六十三・赫咬決戦 参
「まじかよ……冗談じゃない……!!」
赫咬獣から溢れ出る威圧感が、肌を刺すように重くのしかかる。呼吸すら圧迫されるような感覚。
嫌な汗が背中を伝う。手のひらがじっとりと湿っているのがわかる。
正直――怖い。
倒したはずの相手が、さらに強くなって甦る。この感覚……過去に何度か経験したことがある。けど、これはそれ以上だ。まるで終わりのない悪夢。
俺は黒焔刀を握り直し、心の中で必死に叫ぶ。
リリスさん助けてぇ!!
……もちろん、リリスが来るわけもない。
こんな時だけ都合よく現れてくれたら、どんなにありがたいことか!!
それにしても……どうしたものか。
倒しても、周囲の血を吸収して回復されるのならば、削り切ること自体が不可能に近い。 そもそも、どれほどの血を吸収できるのかもわからない。
考えながら、俺は赫咬獣を睨みつける。どうにかして、この異常な再生能力を封じなければ――。
“シュルルル……ッ!”
思考を巡らせている間に、赫咬獣の攻撃が来た。
さっきまで飛ばしてきた血の刃とは違う。赫咬獣の周囲に浮かぶ赤黒い血が、意思を持つかのように形を変え、無数の**“血の鞭”**となって宙を漂う。
そして――それが一斉に俺へと襲いかかってきた。
避けた。だが、今までと違う。鞭は空を裂きながら弧を描き、俺を追いかけてくる。
……やばすぎる…!!
血の鞭はまるで生き物のようにしなり、俺の動きを捉えて容赦なく迫ってくる。俺はさらに身を翻して回避しながら、考える。
赫咬獣の血の鞭が、蛇のようにうねりながら俺を追う。
俺は瞬時に横へ跳び、一本の鞭を紙一重で回避した。だが――
“シュバッ!!”
避けたはずの鞭が急旋回し、今度は俺の背後から迫る。
「ッ……しつこいな!!」
黒焔刀を振るい、血の鞭を弾く。しかし、斬ったそばから血はすぐに形を戻し、また襲いかかってくる。
俺は連続して飛び回りながら捌き続けるが、赫咬獣はその間にもさらに血を操り、鞭の本数を増やしていく。
このままだとジリ貧だ……!!
俺は距離を取ろうと跳躍する。だが、赫咬獣はそれを逃さない。地を蹴り、一瞬で間合いを詰めてくる。
“ドガァッ!!”
赫咬獣の爪が俺の黒焔刀とぶつかり、衝撃で弾かれる。
バランスを崩しかけた俺の隙を狙い、さらに血の鞭が襲いかかる。
クソ……本当に手数が多い!!
体勢を立て直しながら、俺は黒焔刀を逆手に持ち替え、鞭を切り払い続ける。
赫咬獣は余裕を見せるように低く唸り、さらに強烈な攻撃を仕掛けようとしている。
――まずいな……このままじゃ、押し切られる!!
気づいたときには、すでに赫咬獣が目前まで迫っていた。
――速い!!?
俺の視界いっぱいに、赫咬獣の巨大な爪が広がる。
回避が間に合わない――
“ドガァッ!!”
衝撃が腹部を直撃した瞬間、全身の空気が一気に押し出された。
「やば──────────」
言葉を最後まで発することもできないまま、俺の身体は吹き飛ばされる。
“ズガァァッ!!”
背中から大地に叩きつけられ、激痛が全身を駆け巡る。 衝撃で土煙が舞い上がる。
「……ッ!!」
熱いものがこみ上げ、口の中に鉄の味が広がった。鮮血が唇を伝い、地面に滴り落ちる。
立ち上がろうとするが、内臓が軋む感覚に思わず膝をつく。
――もし、《漆焔黒服》の防御力がなかったら……間違いなく即死だった。
痛い……痛い……!
全身が悲鳴を上げている。
内臓が焼けるように熱い。肋骨にヒビが入ったか? 呼吸をするたびに鋭い痛みが走る。腕を動かせば関節が軋み、視界は滲んで揺らいでいる。
地面に倒れたまま、喉の奥で呻く。思考がまとまらない。ただひたすらに、痛みだけが脳を支配する。
くそ……このままじゃマズい。
俺は震える手を地面に突き、低級回復を発動させた。
“シュゥゥン……”
淡い光が身体を包む。酷く傷んだ内臓が、ほんの少しだけ癒えていく感覚。完全回復にはほど遠いが、少なくとも立ち上がることはできる。
――まだ、終われない。




