六十二・赫咬決戦 弍
さすがに強いな……。
赫咬獣がただの魔獣でないことは、最初の一撃で理解していた。だが、ここまでとは――。
血を自在に操り、攻撃と追撃を同時に仕掛ける戦闘スタイル。圧倒的な速度と破壊力に加え、一度でも傷を負えば、その血さえも武器に変えてくる。
俺は息を整えながら、赫咬獣を睨む。
「かつての長が封印しただけのことはある……!」
あの長老ですら、直接倒すことはできず、封印という手段を選んだ相手――それが、この【赫咬獣】。
このまま消耗戦になれば、確実に不利になる。……ならば、俺がすべきことは一つだ。
こいつをここで倒して……
深緑の森に平穏を取り戻す……!!
俺は黒焔刀を強く握りしめ、深く息を吐く。
このまま長引かせれば、それだけ被害が広がる。赫咬獣が暴れ続ければ、森はさらに傷つき、集落にも危険が及ぶ。
それに――
三姉妹が戻ってくる前に決着をつけなければ、余計な目撃者が増える。
俺の“正体”を知られるわけにはいかない。
赫咬獣が再び血の刃を浮かべ、低く唸る。
「───────上等だ。ならば俺も、この戦いを終焉へ導こう。」
「いくぞ……!!」
赫咬獣が唸り声を上げると同時に、俺は地面に手をかざし、魔力を解放する。
特上能力
࿓《闇縛永鎖》࿓!!!
“ゴゴゴゴゴ……!!”
大地が震え、赫咬獣の足元から無数の鎖が噴き出す。
銀色の鎖――だが、そこからは禍々しい闇のオーラが立ち昇っていた。まるで呪われた遺物のように、触れるだけで魂を蝕むかのような異質な力。
鎖は生き物のようにうねり、赫咬獣の四肢へと絡みつく。
“ガシャァァァン!!”
「グルル……ッ!!?」
赫咬獣が咆哮し、鎖を振り解こうともがく。だが、この鎖は”永遠に縛る”ためのもの。 そう簡単には引き千切れない。…だよね?リリスでも、引きちぎれなかったし…多分…。
赫咬獣は鎖に囚われながらも、なおも抵抗を続けた。
「グゥゥゥォォォ!!」
咆哮とともに、赫咬獣の体から無数の血の刃が生み出される。
それは雨のように降り注ぐのではない。全方位へと一斉に放たれる、死の嵐。
“シュババババッ!!”
俺を中心に、無数の紅い閃光が駆け抜けた。
だが――
俺はわずかに身をひねるだけで、それらを躱していく。
赫咬獣の刃は鋭く、速い。だが、今の俺の目は――
すべての軌道を捉えている。
「――終わりだ。」
俺は天を指し示し、魔力を解放する。
༄《焉怒雷》༄!!
――“それ”は、たった一つだけ落ちた。
赫咬獣の頭上に、静かに――だが確実に。
そして次の瞬間――
“ドォォォン!!”
天地が轟き、赫咬獣の巨体を貫くように、漆黒に染まる雷が落ちた。
赫咬獣は雷撃をまともに受け、黒焦げになった巨体がドサリと地に伏した。
――倒した。 そう確信した、次の瞬間だった。
“ズズ……ズズズ……”
赫咬獣の体が、不気味に脈動する。俺は思わず黒焔刀を構え直す。
「……何だ?」
辺りに散らばっていた赫咬獣の血が、まるで意思を持つかのように流れ、奴の体へと集まっていく。……いや、違う。赫咬獣の血だけじゃない。この場に散らばる、魔族どもの血。タリオンの足元に広がっていた血溜まりまでもが、まるで”生きている”かのようにうねりながら流れ込み、奴の体へと吸収されていく。
血が赫咬獣の傷口に入り込むたびに、**肉が蠢き、傷が塞がり、そして――明らかに”変異”していく。**赫咬獣の体躯が、わずかに大きくなり、体表に浮かび上がる紋様がさらに禍々しく刻まれていく。そして、圧倒的だった威圧感が、さらに膨れ上がった。
「……強くなっている……!?」
赫咬獣の瞳が俺を捉える。さっきまでとは違う。“確信”に満ちた目だった。
まるで、こう言っているようだった。
――おまえの攻撃では、俺は死なない。




