七十六・空裂の刻 弍
竜人族のリーダー格が剣を振りかぶると、空気が震えた。鋭い一閃が夜空を裂き、圧縮された衝撃波がこちらへ向かってくる。
リリスは軽く宙を舞い、余裕の表情で避ける。俺も身を捻って回避――しようとしたが、そうだった。俺は今、リリスに抱えられている。
避けるというより、避けてもらう側だ。
刹那、リリスの魔力が展開され、不可視の障壁が衝撃波をかき消した。空間が揺らぎ、魔力の残滓が消えていく。
竜人族の一撃は重い。だが、それだけならまだ対処できる範囲だ。問題は、相手が三人いるということ。そして、俺が自由に動けないということ。
黒焔刀を振るおうにも、この体勢では剣を振るスペースが限られる。飛び道具を使うにも、リリスに抱えられているこの状況では照準を定めるのが難しい。
敵の二人が側面から回り込み、狭撃態勢に入った。動きに無駄がない。俺たちの動きを見極め、確実に仕留めようとしている。
リリスは俺を抱えたまま、急降下する。風の抵抗が身体にまとわりつき、息が詰まる。真横を竜人族の爪がかすめた。今のは危なかった。
彼らはただの剣士ではない。飛行能力を活かし、空間を自在に使う戦闘を得意としている。 上下左右、どこからでも攻撃できる立場にあるのだ。
一人が急旋回し、俺たちの真正面へと回り込む。高速で繰り出された連撃。剣が光を反射し、刃の軌跡が視界を埋め尽くす。
リリスが優雅に回避しながら、俺の耳元で囁く。
「ヒナタ様、このままだとやりづらいでしょう?」
「当たり前だ……!」
俺がそう返した瞬間、リリスが手を放した。
俺の身体が宙に投げ出される。
当然、落ちる――はずだった。
だが、次の瞬間、俺の背中に強烈な圧が走る。
リリスが俺の背中を蹴り上げ、空中へと跳ね上げたのだ。
バランスを崩したまま、俺はとっさに黒焔刀を振るう。
刃が竜人族の一人とぶつかり合い、金属音が鳴り響く。火花が散る。剣圧がぶつかり合い、互いの力がせめぎ合う。
宙を舞う感覚の中で、俺はやっと理解した。
――これは、“俺の力を試す”ための戦いなのかもしれない。
なら、乗ってやる。
俺は静かに、黒焔刀を構え直した。その瞬間、戦況は一気に変わった。
竜人族の一人が斬りかかってくる。動きは速い。だが、俺の目はすでにその軌道を完全に捉えていた。
黒焔刀を振るい、相手の剣を弾き飛ばす。衝撃でバランスを崩した相手の隙を逃さず、胴へと蹴りを叩き込んだ。
竜人族の戦士は空中で弧を描きながら吹き飛ばされる。だが、俺は追撃はしない。
俺の目的は”勝つこと”であって、殺すことではない。
次の瞬間、別の一人が俺の死角から爪を振りかぶる。しかし、俺は背後に目をつけているわけじゃない。
――なら、感じ取ればいい。
瞬間、俺は体をひねり、刃を後方に突き出した。
振るう必要すらなかった。俺の黒焔刀の刀身に、相手の爪が触れた瞬間、そのまま衝撃で吹き飛ぶ。
「……二人目。」
静かに呟きながら、俺は黒焔刀を肩に乗せる。
残るは一人――最初に俺たちを”敵”と断言したリーダー格の男。
そいつは明らかに焦っていた。さっきまで余裕の表情を浮かべていたが、今では汗を滲ませ、剣を握る手に迷いが見える。
「どうした? まだやるか?」
余裕の笑みを浮かべながら問いかける。
相手は答えなかった。だが、その表情がすべてを物語っていた。
「……これで終わりだ。」
黒焔刀をゆっくりと下ろし、戦闘態勢を解く。
その瞬間、俺の体がぐらついた。
――あれ?
視界が傾く。
――そういえば、俺……飛行能力……無い……!?
「ちょっ……!!? うわああぁぁぁぁ!!!!」
気づいた時には、すでに俺は空へと落下していた。
「ヒナタ様ぁぁぁぁ!!!!」
リリスの叫びが響く。
やばい。マジでやばい。さっきまであんなに余裕ぶってたのに、まさか自分が落下するとは思ってなかった。カッコつけた直後にこれはキツい……!!
「リリスーーー!!!早く受け止めてぇぇぇ!!!マジで死ぬぅぅぅ!!!」
「えぇぇぇ!?」
「悩むなぁぁぁ!!!」
バッサァッ!! という羽音とともに、リリスが全速力で飛び込んでくる。
……が、ギリギリ間に合わず。
ドォォォォンッ!!!!
俺は盛大に地面に激突した。
静寂。
「……ヒナタ様!? ご無事ですか!?」
「……いたい……」
「間に合いませんでした……!」
「知ってる……!」
「すみません……!!」
「いいから引っ張ってくれぇぇぇ!!!」
リリスに引きずり出されながら、俺は心に誓った。
――今度こそ、飛行能力を手に入れよう、と。




