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百二十八・聖王来訪

 数日が経った。


 翡翠那聖での戦いや、勇者たちの報告もひと段落して、俺たちが暮らすアガリアの城にも、ようやく落ち着いた空気が戻り始めていた。


 俺も、何とかクラスメイトたちと馴染みながら、のんびり――いや、のんびり「っぽく」過ごしていた。


 まあ、内心ではずっと胃がキリキリしてたけどな。


 セレナのこと。王国に潜む闇のこと。そして、終焉の魔人としての“自分”の立場。


 何も解決していない。だけど、今は嵐の前の静けさってやつかもしれないな。


 ――そんな、ある日の昼だった。


 アガリアに、使いの兵士が馬を駆けてやってきた。俺はたまたま中庭にいて、その場面を遠目に見ていた。


 兵士は血相を変えながら、門番に何事かを告げる。その後、すぐに中で騒ぎが広がった。


「王都の王宮に、聖王陛下が来られたらしい!」


 クラスメイトたちの間にも、その噂は瞬く間に広まった。


 聖王。

 世界を支える七人の英雄。


 でも、俺には詳しいことはわからない。

 来たのは――魔導帝(まどうおう)


「聖王……誰が来るって?」


 知らない名前だった。


 ただ、こんな時にわざわざ王宮に現れるなんて――

 どう考えても、ろくな理由じゃない気がする。


「……面倒なことになりそうだな」


 俺は小さく呟いた。


 それからすぐに――王都の王宮から、正式な召喚の使いが届いた。対象は、勇者たちだけじゃない。


「……全員?」


 そう、俺たちクラスメイトも――だ。


「マジかよ……」

 小林がげんなりと呟き、

「これは……大事になってきたな」

 紫苑は苦々しい顔をしている。


 当然だ。


 だって、王様直々のお呼び出しなんて、どう考えても良いことじゃない。


「ど、どうしよう……服とか……準備とか……!」

 女子たちは軽くパニックになり、

「べ、別に、普通の服でいいでしょ……!」

 男子たちは無駄にオドオドしていた。


 まあ、俺も内心は同じだった。


 王都の王宮。しかも、そこに“聖王”までいるっていうんだ。


「絶対、ロクな目に遭わない気がする……」


 ぼそっと漏らした俺の声は、誰にも拾われなかった。

(拾われても困るけどな)


 そうして、急ぎの準備を整えた俺たちは、馬車に分乗して、王都へ向けて出発した。


 アガリアを離れると、広がる大地。遠くにそびえる白い城壁。


 ――タナトス王国の中心、王都アスタロト。


 進むにつれて、胸の奥に、言いようのないざわめきが広がっていく。


 ――聖王の目的は、一体何だ?


 勇者たちに逢いに来た?


 ……いや、それだけだろうか?


 ここ最近、タナトス王国周辺では、“終焉の魔人”の噂が広がっている。


 翡翠那聖の壊滅。ゼルフィスの死。


 どちらにも――俺、《終焉の魔人》が関わっていた。


 それを、聖王が聞きつけた可能性は高い。


 もしかしたら、“終焉の魔人”を警戒して、直接この地に来たのかもしれない。


 さらに。


 リリス――終末の龍、覇帝竜(レシュノルティア)の消失。


 あれもまた、この世界にとっては大事件だったはずだ。


 ……参ったな。


 俺が直接絡んでいる件しかないじゃないか。


「……気を引き締めないとな」


 誰にも聞こえないほど小さな声で、俺はそう呟いた。


 心なしか、胸の鼓動が、少しだけ早くなっていた。


 俺たちを乗せた馬車は、巨大な白い城壁をくぐり抜き、王都の中へと入った。


「懐かしいな……」

 小林がぽつりとつぶやいた。


 ああ、そうだ。


 俺たちは一度、この王都を訪れたことがあった。


 異世界に来てすぐではない。少し落ち着いてから、正式に“王への挨拶”として、招かれた時だ。


 あの時は、まだ全てが物珍しくて、王宮も、王様も、ただただ眩しかった。


 けれど――


 今は違う。


 胸の奥に広がる、奇妙な違和感。


「……空気、重いな」


 王都に入った瞬間から、街を包む緊張感が尋常じゃなかった。


 兵士たちの警戒も、まるでこれから戦争でも始まるみたいな顔をしている。


「さぁ、皆さん!」

 使者が俺たちを馬車から降ろし、促す。


「これより、王宮へ向かいます」


 石畳を進みながら、勇者たちも、クラスメイトたちも、無言だった。


 王宮の重厚な門が、軋むような音を立てて、俺たちを迎え入れる。


 ――あの時とは違う。

 何かが、決定的に。


 王宮の中は、前に訪れた時と同じはずなのに、どこか冷たく、張りつめた空気が漂っていた。


 長い赤い絨毯。

 左右にはずらりと並ぶ騎士たち。


 その視線は、まるで敵を見るように鋭い。


 俺たちは静かに、無言のまま奥へと案内された。


 ──謁見の間。


 タナトス王国の中心。王が君臨する場所。


 大きな玉座の前に、深紅の絨毯が伸びている。


「下がれ」


 兵士たちに促され、俺たちは整列させられる。


 クラスメイトたちは落ち着かない様子で周りをキョロキョロしているが、勇者たちはさすがに少し引き締まった顔をしていた。


 ピリついた空気が張り詰める中──


「──入れ」


 重厚な扉がゆっくりと開く。


 足音が、静かに響く。


 そこに現れたのは、一人の男だった。


 白に近い金髪。

 短く整えられた髪。

 鋭さと柔らかさを併せ持った青い瞳。

 身に纏う白銀のローブには、見たこともない紋章が刻まれている。

 見た目は四十代半ばというところか……それにしてもかっこいい。これがイケおじってやつか!!


 一見すれば、どこにでもいる穏やかな紳士。

 だが――


 その存在感は、まるでそこだけ世界が違っているかのようだった。


 誰も、声を発せなかった。


 男は柔らかく微笑みながら、王の前に進み出る。


「ユリウス。タナトス王国への来訪、誠に光栄である。」


 王が、頭を下げた。


 聖王。世界を支える七人の英雄の一人。


 ──魔導帝・《ユリウス》。


 こいつが、聖王か。


 正直――


 油断できない。


 あの優しそうな顔の裏には、奥深く、絶対に見えないものが潜んでいる。


 これが、“本物”の聖王か。


 世界を支える七人の頂点。

 魔王とすら互角に渡り合える存在――


 ゼルフィスとは、次元が違う。比べるのもおこがましい。そして、魔導帝。この男は、魔術の頂点に立つ者だという。


(……参ったな)


 自慢じゃないが、俺は魔法や魔術に関しては、てんで使えない。


 いつも【能力スキル】頼みだった。

 剣術もろくにできないし、魔法だって基礎すら覚えてない。


(……今度、誰かに魔法教えてもらおう)


 そんなことを考えながら、目の前の聖王を見つめる。


 柔らかな微笑みを浮かべるその男が、まるで全てを見透かしているようで――


 背中に、ひやりとした汗が流れた。


「突然、すまないね。勇者諸君!」


 柔らかな笑みを浮かべながら、ユリウスは歩み寄ってきた。


 その声は、思ったよりも軽やかで、どこか親しみやすさすら感じさせる。


「改めて自己紹介させてもらうよ。ボクは聖王の一人、ユリウス=ルミエル。魔導帝と呼ばれている。」


 その瞬間――

 勇者たちの空気が、ピシッと引き締まったのが分かった。


「は、はじめまして……!」


 神宮寺が、一歩前に出る。


 背筋を伸ばし、真面目な表情でユリウスに向かって頭を下げた。


「僕は勇者、神宮寺蓮です。お会いできて光栄です。」


 よく言えたな、神宮寺。


 心の中で小さく拍手を送る。


 勇者たちは、それぞれ緊張した面持ちで、順に自己紹介を始めていく。


 この場の空気はまだ穏やかだ。

 けれど――油断はできない。


 聖王ユリウスは、ただ者ではない。それだけは、俺にも痛いほど分かっていた。


 勇者たちの自己紹介が終わった後、場の空気は、ほんの少しだけ和らいだ。


 ユリウスは優しく微笑みながら、気さくに勇者たちに話しかけていた。

 戦い方の話だとか、この世界の気候だとか、まるで旧知の仲のように自然に。


(……すげぇな)


 見た目だけじゃない。こうやって一瞬で人を取り込む術にも、隙がない。俺は心の中で、静かに舌を巻いていた。


 そんな和やかな雰囲気を切り裂くように――

 ユリウスはふっと表情を引き締める。


「──さて、本題に入ろうか」


 声色は変わらない。けれど、空気は一気に張りつめた。


「ボクがこの地に来た理由はね――」


 ユリウスは勇者たちを一人一人、静かに見渡しながら言った。


「君たちが召喚されて以来、このタナトス王国で、不可解な事件が相次いでいるからだ。」


 柔らかな微笑みの奥に、確かな警戒心がにじんでいるのを、俺は見逃さなかった。


 ユリウスは、王の方へ軽く頭を下げる。


「……勝手な真似をしてすまない。

 本来なら、他国の者が介入するべき問題ではないんだけど。」


 それに対して、王は――静かに、しかし確固たる声音で応じた。


「構わぬ。我が国には、聖王は存在しない。

 君のような存在がここに居てくれることを、心強く思う。」


 その声には、王としての誇りと威厳が、にじんでいた。


(……国のトップ同士のやり取りって、やっぱ格が違うな)


 ユリウスは、軽く指を鳴らして場を静めると、もう一度、俺たち――勇者たちに視線を向けた。


「本題に戻ろう」


 声色は穏やかだが、そこに宿る気配は、先程までとは違う。


「君たちが召喚されてから……」


 ユリウスは指折り数えるように、一つ一つ、言葉を紡いでいった。


「”終末の龍“レシュノルティアの封印が解かれ、消息不明になった。

 勇者を狙った魔族の組織的な襲撃。

 そして、翡翠那聖(エレナーゼ)の消滅と、ゼルフィスの死。」


 俺は、無意識に手を握りしめた。


「どれもこれも、不可解すぎる出来事だ。

 偶然とは思えない。……ボクは確信しているよ。」


 ユリウスは、静かに宣言した。


「――魔王が、裏で関与していると。」


 場の空気が、ピリッと張りつめる。


 勇者たちも、クラスメイトたちも、息を呑んでいた。


 それだけじゃない。


 ユリウスは、さらに言葉を重ねる。


「そして────」


 わずかに目を細め、ユリウスは低く続けた。


「謎の魔人――“終焉の魔人”の存在。」


 その言葉に、誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。


 俺は表情を変えず、ただじっと聞いていた。


「この魔人が、魔王の味方なのか。あるいは……人族の味方なのか。それとも、どちらにも属さない、何か別の存在なのか。」


 声は穏やか。しかし、確かな警戒と探るような鋭さが滲んでいた。


「いずれにしても、今のこの世界において……

 最も注視すべき存在だと、ボクは考えている。」


 ユリウスの言葉が、謁見の間に重く響いた。


「……終焉の魔人……」


 神宮寺が小さく呟いた。


 そして、ぎゅっと拳を握りしめ、顔を上げて宣言する。


「その魔人は、ゼルフィスさんの仇……!」


 神宮寺の声は震えていた。悔しさと、正義感と――悲しみが、滲んでいた。


「僕たちが……いつか必ず倒します!」


 その言葉に、勇者たちは一斉に頷く。


 誰も、疑っていない。終焉の魔人が、倒すべき敵であると。


 ……皮肉だな。


 俺は、誰にも気づかれないように、小さく目を閉じた。


 その宣言を聞いたユリウスは、何も言わず、静かに神宮寺を見つめた。


 柔らかな笑みの奥に、一瞬、感情の読めない影が揺れた気がした。


「……」


 謁見の間に、重苦しい沈黙が落ちる。


 それを破ったのは、国王だった。


 王は玉座に深く腰掛けたまま、威厳に満ちた声音で問うた。


「その“終焉の魔人”とやらの正体――お前は、既に掴んでいるのか?」


 誰もが、ユリウスの答えを待った。


 ユリウスは、ふっと苦笑し、そして、静かに首を横に振った。


「……いいえ。まだ、なんとも。」


 淡々と、しかし慎重に。


 その答えに、王もそれ以上は追及しなかった。


 ただ、玉座の上から鋭い視線だけを、王宮に響かせた。


 ユリウスは、優しく微笑みながら、しかし真っ直ぐに神宮寺を見据えた。


「──神宮寺君」


 その声には、不思議な重みがあった。


「敵は、“終焉の魔人”だけではない。

 これからも、君たち勇者を狙う存在は現れるだろう。

 魔族も、人の闇も……数え切れないほどに。」


 神宮寺は、はっとして顔を上げた。ユリウスは、穏やかに言葉を続けた。


「だからこそ──」


 言葉を区切る。


「戦う理由を、見失ってはいけない。怒りや憎しみだけで剣を振るえば、君自身が“誰か”を失うことになる。」


 その言葉は、謁見の間に重く、静かに染み渡った。


(……さすが、聖王)


 俺は心の中で、素直に感嘆していた。


 優しいだけじゃない。

 この男は――本当に、戦いを知っている。


 だからこそ、こうして勇者たちに“何を守るべきか”を語ることができるのだろう。


 神宮寺も、顔を引き締め、小さく頷いた。勇者たちの顔つきが、少しだけ変わった気がした。


(それにしても……)


 俺はふと、違和感を覚えていた。


(なぜ、勇者たちだけじゃなく、俺たち“クラスメイト”まで呼ばれたんだ?)


 勇者たちは分かる。召喚され、この世界の希望として戦う運命を背負わされた存在だ。


 だが俺たちは、いわば“巻き込まれた側”。


 戦闘訓練は受けているとはいえ、基本的には“普通の生徒”たちだ。


(……一体、どんな理由がある?)


 ユリウスの視線が、ふと、勇者たちの列を越えて、俺たちクラスメイトにも向けられた気がした。


 気のせいかもしれない。


 けれど――

 背中に、冷たい汗が流れる感覚だけは、拭えなかった。


(……嫌な予感がする)


 これは、ただの挨拶や忠告だけでは済まない。


 何か、もっと大きな“動き”が――俺たちを、巻き込もうとしている。


 そんな直感が、胸の奥で、確かに警鐘を鳴らしていた。

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