追跡
田辺警部補が手を打っていたことで、『ワン』の居場所は直ぐに解った。
『ワン』は北京に居た。
大島警部とキャサリンは北京に向った。
田辺警部補は、『チェン』の居場所を突き止める為に別行動をとる事にした。
北京に着いた二人は、田辺警部補が言っていた中国警察と連絡を取った。
『ワン』は、北京で一番大きな高級レストラン『王道』の八階に滞在している事が解った。
「キャサリン、聞いたか。
『王道』って言えば、日本にもあるけどかなりの高級レストランらしい。
俺はまだ入った事がないが、日本にもあるという事は『ワン』は、いや、チャイニーズマフィア『王一族』は、日本にも勢力を伸ばしていたんだな」
大島警部は少し興奮していた。
それを見たキャサリンは、
「私は何度か『王道』で食事したことがあるわよ。
私の場合は、アメリカのニューヨークにあるチャイナタウン『王道』だけどね。
それに、『王一族』は世界中のチャイナタウンや中華街を制圧しているのよ。
そりゃ、日本もその中に入っているわよ」
と得意気に言うと、さっさと『王道』の中に入って行った。
「おっ、おいキャサリン、待ってくれよ」
大島警部も、慌てて後を追って入って行った。
店の入り口までくると、キャサリンが振り向いて言った。
「お腹も空いてきた事だし、仕事は置いといて、お食事でもしましょうか」
それを聞いた大島警部は、慌てて財布を出し中身を確認した。
「…… 」
大島警部が下を向いていると、キャサリンは笑いながら耳元で囁いた。
「大丈夫よ、私が持っているから」
その言葉に、機嫌を直す大島警部だった。
玄関口に来ると、ウェイターらしき長身の男が出てきた。
そして二人の前に来ると、
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様であられますか?」
と訊ねてきた。
大島警部が慌てて答えろうとすると、横からキャサリンが割って来た。
「いいえ、今来たばかりです」
と答えながら、カードを見せた。
するとウェイターは一礼をして、
「メンバーの方ですね。
では、中へどうぞ」
と、二人を店の中へ招いた。
中に入ると、ウェイターは店員に小声で説明していた。
そして、次は店員が二人の方へ歩いてきた。
「お客様は、お二人でよろしいでしょうか?」
その問いかけに、キャサリンは軽く頷いた。
「畏まりました。
では、こちらへどうぞ」
店員は、二人を奥まで案内した。
大島警部は周りの客を見渡した。
髭を生やした白人紳士と、ドレスに身を纏った女性。
貫禄のある、如何にも大手の会社の社長の様は人。
それに、若くても凛とした実業家の様な男性。
そういった上流階級の客ばかりだった。
〔完全に俺は浮いているな。場違いだよ〕
大島警部はそう思いつつ、頭を掻きながら店員の後をついて行った。
テーブルに着いても、全く落ち着かない様子だった。
別の店員が来て、二人に注文を聞いた。
するとキャサリンが、色々と料理を注文し始めた。
大島警部の姿を見ていたキャサリンは、彼がそれどころではない心境だと察知していたのだ。
そして、
「大島警部、大丈夫ですか。
何か顔色が良くないわよ」
と、微笑みながら話しかけてきた。
その言葉に我に返った大島警部は、
「あ…… ああ、大丈夫さ。
俺はただ、怪しい奴はいないか確認していたんだ」
と強がって見せた。
その姿に、クスクスと笑うキャサリンだった。
そうこうしていると、二人の前に料理が運ばれてきた。
その頃、同じ北京にあるバーでは、何やら怪しい動きが起こっていた。
「今回の殺しの相手はこいつだ」
白人の大男が、写真を差し出した。
その大男は、あのイタリアンマフィアのドン・ジニーニョから、チャイニーズマフィア『蛇道』の頭領『チェン・セイジン』の暗殺を指示されたジニーニョ一家の幹部だった。
イタリアから、ここ北京まで来ていたのだ。
「名前は『チェン・セイジン』といって、ここ中国のマフィア『蛇道』のボスだ。
今、ここ北京の『北京ロイヤルホテル』にチェックインしているが当分居座りそうだから、仕事は明後日の夜にやってもらいたい」
そう指示を出した大男の前には、サングラスをした小柄な女が座っていた。
その小柄な女は、黙って写真を受け取ると、その写真を暫く眺めていた。
そして、大男に向って手を差し出した。
女の無愛想な態度に、大男はムッとした顔をして、
「本当に大丈夫なのだろうな。
そんな小さな身体で、まともな仕事が出来るのか」
と言い放った。
しかし、小柄な女は大男の方をじっと睨んだままだった。
サングラスの向うには、今にも大男を喰らいそうな鋭い獣の様な眼が光っていた。
大男はその眼を見て、背中に冷たい物を感じた。
「わっ…… わかった」
そう言った大男は、小柄な女に分厚い封筒を手渡した。
女はその封筒を受け取ると、黙って立ち上がりその場を去って行った。
外は日も暮れて薄暗くなっていた。
そして北京の街は、夜の闇に包まれた。
大島警部とキャサリンは、高級レストラン『王道』の前にあるビジネスホテルに居た。
そして『ワン』のいる『王道』の八階の部屋を監視していた。
そこにあるオーナー室では、ワンがソファーに座って一枚の紙を見ていた。
「パーティーか。
わしに招待状が来ているという事は、あの男にも同じ物が届いているだろう」
そう呟いた。
その時、ドアをノックする音がした。
「なんじゃ、どうした?」
ワンがそう言うと、ドアの向こうから、
「はいっ、親方様に封筒が届いております」
と声がした。
それは部屋の外で見張りをしていた、ワンの部下の声だった。
数日前の事もあり、部屋の外には数名の部下達が見張っていたのだ。
「わかった。
すまないが、持ってきてくれないか」
ワンは、ドアの向うに居る部下に命じた。
部下が入って来ると、封筒をワンに手渡して部屋から出て行こうとした。
するとワンは、その部下に対して、
「ちょっと待ちなさい。
お前達は、ずっと部屋の向うで見張っていたからな。
まあ、ちょうどいい時間だし、下で食事でもして少し休みなさい」
と言って、微笑みかけた。
その言葉に部下は、
「し、しかし…… それでは親方様にもしもの事が起きたら…… 」
と困った口調で言った。
しかしワンは優しく、
「まあ、少しぐらい大丈夫だろう。
それに空腹だと、わしを守れんぞ」
そう部下を宥めた。
部下は直立すると、
「有難う御座います」
と言って深々とお辞儀をした後、振り返って部屋を出て行った。
扉の向こうからは、緊張の解れた部下たちの声が聞こえた。
それを聞いて、ワンは優しそうに微笑んで頷いていた。
そして机の引き出しからペーパーナイフを取り出して、封筒を開けた。
すると、中から一枚の紙が出てきた。
一瞬、眉間に皺を寄せて厳しい表情をしたワンは、ゆっくりとその紙を見た。
その紙には髑髏の模様が描かれていた。
その時、部屋の灯りが消えた。
『王道』の前のビジネスホテルに居た大島警部もそれに気が付いた。
「奴が来た」
大島警部はそう呟くと、急いで部屋から出て行った。
隣の部屋にいたキャサリンも出てきて、
「あいつが来たのね」
そう言うと、大島警部は頷いた。
そして二人は、階段を駆け下りて行った。
一方、『王道』のオーナー室では、暗闇の中でワンが一人立っていた。
「そろそろ来る頃かと思っていた。
そう思って、部下たちは食事に行かせてある。
あいつらも、生活というものがあるからのう。
死なせるわけにはいかんのだよ。
この前は、わしを守ろうとして数人死んでしまったからな」
ワンがそう言うと、部屋の中に何かが入ってくる気配を感じ取った。
「今日は四人か。
この前よりも一人多いな。
…… いやもう一人…… 」
その時、一人の黒装束がワンに襲いかかって来た。
ワンは宙を舞いながらその攻撃をかわした。
更に避けながら、襲ってきた者を素早い掌底で突き飛ばした。
ワンは幼い頃から中国武術をやっていたのだ。
それに様々な殺人をやって、相当な修羅場を潜って来た兵だ。
突き飛ばされた殺し屋は、部屋のドアのところまで飛ばされ息絶えた。
「一人減ったな。
貴様達、わしが老いぼれだと思って簡単に殺せると思うなよ」
ワンは、殺し屋の四・五人くらいは自分の力で十分倒せると思っていた。
だが今回の殺し屋たちは、前に来た殺し屋達の比ではなかった。
気配だけでも、かなり腕の立つ殺し屋だと解った。
その残り三人が、同時にワンに飛び掛ってきた。
流石のワンも、この攻撃では避ける事が出来なかった。
肩に傷を負ってしまったのだ。
「ううっ」
その場で膝を着いたワン。
ところが、三人のうちの一人が倒れた。
そしてワンの横に、真っ黒のボディースーツを着た者が立っていた。
「ワン大人、大丈夫ですか。
後は私が引き受けますので、そこで休んでいてください」
ボディースーツを着た者はそう言いながらワンを抱き起して後ろにさげた。
「おお、君か。
さっきから気配は感じていたが、すまんが頼んだぞ」
ワンがそう言うと、ボディースーツの者は殺し屋達に立ち向かって行った。
ワンの目の前では、ニ対一の壮絶な戦いが繰り広げられていた。
『王道』の下の階では、大島警部とキャサリンが店の中に入って来ていた。
店の中は、食事をしている客でいっぱいだった。
突然入って来た二人を見て、二・三人の店員が走ってきた。
二人は、その店員を振り切って階段を駆け登った。
そして三階まで登ると、そこには王一族の幹部達が食事をしていた。
そこへ、更に後ろから店員が登ってくると、
「怪しい者達です。取り押さえて下さい!!」
と幹部達に指示した。
二人は、捕まってはいけないと抵抗した。
そこでも、乱闘が始まった。
大島警部は、警視庁でも武道やっていた。
「ふん! 柔道四段、空手三段をなめるなよ」
そう言った大島警部は、迫ってくる幹部達を次々になぎ倒した。
キャサリンも応戦した。
相手の幹部達も、武術をやっていたので手強かった。
だが最後は、キャサリンがFBIの手帳を出して幹部達に銃を向けた。
「警察よ、大人しくしなさい」
キャサリンのその一言で、幹部達は攻撃を止めて後ろに下がった。
大島警部は、息を切らしながら幹部達に向って言った。
「ここまで階段を…… 上って来て…… これかよ。
お前達のボスが…… 上で大変な目に…… 会っているぞ」
息苦しそうに大島警部がそう言うと、幹部達ははっとした顔で上の階の方を見た。
そして二人はまた、階段を駆け登って行った。
幹部達も後を追って階段を登った。
オーナー室では、二人の黒装束の者が戦っていた。
そして、最後の殺し屋が死んだ。
助けに来た黒装束の者は、振り返ってワンのところに歩いてきた。
その時、窓の外に気配を感じた。
次の瞬間、一発の銃声が響いた。
銃弾は部屋の隅に居たワンを狙ったものだった。
その音は、下から登ってくる大島警部とキャサリンや、王一族の幹部達にも聞こえていた。
ワンが目を開けると、そこには黒装束の者が座って蹲っていた。
ワンを庇って身体を張って守ったのだ。
銃弾は、黒装束の者の右腕を貫通していた。
すると、もう一発の銃声がなった。
それは、部屋のドアの方から窓の外に向って放たれた音だった。
その後、少し離れたビルの屋上で人が倒れる影が見えた。
ワンを狙った殺し屋だった。
黒装束の者とワンがドアの方に眼を向けると、そこにはチャイニーズマフィア『蛇道』の頭領の『チェン・セイジン』が立っていた。
「暫く会わないうちに、老いぼれたか」
チェンはそう言いながら、部屋の中に入って来た。
「おお、チェン大人か」
ワンがそう言うと、黒装束の者がチェンに頭を下げた。
「君も、リュウ師のところの者か」
チェンがそう訊ねると、ワンが驚いた様に
「君も…… それじゃ、リュウ師の弟子は二人居たと言うのか」
そう言った。
その言葉に、黒装束の者は体をピクリと震わせて驚いた。
そして、その驚きは別の物に変わった。
階段の方から大島警部とキャサリンが登ってくると、ドアのところで銃を構えた。
「お前達、警察だ」
大島警部が叫んだ。
二人の後ろから、ワンのところの幹部達も登って来た。
「親方様、ご無事ですか」
すると、大島警部とキャサリンが幹部達の言葉に気を取られた瞬間、黒装束の者が窓の方に向ってジャンプした。
そして、そのままガラスを割ってビルの外に飛び降りたのだ。
慌てて窓の方に駆け寄った大島警部だったが、黒装束の者は隣の建物に飛び移ると、そのまま夜の闇に消えて行った。
「くそぅ…… 。
奴はあの『アサシン』か」
大島警部は振り返って、悔しそうにそう言った。
するとその言葉に、驚いた顔でチェンとワンが大島警部の方を見た。
その二人の表情に、大島警部は、
「その驚き方は、もしかしてあなた達は『アサシン』の事を知っていますね」
そう訊ねた。
その問いかけに、二人は動揺を隠しきれないでいた。
大島警部は尚も二人に迫った。
「あなた達が『アサシン』の事を知っているのなら、すべて話してもらおうか」
そう言うと、手に持った銃を納めて目の前のソファーに座った。
キャサリンも銃を納めて部屋の中に入って来た。
ワンとチェンは、顔を見合わせると頷き合った。
そしてワンは、幹部達に、
「お前達は下の階に行って、ここには誰も来させるな」
と指示して、大島警部の前に対座した。
チェンもその横に座った。
キャサリンは、部屋のドアを閉めると前にあった椅子に座った。
そしてワンが大島警部に言った。
「約束してくれないか。
さっき窓から出て行った者に対しては何もしないと。
その約束をしてくれるのなら、わし達が知ってる『アサシン』の事をすべて話そう」
その言葉に、暫く考えていた大島警部だったが、
「我々も法を預かる身です。
悪い事をすれば、罰せられる。
その罪のある者を見過ごす事は出来ません。
それは、あなた方のお話の内容次第という事でご了承頂けないかと…… 」
大島警部は、ワンの心を察してそう切り返した。
部屋の中で、静かに時間が過ぎた。
そして、チェンが言った。
「ワン大人、話をしてもいいのではないかな。
ここまで大きな騒ぎになったのでは、警察も動き出すだろう。
それにさっきの者は、何かあればわし達が守ってやればよいではないか」
ワンは考えた。
そして、大島警部とキャサリンに向って言い放った。
「解った。話をしよう。
そのかわり、さっきの者にお前達が何か妙な事をしたら、わし達が全力でお前達を潰す。
いいな」
それは、覚悟の決まった、まさに気迫の篭った言葉だった。
そして、今までに見せた事のない鋭い眼光で、大島警部を見つめたワンだったのだ。
大島警部も、ワンの目をじっと見ながら、
「あなた達とさっきの真っ黒い奴とは、かなり深い関係で、それは非常に大切な関係だという事は、ワンさんのその態度で明らかです。
ただ、俺達は『アサシン』の事が解ればそれでいい。
キャサリンもそれでいいだろう」
大島警部の言葉に、キャサリンは深く頷いた。
「それでは、話してもらおうか」
その大島警部の言葉に、
「あれは二十年前の事になるか」
ワンは、ゆっくりと語り始めた。