六十八・逃げ場なき指南役 壱
あれ……?
ここ、どこ……だ……?
俺は……?
頭がぼんやりする。視界が霞んで、身体が妙に重い。
「ヒナタさん!目覚められましたか……!」
はっきりとした声が耳に届く。
ゆっくりとまぶたを開くと、目の前にはラミアの顔があった。
「……ラミア?」
「よかった……!本当によかった……!」
彼女は安堵したように胸に手を当てる。
視線を動かすと、リーリャも静かにこちらを見つめていた。
「無事で……よかった……」
小さく、だが心からの安堵が滲んだ声。
「ヒナタさん!!もう!!本当にビックリしたんだから!!!」
最後にルルンが、涙目になりながら俺の顔を覗き込む。
「……えぇ……?」
俺はまだ状況を飲み込めていない。
どうやらあの後――俺は、風の弓を放っていたらしい。
࿓《翠風弓》࿓……?
……そんなスキル、俺、いつ習得したっけ?
曖昧な記憶を辿る。確かに俺は”風を纏わせた弓”を使っていた。それだけは覚えている。
けれど、それをどうやって作り出したのか、その瞬間の感覚はぼんやりと霞んでいた。
「それで……俺は何を撃っていたんだろう?」
問いかけると、ラミアが静かに答えた。
「遠くの何かを……狙っていたようでした。」
リーリャが続ける。
「木々をいとも簡単に吹き飛ばしながら、迷いなく……標的へと。」
その言葉に、俺の記憶が少しずつ鮮明になっていく。
……そうだ。俺は撃っていた。
ただ赫咬獣を倒しただけじゃ終わらなかった。
まだ”敵”がいた。
……魔族。
俺は、赫咬獣の封印を解き、ウッドエルフを生贄にした”張本人”を狙っていた。
「魔族は……?」
俺は尋ねる。
「消息不明……おそらく、逃げたのでしょう。」
ルルンが悔しそうに言う。
……逃げられたか。
だが、俺は確かに撃った。全力で、躊躇いなく、あの魔族の背中に向かって。
そして――
魔力切れを起こし、その場に倒れた。
「……そうだ。思い出した。」
戦いの余韻と共に、俺の意識はゆっくりと覚醒していった。
まぁ、でも 終わったんだ……!
赫咬獣は討伐した。魔族は逃げたが、ひとまず脅威は去った。
これで 俺も解放される……!!
やっと、やっと終わった……!!
「はぁ……はやく帰って、のんびりしたい……!!」
俺は心の底からそう呟いた。
ふかふかのベッドにダイブして、好きなだけ寝て、飯食って、リリスに愚痴でも聞いてもらって……
そんな平和な日常が、俺を待って――
「ヒナタさん!!!」
「どうか!!! 弟子にしてください!!!!!」
「お願いします!!! ぜひとも!!!!!」
……ん?
「は?」
俺は混乱する脳みそをフル回転させ、目の前の光景を理解しようとした。
三姉妹が俺の足元に土下座していた。
しかも、息ピッタリに。
「え……えぇぇぇ!?!?」
なんで!?!?!? なんで俺、土下座されてんの!?!?!?
「ヒナタさんの弓の技術……圧倒的でした!! ぜひ、その極意を!!!」
「ヒナタさんの戦闘技術、弓だけじゃなく立ち回りも含めて学びたいです……!」
「ヒナタさん……いや、師匠!! 弟子にしてくださいぃぃぃ!!!!!」
…………。
いやいやいやいや!!! 待て待て待て!!
「お、おまえら、俺が今まで弓使ってるところ見たの、たったの二回だよな!?!? しかも、そのうち一回は魔族を狙って気絶しただけだぞ!?!?」
「いいんです!!! そのたった二回で、私たちは確信しました!!!!」
「ヒナタさんの実力は、射神の域に達していると……!!」
「さぁ、師匠!!! まずは矢の持ち方から!!!!!」
「いや、俺が教わる側なんだが!?」
どうやら三姉妹は、また脅威が訪れたとき、今の自分たちでは太刀打ちできないと考えているらしい。
……いや、いやいや。
この三姉妹、十分に強いだろ!?
弓も剣も魔法も使えて、チームワークも抜群。正直、今の勇者たちと戦ったらいい勝負になるんじゃないか?
それでも不安があるってことは、今回の戦いがそれだけ衝撃だったってことなんだろうけど……
……でもなぁ。
俺、はやく帰りたいんだよなぁ……!!!
のんびりしたいし、そもそも俺、弓なんて完全に見よう見まねでやっただけだし! 教えられることなんて何もない!!
よし、とりあえず……誤魔化しとこう。
「そ、そうだな! まぁ……また次に会ったときにな!!」
俺は爽やかに笑って、未来の俺に全力で丸投げすることにした。
すると――
「……分かりました! ヒナ……師匠……!!」
三姉妹は感動したように目を輝かせ、力強く頷いた。
……ん?
……あれ?
これってつまり、次会ったときは確定で弟子入りさせられる流れなのでは……??
やっちまったな、俺……!!




