六十四・赫咬決戦 肆
ちくしょう……どうしたものか……。
低級回復で多少はマシになったとはいえ、ダメージはまだ深刻だ。深く息を吸うたびに肋骨が軋む感覚がある。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
赫咬獣はなおも血のオーラを纏い、俺を睨んでいる。さっきよりもさらに力を増したこいつを相手にするには、もう”様子見”なんて言ってられない。
「――これでもくらえぇぇ!!」
俺は叫び、黒焔刀を振るう。
その瞬間、俺の身体が自然と動いた。
黒焔の刃から溢れ出る魔力が周囲の空気を震わせる。足元を蹴り、赫咬獣へ向かって猛突進。右手から漆黒の焔を纏った刃を叩きつけ、左手で瞬時に**༄《焉怒雷》༄**を発動。雷の槍が赫咬獣の身体を貫こうとする。
赫咬獣もそれを察知し、血の鞭を操り防御を試みるが――
俺の動きは、さっきまでとは明らかに違っていた。
――速い。力が湧き出る。思考よりも先に、身体が攻撃の最適解を導き出し、赫咬獣を圧倒するように攻め続けていた。
こいつに……半端な攻撃は通用しない。
赫咬獣の再生能力は異常だ。どれほどの傷を負わせても、周囲の血を吸収することで即座に回復する。まるで無限に蘇る悪夢のように。
だったら……!!
その血ごと“消して”しまえばいい。
だが、どうやって?
俺は一瞬思考を巡らせる。血を操るということは、それ自体が奴の力の源になっているはず。単純に攻撃するだけではダメだ。根本的に――
――燃やし尽くせばいい。
血の再生が間に合わないほどの圧倒的な炎で、赫咬獣の根源ごと焼き尽くせば……!!
もう……深緑の森 を巻き込まないなんて言ってる余裕は無い……!!!
ここで赫咬獣を仕留めなければ、この森どころか、すべてが奴の餌場になる。
ならば――
“燃やし尽くす”しかない。
その瞬間、空気が揺らいだ。
足元から紅蓮の焔が立ち昇り、渦を巻くように俺の周囲を包み込む。熱が一気に広がり、大気が焼け焦げる音が響く。赫咬獣が本能的な警戒心を抱いたのか、一瞬身を引いた。
だが、もう遅い――
特異能力――
俺は両手を広げ、魔力を限界まで解放する。
「༄《絶炎焔》༄!!!」
紅蓮の灼熱が爆発的に広がる。
これはただの炎じゃない。赫咬獣の血すら蒸発させる、“終焉の焔”。
炎が荒れ狂い、赫咬獣を包み込む。
「最大──────────火力──────────だァ…………!!!!」
轟音とともに紅蓮の波動が周囲を飲み込み、赫咬獣の咆哮がかき消される。
地を焦がし、空気を灼く”絶対の焔”が、赫咬獣のすべてを焼き払わんとしていた――!!
“ゴォォォォォォッ!!!!”
紅蓮の焔が爆ぜ、轟音とともに周囲の空気を焦がす。赫咬獣の咆哮も、燃え盛る灼熱の奔流にかき消された。
だが――
まだだ……まだ……足りない……!!
俺はさらに両手を突き出し、全身から魔力を放出する。
「もっと熱く……!! もっと強く……!!!」
焔の渦がさらに巨大化し、紅蓮の光が視界を埋め尽くす。大気が焼け、地面がひび割れ、燃え盛る炎があらゆるものを灰へと変えていく。
“シュゥゥ……”
赫咬獣に纏わりついていた紅蓮の焔が、ゆっくりと霧散していく。
焼け爛れた大地の上に、黒焦げの巨体が沈黙していた。先ほどまでの圧倒的な威圧感も、もう感じられない。
俺は肩で息をしながら、ゆっくりと膝をつく。
「はァ……はァ……勝てた……」
全身に襲いかかる疲労と、まだ微かに残る戦闘の余韻。
「……はやく炎を鎮火しなきゃ……!」
俺は燃え盛る森を見渡す。赫咬獣を倒すことに全力を注ぎすぎた……! このままじゃ、深緑の森 そのものが灰になる!!
「でも……どうやって……?」
炎を操ることはできても、消す手段は持ち合わせていない。まずい、どうする!?
その瞬間――
「【氷造形】!!」
“バキィィィン!!”
突如として、冷気が辺りを包み込む。猛る炎に白い霜が広がり、瞬く間に氷の壁が形成されていく。俺の視界の先、そこには――
三姉妹……!?!!どうしてここに……!?
三姉妹の視線は冷たかった。
長女・ラミアは剣を抜き、次女・リーリャは弓を番え、三女・ルルンは氷魔法を展開したまま、警戒するように俺を睨んでいる。
まるで――敵を見るような目で。
「……何者ですか?」
ラミアの声は微かに震えていたが、確かに敵意を含んでいた。
忘れてた…!…今の俺は”終焉の魔人”だった…!
「安心しろ……敵では無い。」
俺は低く静かな声で言う。声色を意識して、“終焉の魔人”としての威厳を保ちつつも、余計な警戒を与えないように――バレるなよ……!!
三姉妹は依然として俺に警戒を向けたままだ。
そんな中、次女・リーリャが周囲の焼け焦げた大地と、赫咬獣の無残な残骸を見渡し、呆然と呟いた。
「これを……貴方一人で……?」
長女・ラミアも驚きを隠せない様子で、黒く焦げた赫咬獣の亡骸を見つめる。三女・ルルンに至っては、信じられないものを見たように口をぽかんと開けていた。
俺は彼女たちの反応を見ながら、静かに答えた。
「……ああ。」
頼む……このまま”終焉の魔人”として通せ……!!




