表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DEMONSMOB〜勇者に巻き込まれて転移した俺の物語〜  作者: はるりん
第1章 転移、そして目覚め
32/151

三十二・化物 弍

「主様は本当にお優しい……でも、残念ながら私は主様のように優しくないぞ」


 レシュノルティアの表情が変わる。暖かさの欠片もない、冷酷で無機質な微笑み。その瞳には、一切の情が宿っていなかった。


終焉の魔人が”主”。


 その言葉の意味を、カイラナの脳はすぐには理解できなかった。


 (終焉の魔人が……主だとォ……?!)


 彼女が戦ったあの怪物。ただの”強者”ではない。圧倒的な存在感、理不尽なまでの力、抗うことすら許さない絶望そのもの。


 その終焉の魔人を従える者がいる——?


 (この化け物を従えるってェ……アイツはホントに何者なんだァ……!!?)


 思考が追いつかない。カイラナはこれまでに幾度も死線をくぐり抜けてきた。数多の戦場で勝利を重ね、人間どもの”英雄”すら屠った。


 だが、今、彼女の全身を支配しているのは——


 圧倒的な”恐怖”。


 (そうかァ……コイツかァ……俺の下僕共を殺したのはァ!!)


 血の気が引いていく。そう。カイラナの部下を、森に入る前に瞬殺したのは——


 レシュノルティアだった。誰にも気づかれることなく。まるで”始めから存在しなかった”かのように。




レシュノルティアが、不気味な笑みを浮かべた。


 その瞬間——


 “シュッ”


 風が鳴った。否——それすらも”音の遅れ”に過ぎなかった。


 「え………?」


 カイラナの瞳が揺れる。


 右腕と左脚が、消えていた。


 理解が追いつかない。痛みすら遅れている。ただ、バランスを失った体が傾いていく感覚だけが、現実を突きつけていた。


 「(……何が起きたァ?)」


 視線を落とすと、そこには”無残に転がる自分の四肢”があった。


 血が溢れ出る。


 赤黒い液体が草原に広がり、温かさが急速に失われていく。


 遅れて、“痛み”が脳を焼いた。


 「ッ……ガ、ハァ……!!」


 喉の奥から、息が漏れる。全身が震える。思考が砕け散る。 


(痛い……痛い……! 死にたくなィ!!)


 血が止まらない。


 右腕と左脚を失った激痛が、カイラナの全身を蝕んでいた。今までどんな傷を負おうとも、ここまでの痛みを感じたことはなかった。


 それ以上に、“死の予感”が恐ろしかった。


 死にたくない。こんなところで終わりたくない。


 涙が頬を伝う。


 初めての涙だった。


 カイラナは戦場で育ち、魔王軍の幹部として数々の死地をくぐり抜けてきた。敗北の痛みも、命のやり取りも知っている。


 だが——これは違う。


 “恐怖”だった。本能が震えていた。


 「フフ……」


 レシュノルティアが微笑む。その表情には冷淡な慈悲すら浮かんでいる。


 「安心しろ……“殺し”はしない」


 その言葉に、カイラナは愕然とした。


 (……何……?)


 なぜ、こんなことをしておいて”殺さない”などと言う?


 「貴様には、やってもらうことがあるからな……」


 レシュノルティアの声色が低く響く。


 その瞬間——カイラナの絶望は、新たな”恐怖”へと変わっていった。


 「いいか、小娘……」


 レシュノルティアの声が、静かに、しかし確実にカイラナの心を縛りつける。


 「おまえの主……“小僧”に伝えろ」


 “小僧”——魔王バフォメットのことだ。


 レシュノルティアは、あの魔王をまるで取るに足らない存在であるかのように、**“小僧”**と呼んだ。


 カイラナの呼吸が止まる。


 (魔王様を……“小僧”……だと……?)


 魔王バフォメット。


 世界に名を轟かせ、人間どもを絶望の底に叩き落とした存在。彼こそが、魔族にとって”絶対”の一人だ。


 だが——

レシュノルティアにとっては、違った。


「何やら妙なことを企んでいるようだが、今後……我等の邪魔をするようなら……」


 レシュノルティアの紅い瞳が、冷たく輝く。


 「待っているのは死のみだぞ……と」


 言葉が終わると同時に、空気が凍りついた。


 カイラナの背筋が総毛立つ。


 拒むことなど、できるはずがなかった。


 (この女は……“魔王”すら脅している……!)


 口を開こうとするが、声が出ない。


 ただ、小さく頷くことしかできなかった。


 その動きを見て、レシュノルティアは満足そうに微笑む。


 「フフ……よろしい」


 この瞬間、カイラナは完全に”支配された”のだった。





気づくと、霧は晴れていた。


 あれほど濃密に辺りを覆っていた虹色の霧は、いつの間にか消え去り、そこにはただ、静寂に包まれた夜の草原が広がっていた。


 レシュノルティアの姿も、どこにもない。

まるで最初から、何もなかったかのように——。

しかし、それは”夢”などではない。


 カイラナの右腕と左脚は、今もなお、そこに”無い”のだから。


 「……ッ」


 痛みはある。意識が朦朧とするほどの激痛が、全身を蝕んでいる。


 だが、そんなことはもう、どうでもよかった。

カイラナは考えることをやめた。ただ無意識に、本能のままに動いた。


 バフォメットのもとへ帰らねばならない——。


 理性ではなく、身体がそう命じていた。


 もはや自らの敗北を嘆く余裕も、怒りを燃やす気力すら残っていない。


 カイラナは、引きずるようにして、傷ついた体を前へ進める。


 失った腕と脚を擦りながら、ただひたすらに。


 夜風が吹く。


 痛みに震える身体を嘲笑うように、冷たい風が、血の匂いを遠くへ運んでいった——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ