二十六・終焉に導く者 壱
数刻前——。
陽向は紫苑と共に訓練所に来た。
何やら様子がおかしい…みんなのこの落ち着きの無さ…少し調べてみよう。
「森に勇者を狙ってる敵がいるらしい」
そんな話を耳にした。いや、まさかとは思うが、本当なのか?
でも……今の勇者パーティーで、本当に勝てるのか? 俺の胸には不安がよぎる。前の一件もあるしな……
「——ねぇ、リリス! 森に勇者を狙ってるヤツがいるらしいんだけど!」
俺は ࿓《思念伝達》࿓ を使い、リリスと連絡を取った。
すると、すぐに彼女から返事がくる。
「——どうやら、そのようですね! 街の奴らが騒いでおります!」
……なんでそんなに嬉しそうなんだ、この人は。まぁ、それは置いておくとして——。
「——で、それって神宮寺たちに倒せそうな相手?」
少しの間を置いて、リリスは楽しそうに断言した。
「——う〜む……絶対に! 不可能ですねっ!」
おいおい、マジかよ。
このまま戦えば……神宮司たちは死んでしまうぞ? 自分の力量も分かっていないのか……
死暗竜みたいに隠れながらついていくか? いや、それはリスクが高い。バレる可能性もあるし…
「どうするか…」
「どうしたんだ? 悩み事?」
間抜けな顔をして紫苑が俺に問いかけてくる。こっちは真剣に考えてるっていうのに、こいつは相変わらずのんきなもんだ。
「……別に」
適当に流しながらも、頭の中ではまだ答えが出ないままだった。どうするべきか……。
ん? 待てよ……?
そういえば、紫苑の能力って──────
「なぁ、紫苑! お前の能力ってなんだっけ?」
俺は食い気味に問いかけた。
「能力? えっと、絶霧幻想だけど……」
「それってどういう能力なんだ? 詳しく教えてくれ!」
紫苑は首を傾げながらも、少し考えた後、説明を始める。
「んー、簡単に言うと、対象に幻影や幻覚を見せて惑わせる能力かな」
なるほど……。
紫苑のこの能力、恐らくかなりの特異能力だ。それに、うまく使えば戦況を一変させることもできるかもしれない。
”これは……使える!“
俺の中で、勝利への道筋が見え始めていた。
「よし……紫苑、面白いことをしよう!」
そう俺がニヤリと笑いながら言ったのが、すべての始まりだった。
数刻後
「おいおい……まさか、こんなことやるために俺を連れてきたのか?」
紫苑が呆れた声を上げる。まあ、無理もない。そりゃそうだろう。
なにせ俺は、紫苑の特異能力を使って勇者どもに俺たちの存在を認識できないよう、幻覚をかけてもらったのだから!
どうだ、すごいだろう? これで俺たちは、勇者パーティーの目の前でどんなことをしても気づかれないってわけ! さて、何をしてやろうか……?
… 冗談はここまでにして、
この力を使い、俺たちは勇者一行の乗る馬車の隅っこに、こっそりと隠れ乗ったのだ。
「はぁ……お前、ほんとにやるとはな」
紫苑が呆れたように息をつく。だが、ここまで来たらもう後戻りはできない。
俺たちは、勇者パーティーの真っただ中に潜り込んだのだ。しかも、俺たちの存在は誰にも認識されていない。いやあ、すごい。紫苑の能力がチートすぎる。
そして――その時は来た。
勇者と、魔王軍の幹部らしき存在が接触したのだ。
魔王軍の幹部……女だが、その体に刻まれた無数の傷が、ただの戦士ではないことを物語っている。なるほど、相当な戦闘狂か? それに、オーラがヤバい。戦う前からわかる。こいつは強い。
ちらりと勇者・神宮寺の様子を見る。……ダメだな。どう足掻いても勝てる未来が見えねぇ。スペックが違いすぎる。
「おい、どうする?」
紫苑が小声で尋ねてくる。ここで勇者パーティーが壊滅したら、それはそれで面白い展開だが…
ここは――現実だ。
ゲームのように「負けてもやり直し」なんて都合のいい話はない。敗北はすなわち死を意味する。
絶対にあってはならない。
俺は慎重に息を潜めながら、状況を見極める。神宮寺たちがこのまま戦えば、間違いなく全滅する。あの魔王軍の幹部…ただ者じゃない。力量の差は歴然だ。
「……おい、本当にどうする気だ?」
紫苑が緊張した面持ちで尋ねてくる。
「さて、どうしたものか……」
とは言っても――俺は助けるためにここに来たんだ。
策ならある。しかも、とっておきのが……!
ただ……少し恥ずかしいんだよなぁ……
その、精神的ダメージがデカいというか。
本来なら、こんな小細工は必要ないんだ!リリスさえ現れてくれれば、一瞬で片がつくのに…!
なぜかさっきから、リリスとの以心伝心がまったく反応しない。
おいおい……こんな時に、何してんだよ!!
心の中で叫ぶが、やはり返答はない。クソッ、こうなったら……俺の”策”を使うしかないか?
そんなこんなを考えているうちに――
戦いは始まっていた。
……やっぱりな
勇者・神宮寺と魔王軍の幹部。対峙する二人の間には、もはや埋めようのない実力差があった。
いや、これは戦いですらない。
……遊んでやがる。
敵の女幹部は余裕の笑みを浮かべながら、神宮寺の攻撃をわざと受け流している。
「よく聞いて…紫苑。このままじゃ勇者たちは全滅する。助ける方法は一つ。お前のその能力が、この戦いの鍵だ!」
俺は紫苑にそう告げた。
紫苑は驚き、そして焦った表情を浮かべる。
「……マジかよ。そんなことして、本当に勝てるのか?」
「勝てはしない。でも、生き延びることはできる。」
俺は馬車の隅から戦場を見つめながら、確信を持って言った。
「いい? 俺が合図したら、その能力を最大限の力で全方位に使用してくれ!」
紫苑は一瞬躊躇したが、やがてギュッと拳を握りしめ、俺を見た。
「…でも、失敗したら――」
「失敗なんてしない。」
俺がいる限り。必ず、誰も、死なせない。
強く、はっきりと宣言する。俺はこの世界に流されるつもりはない。勇者が未熟だろうと、敵が強かろうと関係ない。
生き延びる。それが最優先だ。
紫苑は俺の言葉に驚いたようだったが、すぐに真剣な顔で頷いた。
「……分かった。お前がそこまで言うなら、やるよ。」
「頼んだよ、紫苑。」
戦場は依然として不利なままだ。勇者たちは追い詰められ、魔王軍の幹部はますます余裕を見せている。
“バキッ……ゴキッ……”
嫌な音が響く。折れた骨が軋む音、肉が潰れる鈍い衝撃――最悪の展開が目の前で繰り広げられている。
「おいおい……! まだダメなのか……!!?」
紫苑が焦りを滲ませながら俺に問いかける。
無理もない。勇者たちはすでに倒れ、血を流している。今もなお、命がこぼれ落ちそうになっている。
だが ───────
「……まだだ。」
俺は歯を食いしばりながら、ぎりぎりの判断を下す。
俺だって早く助けてやりたい。勇者たちを見殺しになんてしたくない。
だが――それでも、まだダメなんだ。
今、能力を発動させれば、相手に違和感を与えてしまう。もし警戒されたら、それこそ本当に終わりだ。
相手が油断する、その一瞬。
勇者の”死“の目前まで待つしかない。
俺は拳を握りしめ、じりじりと時を待った。
そして…時は来た。
「やっぱり……最後まで立つのはお前かァ……!!」
敵が叫ぶ。
血まみれになりながら、それでも立ち上がったのは、
【神宮寺 蓮】だった。
ボロボロの体、呼吸も荒い。足元はふらつき、今にも崩れ落ちそうだ。それでも、奴は剣を握る手を離さなかった。
神宮寺はもう限界だ。だが、それでも立ち上がる。なら、俺がやることは決まってる。
「紫苑……準備して。」
俺は紫苑に伝えた。
「僕……が……やるしかない……!!」
神宮寺が渾身の力を振り絞って敵に向かって飛びかかる。
その瞬間――俺は迷わず叫んだ。
「今だ……!!!」
紫苑に向かって、全身の力を込めて合図を送る。
「くっっ!!(最大限の……! 幻覚を!!)」
紫苑が苦しそうに叫び、能力を限界まで発動させる。
“グワァン”
空間が揺らぐような感覚がした。世界が一瞬だけ歪む――そして。
「……成功だ。」
俺は小声で息を潜めるように呟き、静かに拳を握る。
紫苑はすでに疲れ果て、今にも倒れそうだった。限界まで力を使ったんだ、無理もない。
そして今、俺たちが見ている景色は、敵も勇者も“別々のもの”になっている。
敵には――勇者を殺したという幻覚を。
勇者には――その場から動けなくなるような幻覚を。
「……っと、俺にも幻覚がかかってたみたいだな。」
周囲の景色が微妙に歪んで見える。俺には耐性があるのか?それとも、紫苑が俺を対象者から外したか…
どっちにしろありがたい話だ。これで、状況を冷静に判断できる。
敵は勝利を確信して油断し、勇者は絶望の淵で足を止める。
案の定、敵は勇者を殺した(幻覚)と確信し、すぐに退散していった。
「……フッ、チョロいな。」
俺は小さく笑い、深く息を吐く。
魔王軍の幹部は満足げに血まみれの剣を振り払い、余裕の足取りでその場を後にした。まさか自分が幻覚にハマっているとは、夢にも思っていないんだろう。
一方、勇者たちは――
「…………」
未だに動けないまま、絶望の表情を浮かべている。
「おーい、そろそろ解いてやれよ。」
俺が紫苑に声をかけると、紫苑はぐったりとした顔で息をついた。
「……無茶言うなよ。もう限界なんだ……少し待ってくれ……」
俺は額をかきながら、気絶しかけている勇者たちを眺める。
とりあえず、生き延びることには成功した。
さてと……ここからが俺の出番だ。
俺はバックを持ち上げ、紫苑に声をかける。
「ちょっと……助けを呼んでくるから、少し待ってて。」
紫苑は疲労で息も絶え絶えだったが、俺の言葉に微かに眉をひそめた。
「すぐ戻る。」
それだけ言い残し、俺は踵を返した。
敵が向かった方角はあっちだ。
追いつけるかな。俺は全速力で奴を追う。
数分後――
俺は森と外の境界線までたどり着いていた。
「……おかしいな。」
立ち止まり、辺りを見回す。
俺は全速力で追ってきた。なのに、ここまで来ても敵の姿はない。まさか、追い越した……?
敵の気配は、まだ森の中にある。
俺は目を細め、気配のする方向に意識を向けた。まるで、同じ場所をぐるぐる回っているような、そんな妙な感覚がする。
……もしかして、幻覚の影響で方向感覚まで狂ってるとか?
十分あり得る話だ。紫苑の能力は強力だが、影響が長引くと混乱を引き起こすこともある。
まあ、どうせすぐに切れるだろう。
俺は、見晴らしの良さそうな太い木の枝に立った。
風が頬をかすめる。森のざわめきが遠くに聞こえる。ここなら視界も確保できるし、敵の動きも把握しやすい。
……さて、やるしかないのか……
分かってる。分かってるんだけど……
……でも、恥ずかしい!!
正直、この方法を使うのは気が進まない。いや、気が進まないどころの話じゃない。
そもそも、俺は別にあの敵を追う必要はないのかもしれない。
今は勇者を助けることが最優先だ。敵は、勇者が死んだと確信している。だったら、無理に追わずにこのまま撤退してしまえば――
それじゃ駄目だ。
もし敵が勇者の生存に気づいたら?
当然、すぐに殺しにくる。
その時にもう一度戦うのは、面倒すぎる。だったら――今のうちに対処しておかなければ。
俺は深く息を吸い込んだ。
……よし、覚悟を決めるか。
俺はバックを開け、中からある物を取り出す。
「早速……これの出番だ。」
手にしたのは、洞窟で手に入れた漆黒のローブ。
光を吸い込むようなその布地は、不気味なほどに黒い。ただの衣服とは思えない異様な存在感がある。
そういえば、あの時はバタバタしていてちゃんと確認していなかったな……。
「よし、試しに࿓《鑑定眼》࿓で調べてみるか。」
目を細め、ローブに意識を集中させる。
《鑑定結果》
名称:【漆焉黒服】
能力:――確認不可――
「……なんだと?」
思わず声が漏れる。
鑑定すら通用しないだと? そこまでこのローブは強力な能力を秘めているのか……。
「……面白ぇ。」
未知の力を持つローブ。これを使えば、何かとんでもないことができるかもしれない。
俺は静かに、それを羽織った――
さて……そろそろあの敵も来そうだな。
俺は漆黒のローブのフードを深く被りながら、木の上から周囲を見渡す。
このローブで顔の半分程度は隠せるが、それでも完全に正体を誤魔化せるわけじゃない。
「……そうだな。顔が認知できなくなるような能力があれば……」
例えば、さっき紫苑が使った幻覚のように、相手の視覚を曖昧にするものがあれば――
その瞬間、脳内に鋭い衝撃が走った。
──────《認識阻害》獲得シマシタ…
「……マジかよ!?」
やっぱり、これって何かの能力だよな。
それも、とんでもないやつ。
深くイメージしただけでスキルを得られるなんて…
《認識阻害》発動!!
発動した途端、俺の視界が一瞬だけ歪む。
……ほほう、この能力には瞳を紅くする効果もあるのか……
俺は木の枝の上で軽く手を広げ、身体の変化を確認する。
腕や脚には特に異常はない。だが、瞳の色だけが深紅に染まり、どこか冷たい輝きを帯びていた。
まるで、別人になったみたいだ。
瞳のオーラによって顔を認識出来なくなるのか…
……まあ、これで誰にも俺だと気づかれまい
あとは……
声だな……。
俺の普段の声は、どちらかといえば高め。特徴がありすぎて、バレる可能性がある。
だったら――
少し低めに、イケボ風に……!
俺は喉を鳴らし、ゆっくりと声を出してみる。
「あぁ……アァ、オレは……ううん……オレは…オレは…名前どうしよう……。」
俺は腕を組みながら考える。
せっかく変装したんだ、適当な名前を名乗るわけにはいかない。
どうせなら、カッコよくて強そうな名前がいい。
「う〜ん……確か、称号の一覧に……」
おぉ! なかなかカッコいいのがある!ただちょっと厨二臭いけど…
「終焉の魔人……。」
これしかない。
強大な力を秘め、闇に生きる存在――
まぁ悪くないか…
なら、気を取り直して、発声練習!
低めに、落ち着いたトーンで……威厳があって、それでいて謎めいた感じ……。
「……フッ。オレは、終焉を告げる者――お前たちの悪夢だ。」
って…!めちゃくそ恥ずかしいいぃ!!!
やっていて後悔しそうだ…
すると、遂に敵が森から出てきた。
そして――
敵が俺を見る。
この瞬間を待っていた。
さて、本番だ。
俺は深く息を吸い込み、喉を震わせる。
低くて、かっこよく。イケボ風に……。
「──よくここまで来たな」
……決まったぁぁ!!
内心でガッツポーズを決めながらも、表情は崩さない。
敵の目がわずかに細まる。警戒しているのか、それとも興味を持ったのか。
よし、いい感じだ。
あとはこのまま”終焉の魔人”を演じ切るだけ――!!
「おまえェは一体……何者だァ……!!!」
敵が叫ぶ。
その声には、僅かに怯えが混じっていた。
……どうやら、俺の演出は完璧だったらしい。
まあ、無理もないよな。突然、こんな不気味なローブをまとった奴が現れて、真っ赤な瞳で見下ろしてきたら……そりゃ怖いわ。
**”正体不明”**ってのは、それだけで脅威になるもんだ。
俺はゆっくりと木の枝から地面へ降りる。
足音を極力立てず、滑るように着地。
この一瞬も演出の一部だ。
よし……決めるぞ……!!
「──オレは終焉の魔人……」
低く、重く、響くように。
「この世界を終焉に導く者――」
言い終えた瞬間、風が吹いた。
静寂が訪れる。
敵は息を呑み、僅かに後ずさった。
……決まった。
俺は内心ガッツポーズしながら、フードの奥で不敵に笑う。
これが、”終焉の魔人”の始まりだ。




