。
(この地の結界を破って侵入した者が……?)
この郷は、古より外界とは隔絶されてきた。結界は強固であり、そう簡単に破られるものではない。
それを打ち破り、なおかつ迎撃部隊を圧倒する者が現れたというのか——?
巫女は静かに目を閉じ、深く思考する。
“覇焔の郷”に、これまでにない脅威が訪れようとしていた。




