七十二・旅路
──舞台は、勇者たちへと移る。
赫咬獣の封印が解かれ、魔族たちが密かに動き出す中——勇者一行はそれを知ることなく、修行の旅を続けていた。
旅に出て、一週間。
彼らは隣国の街、**《ヴェルディアン》**へと到達していた。
この街は、活気に満ちた交易都市であり、広場には露店が立ち並び、商人や旅人で賑わっている。石畳の道を歩けば、焼きたてのパンやハーブの香りが漂い、異国の文化が混ざり合う独特の雰囲気を醸し出していた。
そんな喧騒の中、勇者一行はとある食堂のテラス席に腰を下ろしていた。
「ようやく腰を落ち着けて飯が食えるな……」 駿が大きく伸びをしながら、椅子に深くもたれる。
「何にしようかな……温かいスープが飲みたいかも。」 未来はメニューを眺めながら、柔らかく微笑んだ。その穏やかな表情に、朱莉がくすっと笑う。
「じゃあ、今日はちょっと贅沢しちゃう?」
「そうだね。旅の疲れを癒すのも大事だよ。」 蓮は静かに頷きながら、視線を広場へと向けた。
陽射しが心地よく、街の人々の笑い声が響く。まるで、この世界に戦いなど存在しないかのような平和なひと時。
蓮が地図を広げながら静かに口を開く。
「この街を抜けたら、当分の間は道が続く。」
彼らが進む先は、人里を離れた未開の地。今はこうして街の喧騒の中に身を置いているが、一歩外へ出れば、そこに待つのは誰の助けも得られない旅路だった。
「つまり、今のうちに準備を整えておくべきってことだな。」 駿が腕を組みながら言う。
「食料や水も確保しないとね。次の補給地点まで、どれくらいかかるんだろう?」 朱莉が地図を覗き込みながら問いかける。
「順調に進めば、五日はかからないはず。でも、予想外のことがあれば……」 蓮が言葉を濁すと、未来がそっと口を開いた。
「どんな状況になっても、落ち着いて対処できるようにしないとね。」
その穏やかな言葉に、場の空気が少し和らぐ。未来の優しい声は、どこか旅の疲れを忘れさせるようだった。
「まあ、話してるだけじゃ準備は進まないし、さっさと買い出しを済ませようぜ。」
駿が立ち上がると、他のメンバーもそれに続く。
この街でできる限りの準備を終えたら、いよいよ彼らの”本当の旅”が始まる。
準備を整えた勇者一行は、ヴェルディアンを出発した。
賑やかな街並みが遠ざかるにつれ、周囲は次第に自然の色を濃くしていく。道は広く整備されていたが、それも街の外れまで。やがて未舗装の山道へと変わり、足元は荒れた土と小石に覆われる。
──旅立ちから数日。
朝はひんやりとした風の中で目を覚まし、日中は果てしない道をひたすら歩く。陽が沈めば、焚き火を囲んで簡単な食事をとり、眠るのは星空の下。
「夜になると冷えるな……」 駿が火を見つめながら肩をすくめる。
「こうして野宿するのも、だんだん慣れてきたね。」 未来が穏やかに笑いながら、火にかざした手を温める。
「でも、慣れた頃が一番危ないのよね。」 朱莉が警戒を解かず、周囲を見回す。
蓮も静かに頷く。
「街を出たばかりの今はまだ平和だが……この先はどうなるか分からない。」
焚き火の炎がゆらめく。遠くで夜鳥の鳴き声が響いた。
そして——その時は起きた。
まだ昼間。太陽は高く昇り、砂埃を巻き上げる風が荒野を駆け抜ける。見渡す限りの広がる大地。道の先には次の街があるはずだった。
何の前触れもなく、突然——。
「……っ!?」
空気が変わった。
乾いた風の中に、異様な気配が混じる。まるで何かが”潜んでいる”かのような、重く鋭い圧迫感。
勇者一行は足を止めた。
蓮は即座に剣の柄へと手を伸ばし、駿は反射的に身構える。朱莉は辺りを警戒し、未来は不安げに蓮の背後に立った。豹牙は背後に立ち、和真は魔法壁の準備にかかる。
「……何か来る……!」
朱莉の低い声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
突如、大地が揺れた。
細かな砂が跳ね上がり、足元の地面が不穏に波打つ。次の瞬間——
ズゴォォンッ!!
轟音とともに、大地が裂けた。
土煙が舞い上がり、ひび割れた地面の隙間から、“それ”が姿を現す。
—— 《穿陸獣・ガルヴォルグ》
巨大な爪を持ち、地中を自在に穿つ魔獣。その全身は岩のように硬質な外殻に覆われ、深紅の目が鋭く光る。背中には無数の棘が生え、その一つ一つが槍のように鋭利だった。
「地中から……!?」
駿が驚愕の声を上げる。
穿陸獣は低く唸りながら、口を大きく開く。その奥には、ただの牙ではない——大地ごと粉砕するための、“喰らうための顎”が備わっていた。
この魔獣は、ただ獲物を狩るのではない。
大地ごと飲み込み、全てを”喰らい尽くす”存在。




