同志
大島警部とキャサリンの二人は、何か証拠を掴もうとヤンの店の中を調べていた。
しかし田辺警部補は、階段にしゃがみ込んだまま苦しんでいた。
「田辺、いつまでそんなとこで休んでいるんだよ。
お前も早く周りを調べろ。
なあ、キャサリン」
「そうよ。
いつまで、そこに座っているつもりなの」
二人から小言を言われた田辺警部補は、渋々立ち上がると部屋に入って来た。
「はいはい、わかりました。
昨日といい今朝といい、先輩はキャサリンの態度にムカついてブツブツ言っていたのに
もう仲良くなって…… 。
僕がどれだけ気を使っていたか…… 」
田辺警部補がそう言っていると、
「なにか言ったかぁ」
と大島警部が近づいてきた。
それを見て慌てた田辺警部補は、
「いいえ何も…… あっそうそう、これがそこのソファーの上にありました」
そう言って、大島警部に持っている物を渡した。
「なんだ」
大島警部は少し無愛想な態度でそれを受け取った。
しかし、
「こっ、これは…… 。
キャサリンこっちに来てくれ」
受け取った物を見て、いきなりキャサリンを呼んだ。
「なになに…… 。
重要物でも見つかったの」
あまりの声の大きさに、急いで大島警部の下にやって来たキャサリン。
そして、手にした物を見た時だった。
「これは、『髑髏の描かれている紙』じゃない。
どこにあったの?」
キャサリンが驚いてそう訊ねると、大島警部と田辺警部補が顔を見合わせて、ソファー
の方を指で示した。
だが、二人は別々のソファーを指していた。
「どっち…… ねえ、どっちなのよ」
「てめえ、ソファーって言ったじゃねえか」
「言いましたよ、でも、それじゃなくてこっちです」
そんな三人の遣り取りの中、一部始終を部屋の入り口で見ていたワンは、相変わらず
厳しい表情のままだった。
そしてその目は、『髑髏の描かれている紙』をずっと見ていた。
店の中の捜査も終り、三人はホテルに向った。
「キャサリン、今日はお疲れ様。
もう少しで『アサシン』の事が解りそうだったのに、すまなかったな」
大島警部は、申し訳なさそうにキャサリンを見ながら言った。
「いいのよ。
また、明日から捜査すればいいだけのことだから。
それに、今回の暗殺は失敗したも同然ね。
だから、必ず『アサシン』はまた来るわ」
そう言いながらハンドルを握るキャサリンだった。
だが、どこと無く腑に落ちない大島警部だった。
「今日は、ヤンを狙っていたんじゃないのか。
失敗って言ったが、『アサシン』は誰を狙っていたんだ」
その問いかけに、キャサリンは突然、急ブレーキを踏んで車を止めた。
「危ないなぁ…… なんで急に止まるんだよ」
大島警部がびっくりしてそう言うと、間髪入れずにキャサリンが叫んだ。
「大島警部は、なにを言っているのよ。
『アサシン』は、あのチャイニーズマフィアの『王一族』の頭領『ワン・タイゲン』
を狙っていたのよ。
大島警部が部屋に入った時に居たでしょう」
それを聞いた大島警部は、
「おおっ、あの老人が『ワン・タイゲン』だったのか。
道理で貫禄があると思ったよ」
そう言うと、何故か大島警部は黙り込んだ。
そんな態度に動揺したのか、キャサリンはそっと尋ねた。
「どうしたの? 私が大声で怒鳴ったから怒ったの?
もしもそうなら、そんなつもりで言ったんじゃ…… 」
申し訳なさそうに言った。
だが、そうではなかった。
大島警部は、何か考えていたのだ。
そして、話し始めた。
「いや、違う。
『アサシン』は、どうして暗殺に失敗したかだ。
部屋のドアのところには、真っ黒いボディースーツを纏った奴が二人死んでいた。
それに、ソファーのところでも同じ格好をした奴が死んでいた。
『アサシン』三人でワンを殺しに来たのに、なぜ暗殺に失敗したのかに疑問を感じた。
あの部屋には、ワン以外誰もいなかった。
何故なら、ワンのボディーガードとヤンも殺されていたからだ。
考えても見ろ、ボディーガードとヤンは、そう簡単に殺せやしない。
そんな奴らを殺した『アサシン』を、それも三人だぜ。
あのワンが殺したなんて、到底思えないよ。
だが、死んだのは三人ずつだから、まあ、暗殺は失敗…… 」
そう言った大島警部だったが、次第に自信を無くしていった。
「そうね、どうして失敗したのかしら。
『アサシン』を今まで調べてきたけど、こんな事は初めてだわ。
それに、また『髑髏の描かれている紙』があったわ。
あの紙は暗殺した後に置いて行くのに…… 。
まあ、すべて明日から調べ直しましょう。
ところで、お腹空かない? どこかでお食事でもして帰りましょうよ。
今日は、同じ犯人を調べている同志として、私がおごるわよ」
キャサリンが微笑んでそう言うと、大島警部も笑みを浮かべながら、
「そうだな、腹減ったな。
俺達は同志だよな。
よしっ、今日は同志決定で乾杯しよう。
なぁ、田辺。
お前も付き合うよな」
そう言って、大島警部は後部座席の方に振り返った。
しかし田辺警部補は、後部座席に蹲って眠っていた。
いや、二人に気を使って寝ている振りをしていたのだ。
「キャサリン、田辺は疲れて寝ているよ。
着いたら起こしてやろう」
大島警部は、笑いながら座り直した。
田辺警部補は、そっと目を開けて空を見ていた。
空には沢山の星が光っていた。
その星空を見ながら、田辺警部補は薄らと笑みを浮かべて想いにふけっていた。
〔同志か、そういえば俺にも…… 〕
この瞬間は、これから起こる出来事のほんの小さな休息だった。
大島警部と田辺警部補は、また朝早くに中国警察に来ていた。
しかし、今日の警察署内は異様な雰囲気に包まれていた。
キャサリンも既に到着していた。
「田辺、今日はやけに静かだな」
署内を見渡しながら、大島警部が呟くように言った。
「そうですね。
それに、キャサリン警部も来ていますよ。
何かあったんですかね」
田辺警部補がそう言うと、二人に気付いたキャサリンが駆け寄ってきた。
「何かあったのか」
大島警部が問い掛けると、キャサリンは厳しい顔で答えた。
「昨日、私達がヤンの店に居た頃に、杭州付近でチャイニーズマフィアの第三勢力と
言われていた『蠍穴』の頭領『タン・チン』とその幹部の『チェイ』が殺されていたの。
それにもう一つ、同じチャイニーズマフィアの最大勢力『蛇道』の頭領『チェン・セイジン』
も、南京のホテルで襲われているの。
チェンの方は生きているらしいけど、その二か所ともこれが落ちていたのよ」
そう言うと、大島警部に持っている物を渡した。
それは『髑髏の描かれている紙』が二枚入ったビニール袋だった。
大島警部は、奥のいつもの部屋に向いながら、今の状況を整理するように話した。
「南京で蛇道の『チェン・セイジン』が襲われた。
だが、失敗した。
上海では王一族の『ワン・タイゲン』が襲われた。
それも失敗した。
そして、杭州で蠍穴の『タン・チン』が襲われ殺された。
そしてその三件とも、ほぼ同時刻に起きている」
大島警部とキャサリン、その後ろから田辺警部補が、いつもの部屋に入っていった。
そして、考え込みながら同時にソファーに座る三人だった。
大島警部は話を続けた。
「その三か所の犯行場所には、やはりこの『髑髏の描かれている紙』が置かれていた。
だけど、二か所は失敗しているんだよな。
それなのに、この紙が置かれていた。
何か、おかしくないか」
不思議そうにキャサリンに訊ねた。
「言われてみれば、そうよね。
二か所は失敗しているから、紙は置かないはずよね」
キャサリンも腕組をして悩んでいた。
そして、暫く沈黙が続いた。
その時、田辺警部補も険しい表情で二枚の紙を見ていた。
だが、何か思い付いたのか、小さな声で話し始めた。
「南京の『チェン』の時も、上海の『ワン』の時も、失敗している。
何故なら、二人を殺しに来た奴は死んでいたからですよね。
それって、死んでいた奴は『チェン』と『ワン』を殺しにきた『殺し屋』ですよね」
その言葉に、大島警部とキャサリンの目の色が変わった。
そして、大島警部が叫んだ。
「そうだ。
失敗なんかしていないんだよ。
『殺し屋』は死んでいるじゃないか」
しかし、大島警部の言葉に納得していない様子のキャサリンだった。
それを見て、大島警部は諭す様にキャサリンに言った。
「最初は『アサシン』が一人か複数か解らなかった。
だけど、キャサリンの捜査した結果で複数だと解った。
ところが、俺が調べた事件とキャサリンの調べた事件は殺し方が違う事が解った」
大島警部が話していると、キャサリンが話を止めてきた。
「もう、勿体振らないで結果を言ってよ」
すると大島警部は、服を正して話を続けた。
「つまりだな、『アサシン』というのは二つあるという事だ。
それも、どうも敵対している」
キャサリンは両手で口を塞いで、息を呑んで驚いた。
大島警部は尚も話し出した。
「杭州の時は、キャサリンの調べていた複数の『アサシン』だよ。
それはターゲットが『殺し屋』じゃないからだ。
それで、上海の時も南京の時も、やはりキャサリンが調べていた複数の『アサシン』が
『チェン』と『ワン』を狙って来た。
しかし、ここからが杭州の時と違う。
そこに、俺の調べていた『アサシン』が、暗殺を阻止しようとやって来た。
そして、阻止しようとやって来た『アサシン』がキャサリンの調べていた『アサシン』を殺した。
だって、俺の調べていた『アサシン』のターゲットは『殺し屋』だからね」
キャサリンは少し納得した様子だったが、大島警部にもう一度問い掛けた。
「まあ、杭州の場合は私が捜査していた『アサシン』の犯行でしょう。
だけど、南京の『チェン』の時と、上海の『ワン』の時が、大島警部の捜査している『アサシン』
だとしたら、犯行はほぼ同時刻だから、大島警部の捜査している『アサシン』は、
二人いる事になるわよ」
キャサリンの言葉に、大島警部は天井を見上げて困った顔をした。
そして、
「何なんだよ! 次から次へと…… まったくよぉっつ!!」
と叫びながら頭を掻き毟った。
すると、二人の会話を横で聞いていた田辺警部補が、間を割って前に出てきた。
「先輩もキャサリン警部も、少し落ち着いて下さいよ。
まあ、僕の意見も聞いて下さい」
田辺警部補は、二人の顔を見ながらそう言ってソファーに座った。
二人は頷いて田辺警部補の方を見た。
田辺警部補は、ゆっくりと話し出した。
「二人とも冷静になって聞いて下さいよ。
僕が思うには、杭州の時は暗殺成功ですよね。
だけど残りの二つ。
つまり、上海の時の『ワン』と南京の時の『チェン』の場合は失敗でした。
それは、まだ二人とも生きているからそういう事になります。
まあ、誰がその二人を狙っているかは、後の調べで解るとして。
その狙っている相手が、『ワン』も『チェン』もまだ生きてると解ったとすれば…… 。
また『アサシン』を雇って、その二人を狙って来るはずです。
だから僕達は、その二人をマークしていれば、必ずその『アサシン』に会う。
その時に、全てが解るのではないでしょうか」
今の話に疑問を持った大島警部は、
「だけど、二人を狙った相手は、一度失敗した殺し屋に再び暗殺の依頼をするかな。
別の殺し屋に依頼をするのじゃないのか」
そう呟く様に言った。
だが田辺警部補は、自信有り気に言った。
「いいえ。
『アサシン』に、二人の暗殺を依頼するでしょう。
と言うよりは、『アサシン』から、もう一度二人を殺しに来ますよ。
だって『アサシン』は、今まで暗殺に失敗したことなど無かったでしょ。
そうですよね、御二人さん」
田辺警部補は賭けに出たのだ。
失敗を知らない者たちのプライドに。
そして二人の腕を握って言い放った。
「さあ行きましょう。
『ワン』の所へ」
だが、更に疑問に思った大島警部は、
「田辺、『ワン』の所に行くったって、その『ワン』が何処に居るかが解んないじゃ…… 」
と言いながら、田辺警部補をじっと見ていた。
すると、ニヤリと笑った田辺警部補は、
「そこは、抜かり御座いませんよ。
昨日から、ここの警察官にお願いして、『ワン』をマークしてもらっていますから。
ただし『チェン』の居所は解りませんけどね。
だから、早く行きましょう」
そう言いながら、二人の腕を引っ張って部屋から出て行った。