三十五・後始末 参
俺は腕を組みながら、リリスの話を聞いた。
どうやら、リリスは俺や勇者たちよりも早く、あの森にいたらしい。
「……は?」
話を聞き進めるうちに、俺の眉間のシワが深くなる。
リリスは、森でカイラナを見かけた瞬間に、俺に倒してほしいと思ったらしい。
「……いやいや、おかしくね?」
俺は思わずツッコむ。
「お前が戦えばいいじゃん!! 瞬殺じゃん!!」
リリスの実力なら、カイラナなんて秒で片付くはずだ。
なのに、なぜか俺にやらせた。
……理由を聞いて、さらに衝撃を受ける。
「ヒナタ様の存在を、世界中に知らしめたいんです♡」
……いやいやいや、俺、そんなこと望んでないんだけど!?
マジかよ……そんな理由のために、俺はあんな恥ずかしい”終焉の魔人”ロールプレイをやらされてたのか!?
俺の中で怒りが込み上げる。
……が、リリスの話はまだ終わっていなかった。
「それでまぁ、ヒナタ様の邪魔にならないように……」
「カイラナの部下共は、森に侵入する前に倒しておきました♡」
「…………」
え、何それ。
俺が”終焉の魔人”としてド派手に戦ってる間、
リリスは裏でカイラナの部下を皆殺しにしてたってこと……?
俺の戦い、最初から最後まで完全にリリスの掌の上だったんじゃ……??
「…………」
俺は無言のまま、空を見上げた。
やっぱり、こいつが一番ヤバいんじゃね……?
「何はともあれ……! これで世界中の強者共にヒナタ様の存在が知れ渡ることでしょう!!」
リリスが満面の笑みで宣言する。
俺の思考が一瞬止まる。おいおい、マジかよ……?
それってつまり――俺、もう平和に暮らせないじゃん!!!
ただでさえ、“終焉の魔人”なんてヤバいキャラを演じたばっかりなのに……
世界中の強者たちに俺の存在が知れ渡ったら、絶対ヤバいことになるじゃん!!
しかも、俺は**“終焉の魔人”(あれ)**をまたやらなきゃいけないのか……!?
「……勘弁してくれ……」
俺はその場に崩れ落ちそうになった。
だが、リリスはそんな俺の気持ちなど知る由もなく、満足げに微笑んでいた――。
俺の安息の日々は、もう戻ってこないのかもしれない……。
まぁ……リリスと出会った時点で、俺の安息の日々なんて終わってたんだろうな……。
今さら嘆いても仕方ない。
「……はぁ。」
俺は深いため息をつき、空を仰ぐ。
――諦めよう。
何をどう足掻いたところで、リリスがいる限り平穏な人生は二度と訪れないのだから。
場面は変わり、俺は紫苑の部屋まで来ていた。
「……さて、こいつの様子でも見ておくか。」
昨日、俺が背負って帰ってきた時は完全に気絶していたけど、今はどうなっているのやら。
ノックもせずにドアを開け、俺は紫苑の部屋へと足を踏み入れた――。
“ゴゴゴォ”
え……?
部屋に入った瞬間、異様な空気を感じた。
「……ヒナタァ……くん??」
紫苑がベッドからゆっくりと起き上がり、こちらを見ている。
だが、その表情が……
ヤバい。
怒りを押し殺したような半笑いの、不気味な顔。
「あれ……?」
俺は違和感を覚えた。
この状況、どこかで……
「……あ。」
まるでさっきの俺とリリスのやり取りみたいじゃね!?
もしかして俺、リリスに怒った直後に、紫苑から同じことされる流れ!?
「え、ちょっと待っ――」
言い終わる前に、紫苑がベッドから立ち上がった。
この状況――絶対ヤバいやつじゃん!!!
俺は殴られるかと身構えた。
だが――違った。
「怖かったんだからねぇぇ!!?」
「……え?」
「ほんとに……グスン……死ぬかと……思ったんだからねぇ!!?」
紫苑は俺の下半身に抱きつき、号泣していた。
「……え?」
俺は完全に呆気にとられる。
「お、おい……?」
「お前が助けを呼びに行ったあと……すぐに力尽きたんだぁ……グスン……」
「……あー……うん。」
「薄れゆく意識の中で……俺は悟ったんだ……ここが俺の死に場所なんだなって……」
「…………。」
いやぁ……まぁ……確かに、悪いことをしたとは思う。
俺が助けを呼びに行った(実際はカイラナと戦ってた)せいで、紫苑は極限状態で放置されてたわけだし。
「……ご、ごめん……?」
俺は恐る恐る謝る。
が――
「それで済むかァァ!!!」
紫苑が俺の足にしがみついたまま、叫ぶ。
「そもそもお前が俺を誘わなきゃ、こんなことにはならなかったし…………」
「…………。」
いや……ほんとにごめん……。
俺は何も言えず、ただ静かに謝るしかなかった。
数分後――
少し落ち着きを取り戻した紫苑と、ようやくまともに話ができる状態になった。
俺は椅子に座り、紫苑に向き直る。
「いいか、紫苑。昨日のことは絶対に! 他の人には言っちゃダメだよ! 絶対に!!」
念を押すように強調する。
「……は?」
紫苑が怪訝そうな顔をする。
だが、これは絶対に譲れない。頼むぞ、ほんとに。俺の存在が怪しまれる可能性があるんだ。
カイラナとの戦闘、“終焉の魔人”の名乗り、すべてがバレたらとんでもないことになる。
ここは絶対に口止めしなきゃ――そう思った矢先、
紫苑が突然勢いよく立ち上がった。
「待て……! 俺は誰よりも……!! 活躍しただろう!!?」
「……え?」
「あの”勇者”たちを助けたんだぞ……!! 俺が!! 俺の能力があったからこそ!!」
「…………。」
「賞賛されてもいいんじゃないか!!?」
「…………。」
……まぁ、それはそうだけど!!
でも……でもな!?
俺は必死に頭を回転させる。
どうする……!? どう納得させる……!?
考えろ、考えろ……!!!
閃いた!! その名も……影の英雄プラン!!
俺は拳を握りしめ、紫苑に向かって真剣な表情を作った。
「……紫苑、お前さ……気づいてないのか?」
「は? 何が?」
「お前は今、“英雄”を超えた存在になったんだよ。」
「…………は?」
「そう……それが、影の英雄――!!」
「影の英雄……?」
紫苑が俺の言葉を復唱し、眉をひそめる。
よし、食いついたな。ここから一気に押し切る!
俺は大げさに腕を広げ、堂々と宣言した。
「表で活躍し、称賛される勇者たち……。だが、本当に世界を救うのは、彼らの**“影”**で動く存在だ!」
「…………」
「そう、お前はただの助け役じゃない! 影で勇者たちを支え、世界を守った“本当の英雄”なんだよ!!」
「……本当の英雄……。」
紫苑が小さく呟く。
よし、このままいけば……!!
俺はさらに熱く語る。
「考えてみろ! 世の中には表に出て評価される奴と、裏で本当に活躍する奴がいる。お前はその後者――影の支配者なんだ!!!」
「……影の、支配者……!!!」
紫苑の目がキラリと光る。
いける!!! これは確実に刺さった!!!
「だから、このことは誰にも言わず、静かにその力を蓄えろ……!」
「……そうか……俺は影の英雄……!! そうだよな……!!」
「ふっ……なら、影の英雄として、俺はこの秘密を墓場まで持っていくぜ!!!」
作戦成功!!!!!
俺は心の中でガッツポーズを決めながら、ホッと胸を撫で下ろした。
これで紫苑が余計なことを喋ることはない……!
──はずだった。
「でもさ……やっぱり表の英雄のほうが、メシとかモテとか考えると美味しくね?」
「お前ぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
俺の影の英雄プラン、危機的状況!!!
仕方ない……こうなったら使うしかないか……!!
“切り札を”!!
俺は軽くため息をつき、紫苑にゆっくりと近づいた。
紫苑はまだ、「やっぱり表の英雄のほうが……」とかブツブツ言っている。
……チッ、面倒くせぇ。
ならば――ここは、確実に奴を黙らせる一手を打つしかない。
俺は紫苑の肩に手を置き、耳元で静かに囁いた。
「なぁ……紫苑。」
「……ん?」
「黙っててくれたら、七瀬さんとのデート……取り付けてやるよ?」
「!!??」
紫苑の全身がピクリと震えた。
「お、お前……マジで!?」
俺はフードを軽く直し、余裕の笑みを浮かべる。
「……もちろん。」
この場を乗り切るためなら、多少の犠牲は仕方ない。
すると――
「うん! 分かった!! 黙ってる!! 親友の頼みだからね!!!」
即答。俺は思わず口を開けたまま固まる。
……なんて奴だ。こうもあっさり。
さっきまでの影の英雄理論は何だったんだ……?
「ま、まぁ……ならいいんだけど……」
紫苑はすっかりご機嫌になり、鼻歌まで歌い始めた。
……七瀬さんには悪いが、犠牲になってもらおう。
こうなったら、後で土下座してでも「紫苑とご飯行ってきて」って頼むしかないか……。
「はぁ……俺の胃が痛くなりそうだ……」
俺は頭を抱えながら、これでようやく問題が解決したことを実感した。
……いや、別の問題が生まれた気がするけど。
こうして、紫苑の口封じは完了した――!!
……はずだった。
「よぉし!! 俺、七瀬さんとのデートに向けて準備するわ!!」
「……え?」
紫苑が突然、キラキラと輝いた目で俺の肩を掴んできた。
「な、何を言って――」
「ヒナタ!! どんな服がいいと思う!? いや、まずは髪型か!? やっぱりセットしたほうがいいよな!?」
「お、おい落ち着け――」
「あと、デートプラン!! どこに行けば七瀬さんは喜ぶ!? お前、女の好み詳しいだろ!? いや、お前が考えろ!!」
「えぇぇ……」
なんだこのテンションの高さは。
完全に舞い上がってる。
ていうか、デートとか言ったけど、俺は「一緒にご飯行ってくれ」くらいの軽い意味だったのに!?
「ちょ、ちょっと待て紫苑。そもそもまだ七瀬さんに話してないし――」
「問題ない!! お前が約束したんだから、責任を持って話を通せ!!!」
「……はぁ?」
俺が言葉を失っている間に、紫苑はベッドから勢いよく立ち上がる。
「うおおおぉぉぉ!! 俺の時代がきたァァァ!!!」
「……ちょっと待て、勝手に時代作るな。」
完全に調子に乗っている紫苑を前に、俺は頭を抱えた。
……いや、待て。
これはまずい。
冷静になれ、俺。
もし七瀬さんが「は?」って顔をして拒否したら、紫苑の機嫌が悪くなるどころか……「じゃあやっぱり口を開こうかな~」とか言い出す可能性がある!!
「……くそっ、完全に墓穴掘った……!」
俺の中で、次なる**ミッション『七瀬さんを説得する』**が確定した瞬間だった。
⸻
こうして、紫苑の口封じは完了した――!!
……が、今度は七瀬さんという新たな試練が俺を待ち受けていた。
「……そもそも無理じゃね?」
紫苑のテンションは最高潮。
だが、俺はすでに悟っていた。
「というか……今の七瀬さんの精神状態じゃ、デートどころじゃないんだよなぁ……」
昨日の戦いで、勇者たちは死にかけた。
七瀬さんも例外じゃない。
ようやく回復したばかりの彼女に、いきなり**「デートしよう!」**なんて言ったら、どうなるか――
確実にドン引きされる。
さらに――
「そもそも、俺みたいなモブが、勇者のヒロインである彼女を誘えるのかって話だし……」
俺の立場を考えろ。
俺=ただの一般生徒。
七瀬=勇者一行の主要メンバー。
この時点で、もう無理ゲーだろ。
「……ハァ。」
俺はため息をつく。
紫苑は相変わらず**「どうやって告白しようか」とか「プレゼントは必要か?」**とか、一人で盛り上がっている。
俺のことなんか、もう見えてすらいない。
「……まぁ、考えるのはまた今度にしよう。」
俺は軽く伸びをして、現実逃避を決めた。
とりあえず、今は休ませてくれ……。
七瀬の説得という爆弾は、後回しだ。
俺の頭痛は、しばらく収まりそうになかった――。




