五十四・深緑の戦火 肆
弓では埒が明かないか……ここからは別の手を打つべきだな。
さて……こっからは近距離戦だ。
俺は一歩踏み込む。瞬間、風が巻き起こり、地面を蹴る衝撃が草葉を揺らした。さらに加速。疾風のごとく駆け、目にも止まらぬ速さで敵との距離を詰める。
敵の数はまだ14体……。
減らしたはずなのに、なお増え続けている。召喚魔法か転移魔法の使い手がいるのか……?
だとしたら――
まずはそいつから仕留める!!
࿓《鑑定眼》࿓──発動!!
視界が一瞬で研ぎ澄まされ、魔力の流れが脳内に映し出される。空気を震わせる微細な揺らぎ、地面に染み込む魔力の波紋――全てが俺の目に見える。
どこだ……? どこにいる……?
俺は一瞬の隙も逃さぬよう、周囲を見渡す。木々の影、茂みの奥、空の上――ありとあらゆる場所を探る。
見つけた……!!
俺の目が、不自然な魔力の流れを捉える。
周囲の魔族とは明らかに異なる波長。空間を揺るがせる微細な歪み。まるでこの場に存在しないはずの何かを、無理やり引き出しているような魔力の動き……!!
転移魔法か……!!
そう確信した瞬間、俺は迷わず標的へと向かって駆け出した。
ん! 気が付かれた!?
魔族の一体が俺の動きに反応し、猛然と襲いかかる。
“ギャアアアッ!!”
凄まじい勢いで振り下ろされる鉤爪。俺は紙一重で回避し、距離を取る。
こいつ……さっき俺の弓を避けたやつだな……。
身体は異様に痩せ細っているのに、四肢だけが異常に長い。関節が逆に折れ曲がり、皮膚は黒ずんでひび割れている。
瞳孔の無い真っ赤な目が、不気味に俺を見据えていた。
まるで、呪われた異形の獣のような魔族。
コイツは……厄介かもしれない。
「なんだぁ……おまえは……」
そいつが、だるそうに言葉を漏らす。
その声は低く、掠れているのに、どこか耳にこびりつくような不快感があった。まるで、長い間喉を酷使し続けた後のような、ざらついた響き。
まずいな……他の魔族にも気が付かれた。
周囲の魔族たちが、異形の魔族の声に反応するように、一斉にこちらを向く。
ざわり、と空気が揺れる。殺気が、波のように押し寄せる。
――もう、隠れてどうこうできる状況じゃないな。
「それは……こっちのセリフなんだが……」
俺は少し戸惑いながらも、相手を見据える。
こいつ……なんだ? まるで俺がここにいること自体が異常だとでも言いたげな反応。 俺の方が場違いみたいじゃないか。
「なぜ、この《深緑の森》にいる……! なぜ、《常葉の庵》を襲う……!」
問い詰めるように声を張ると、異形の魔族は僅かに目を細めた。
「……人族である……おまえに……なんの関係がある」
冷めた口調。それでいて、何かを探るような含みのある言い方だった。
……この反応、妙だな。
まるで、俺がここにいる理由を知りたがっているような――そんな雰囲気を感じた。
「それは……俺も知りたい……」
実際のところ、なんで俺がこんな状況に巻き込まれてるのか、さっぱり分からないし!
異形の魔族は、じっと俺を見つめる。その瞳には、敵意よりも別の感情が滲んでいた。
「(こいつは……あの集落に……? 人族が容易に入れるわけが無い……本来、あの種族は……“異種の徒”を決して受け入れないはず。それに……)」
魔族は、ゆっくりと口角を吊り上げ、不気味に笑う。
「興味深いなぁ……」
その声はどこか愉悦に満ちていた。まるで、思わぬ”異物”の登場に胸を躍らせているかのように。
突如、空気が弾けるような音が鳴った。
瞬間――敵が消える。
否、違う。猛スピードで俺の懐に飛び込んできた。
“ギャギャギャッ!!”
異形の魔族が獣のように爪を振りかぶる。鋭い黒爪が夜気を裂き、俺の首を断ち切ろうと迫る。
「チッ……!」
ギリギリで俺は跳び退る。爪先が皮膚をかすめ、冷たい感触が一瞬だけ残る。
強いな……こいつ……。
俺はすかさず魔力を高め、࿓《鑑定眼》࿓を発動!!
視界が一瞬で変わり、敵の詳細が浮かび上がる。
――やはり……名前持ちか!!
“カルラ”……こいつが名乗るその名。
以前、リリスが言っていたことを思い出す。
確か、魔族は本来、名前なんて持たないはずだった。 でも、“特別な個体”は別だとか……。
つまりこいつは、ただの魔族ではない――特別な個体だ。
面倒な相手だな……!
࿓《身体超化》(しんたいちょうか)──フル解放!!
魔力が体中を駆け巡り、瞬発力と反応速度が限界を超える。
俺は地を蹴り、一気に加速。通常の魔族なら、この速度について来れるはずがない。
だが――
「……チッ、まだ張り付いてくるか!!」
カルラはまるで俺の動きを読み取るように、寸分違わず追いすがってくる。
一体どんな身体能力をしてやがる……!?
このスピード、この反応……まるでカイラナと同等、いや、それ以上かもしれない……!!
あの時の戦いを思い出す。カイラナは圧倒的な身体能力と戦闘経験で俺を追い詰めたが、こいつもそれに匹敵するレベルの動きをしている。
下手をすれば、一瞬の隙が命取りになる……!!
それに……!!
周囲の魔族たちも、一斉に襲いかかってくる!!
四方八方から繰り出される牙や爪、魔法の飛び交う殺意の渦――ただカルラと戦うだけでも厄介だというのに、同時にこいつらの攻撃も捌かないといけないのは骨が折れる!!
「チッ……鬱陶しいな!!」
俺はカルラの猛攻を紙一重で避けながら、襲いかかる魔族たちを瞬時に仕留める。
“《ドスッ!!》” “《ギャアアッ!!》”
拳を叩き込めば骨が砕け、蹴りを放てば胴が弾け飛ぶ。
だが、カルラはその間にも俺を逃さぬように追い詰めてくる。
まるで、獲物を逃がすまいとする狩人のように――。




