チャイニーズマフィア
三人が話をしている部屋に、一人の中国警察の警官が走ってきた。
そして部屋に入ると敬礼をして、
「たった今、情報が入りました」
「どんな情報だ」
大島警部がその警官に尋ねた。
横に居た田辺警部補も正面に座っているキャサリンも、その警官の方を見た。
すると警官は、再び敬礼を直して言った。
「はいっ、その情報に依りますと、本日の夜、チャイニーズマフィア“蛇道”に大きな動きが
あるとの事です。
場所はここ上海でだそうです」
警官の言葉に、ソファーから立ちあがった三人は、そのまま部屋を出て行った。
最後に大島警部が部屋を出ようとしたとき、警官の方に振り返って親指を立てると、
「どうも有難う。
君の情報、大切にするよ」
そう言いながらウィンクをして、出口の方に走って行った。
警官は出口の方をしばらく見ていたが、再度固く敬礼をして三人を見送った。
走りながら田辺警部補の方を見たキャサリンは、
「私の車を使って」
そう言って、車のカギを田辺警部補に投げた。
「オッケー!」
そう叫んでカギを受け取った田辺警部補は、前方に停車している黄色いオープンカー
の運転席に飛び乗った。
キャサリンも後ろの席に乗ると、車は警察署の玄関に向った。
すると、中から大島警部が走ってきた。
それを見た田辺警部補は、大島警部に向かって叫んだ。
「先輩、こっちですよ」
その声に、車の方に走ってくると助手席に飛び乗った大島警部だった。
中々、意気のあった三人だった。
三人の乗った車は、そのまま上海の街に向った。
上海の中華街。
その中でも、一際大きい店がある。
その四階にあるオーナーの部屋では、なにやら怪しい会議が行われていた。
「最近、イタリアで妙な動きがあってると偵察から連絡が入った」
そう言ったのは、この会議の議長役でこの店のオーナーである『ヤン』という男だ。
「どんな情報だ」
そう聞き返したのは、ここ上海の中華街はおろか全世界の中華街を牛耳っている
チャイニーズマフィア『王一族』の最高幹部の『ワン』だった。
「その偵察の情報によれば、イタリアマフィアのジニーニョ一家が我々の同門の蛇道を
狙っているとのことだ」
すると、また別の男が、
「イタ公のやつらは、いつも蛇道をねらってるぜ。
それで成功した試しは無いがな」
そう言って笑った。
その男は、もう一つのチャイニーズマフィア『蠍穴』の最高幹部
『チェイ』という男だ。
チェイの言葉に、
「しかし今度の殺し屋はかなりの腕らしい。
それに蛇道の『チェン』がもし殺されたら、イタ公のやつらは一斉に中国に雪崩れ
こんでくるに決まってる。
そうなったらこっちも危なくなるぞ」
と、ヤンが突っかかった。
しかしチェイは、全く動じなかった。
チェイは、蛇道の『チェン』の事をよく知っていたのだ。
そんな殺し屋に殺されたりはしないと。
「ヤン、そんなに心配するな。
『チェン』は、あんな能無しのイタ公には殺されたりしない」
チェイはそう言うと、立ちあがって部屋から出て行った。
ワンはチェイの言葉に、
「チェイの言う通りかもしれん。
この前のアメリカ人の殺し屋も、かなりの腕前だと聞いていたが失敗に終った。
なんでも、あのアメリカ人の殺し屋は日本で殺されて、海に捨てられたらしい。
今回もそうなるだろう」
そう言って部屋から出て行った。
ヤンも、そのまま部屋を出て行った。
しかしその夜、上海でとんでもない出来事が起こった。
チャイニーズマフィア『蠍穴』の『チェイ』は、上海から杭州に向う車の中にいた。
横には蠍穴の頭領の『タン・チン』がいた。
外は既に暗くなっていた。
その車中で、チェイがタンに蛇道の事を話した。
「ボス、イタリアンマフィアが蛇道のチェンの命を狙ってるみたいです。
なんでも、凄腕の殺し屋を雇ったらしいとのことです」
するとタンは、
「イタ公のやつらは全く懲りないな。
この前も暗殺に失敗したばかりと聞いている。
まあ、その内イタ公のボスのジニーニョが殺されるぞ」
と笑い飛ばした。
その時、車の前に突然大きなトレーラーが現れた。
そして、二人の乗った車の行く手を阻んだのだ。
車は、そのまま急ハンドルをきって止まった。
それでトレーラーとの衝突は免れた。
チェイは、運転手の男に外の様子を見に行かせた。
トレーラーの運転席の方に向った男は、トレーラーのドアを開けて怒鳴ろうとした。
その瞬間。
男の足元に、男の頭が転げ落ちた。
運転手の帰ってくるのを待っていたチェイは、
「何やってるんだぁ、あいつは…… 」
と、かなり苛立っていた。
そして、
「すいませんボス、ちょっと見てきます」
言うと、後部座席のドアを開けて車から降りた。
しかしチェイは、後ろに何か妙な気配を感じ取った。
その時だった。
何か風を切る音がしたかと思うと、チェイの体は車中のタンの方に倒れこんできた。
「何をやってるんだ、おおっ!」
突然の出来事に、叫びながらチェイの体を起こすタンだったが、何かの異変を感じ
取って動きをとめた。
そして自分の体を見ると、チェイの返り血で真っ赤になっていた。
「うおおっ! なんじゃ! 何が起こったんじゃぁ」
タンはそう叫んで、反対側のドアを開けようとした。
しかし、ドアは開かない。
そこでタンは、チェイの体を押しのけようとした。
すると、チェイの腹部から刃物の先が伸びてきた。
そしてそのまま、その鋭利な刃先はタンの頭を貫通していった。
運転手が死んで、数分もかかっていない。
血だらけになった車の運転席には、『髑髏の描かれてる紙』が置かれていた。
これで、チャイニーズマフィア第三勢力の『蠍穴』は終った。
ちょうどそのころ、上海中華街のヤンの店でも異変が起きていた。
ヤンは、店の四階にあるオーナー室にいた。
そこへ、ドアをノックする音がした。
「誰だ」
ソファーに座っていたヤンが問いかけた。
「…… 」
ヤンの問い掛けに返答がない。
「誰だ」
再び問いかけるヤンだったが、その時は音を立てずに立ち上がった。
視線はドアを見つめ、体は机の方に向っていた。
やはり返事は返って来ない。
机の引き出しから銃を出したヤンは、足音を立てずにドアの横に立っていた。
ヤンも、若い頃はチャイニーズマフィア『王一族』の殺し屋をやっていた。
闇目もきくし身も軽い方だ。
ドアノブに手をかけたヤンは、そのまま一気にドアを開けて銃を構えた。
すると、
「おおっ! ヤン。
わしじゃよ、すまんな。
脅かすつもりはなかったんじゃ、ははは…… 」
入り口からそんな言葉が返ってきた。
ヤンが銃を下してよく見ると、
「わしじゃ、『王』じゃ。
元気にしているか」
そこには、チャイニーズマフィア『王一族』の頭領『ワン・タイゲン』の姿があった。
ワンの側には、三人のボディーガードがヤンに銃を向けて立っていた。
「これはこれは、親方様。
とんだ御無礼をしてしまい、お許し下さい」
ヤンは頭を下げて誤った。
ワンは、ボディーガードに対して銃を下すよう指示した。
「さあさあ、中へお入り下さい」
ヤンはそう言って、ワンを部屋の中へ招き入れた。
そして、持っていた銃を机の引き出しに締まってソファーに座ろうとした。
その時、いきなり窓ガラスが割れたかと思うと、ワンの前にヤンが倒れこんできた。
ヤンの頭には、鋭利な刃物が脳まで届くほど深く刺さっていた。
「何者だ」
ワンは大声でそう叫びながら窓の方を見た。
だが、誰も居ない。
そして、入口のドアの方にも目を向けた。
ワンの声を聞いて、部屋の外に居るボディーガードが入ってくると思ったからだ。
しかし、物音一つしなかったのだ。
再び窓の方に目を向けたワンの前には、上から下まで真っ黒のボディースーツに纏った
者が二人立っていた。
その容姿に、ボディーガードが殺されたと直ぐに察知したワンだった。
咄嗟に宙返りをしてソファーの陰に隠れたワン。
そのワンも、昔は有名な殺し屋だったのだ。
「何者じゃな。
察するところ、何処かの組織にでも雇われた輩か」
ワンがそう言った時、窓の外からもう一人入ってきた気配を感じ取った。
そして、ワンの隠れているソファーの方に近づいてきた。
それを察知していたワンだったが、相手が三人だと動く事が出来ない。
ワンの傍まで迫ってきた黒装束の男は、背中から剣を抜いて刺そうと身構えた。
その時、いきなり横の窓ガラスが割れた。
それと同時に、ワンを殺そうとしていた男が壁際まで飛んでいったのだ。
ワンの目の前には、真っ黒い丸いものが転がっていた。
それは、今飛ばされた男の頭だったのだ。
ワンは、静かに窓の方を見た。
そこには、自分を襲った者と同じ格好の者が、剣を持ったまま背を向けて立っていた。
そして、その剣を入り口の方に向って投げたのだ。
「うっ」
ドアに刺さった剣の向うから、声にならない叫びが聞こえた。
一人の黒装束の男がドアを開けると、別の黒装束の男が倒れていた。
窓際に居る黒装束の者が、ワンに向かって言った。
「ご無事ですか? どこかお怪我は御座いませんか」
黒装束の者は、ワンの安否を気遣っていた。
その言葉に、敵ではないと察したワンは、
「わしは大丈夫だが、しかしお前は一体…… 」
そう尋ねた。
すると、
「『リュウ恩師』のところに居た者です」
黒装束の者はそう答えた。
それを聞いたワンは、優しい笑みを浮かべて深く頷いた。
だが、敵はまだ二人残っていた。
その敵の一人が動いた。
その瞬間、一人はワンが持っていた銃で撃ち殺した。
そしてもう一人が、味方の黒装束に向って剣を振りかざした時。
その一瞬前に、味方の黒装束の持っていた剣が敵の体を貫いていた。
もう敵は居なくなった。
その時、部屋の入口から何者かが入ってきた。
「警察だっ、抵抗するな」
それは、大島警部とキャサリンだった。
「そこに居るのはだれっ」
キャサリンの声に、ワンが立ちあがった。
「わしは『ワン』という者じゃ。
ここのオーナーと親しくしている。
なにも怪しい者ではない」
ワンはそう言いながら、入り口の方に歩いて行った。
その隙に、黒装束の者はソファーに影に隠れた。
「一体何があったんです」
大島警部がワンに尋ねた。
「まあ、見ての通りじゃ。
私にも、何が何だかさっぱり解らん。
ここのオーナーのヤンも、この通り殺された。
どうしてこの様な事になったのか、私が聞きたいほうだ」
ワンはそう言いながら、大島警部とキャサリンを入口の方に連れて行った。
その隙に黒装束の者は、窓から素早く出て行った。
暫くして、田辺警部補が警官達を連れて駆けつけてきた。
目の前で息切れしている田辺警部補に向って、大島警部が怒鳴った。
「お前、何処で何をやっていたんだ」
田辺警部補は息切れしながら、
「ちょ、ちょっと…… まってください…… 。
今、全力でこの…… 四階まで登って来たんですから…… 。
僕は、別の店を調べていたんです。
そしたら、この店の…… 前に沢山の人だかりが見えて…… 慌てて来たんです。
…… ああ、しんどい」
そう答えながら、階段の手摺りに持たれ掛けた。
そんな田辺警部補に、大島警部は拳の関節を鳴らしながら、
「どうも、ここに『アサシン』が居たみたいなんだ。
ちくしょうっ…… もっと早く来てれば」
と言って、悔しそうに階段の手摺りを強く叩いていた。
その言葉を聴いたワンは、何故か眉間に皺を寄せて厳しい表情をしていた。
そして、もう一つのチャイニーズマフィアも、ほぼ同じ時刻に別の場所で命を狙われていた。
中国は南京市のあるホテル。
そこには、チャイニーズマフィア『蛇道』の頭領『チェン・セイジン』が居た。
チェンは、二人の幹部を従えてホテルの部屋に向っていた。
ロビーを抜けてエレベーターに乗ると、二十八階のボタンを押した。
静まり返るエレベーターの中。
そして、エレベーターは三階で止まった。
扉が開くと、そこには二人の女性が立っていた。
だが、中の三人を見て恐怖を感じたのか、中々入ってこようとしない。
それを見たチェンは、
「お嬢さん方は、上の階に行くのですか?」
と、柔らかい口調で訊ねた。
その言葉に二人の女性が小さく頷くと、チェンは微笑んで言った。
「それでは、ご遠慮為さらずどうぞ」
と言って、少し後ろに下がった。
部下の二人も、出来るだけ空間を空けるように壁際に詰めて行った。
二人の女性は、小さく頭を下げると恐る恐るエレベーターに乗ってきた。
チェンは、怖がっている女性に、
「何階ですか?」
と、再び尋ねた。
すると、
「ここで降ります」
女性がそう答えたかと思うと、一人の幹部の目の前に鋭い刃先が迫って来た。
そして、額から後頭部まで貫通していった。
目の前で痙攣しながら倒れる幹部を見て、もう一人の幹部が銃を出そうと胸に手を当てた。
するともう一人の女性が、スカートの下からナイフを取り出して、幹部の胸を突き刺した。
幹部二人とも、殺されてしまった。
そして、最後に残ったチェンも、銃を出そうと胸に手を当てた。
二人の女性は、それを阻止しようと襲い掛かってきた。
その時、エレベーターのドアが閉まったのと同時に、中の明かりが消えて真っ暗になった。
中に居た三人は、一瞬動きが止まった。
すると、エレベーターの天井にある非常口が崩れて、真っ黒い何かが落ちてきた。
殺し屋だったチェンも、殺し屋であろう女二人も、闇目が利く。
その三人の目の前には、ボディースーツに身を包んだ何者かが立っていた。
咄嗟に、一人の女性が黒装束の者に切りかかった。
それをしゃがんでかわした黒装束の者は、持っていた鋭い刃物で下から突き上げた。
刃物は、切りかかってきた女性の顎から脳まで貫通していた。
そして素早くその刃物を抜くと、振り返りざま、もう一人の女を斬り付けた。
すると女は、喉を押さえて崩れ落ちた。
刃物は、女の頚動脈を切断していたのだ。
その場で一息ついた黒装束の者は、チェンの方を向いて膝を落とし座った。
「ご無事ですか。
何処か、お怪我は御座いませんか」
その言葉に、
「私は大丈夫だが、お前は何者なんだ」
チェンがそう言うと、
「『リュウ恩師』のところに居た者です」
黒装束の者がそう言った。
それを聞いたチェンは、優しく微笑みながら頷いた。
そして、
「暫く振りだが、元気だったかね」
と尋ねた。
しかし黒装束の者は、何も言わずに立ち上がると、入ってきた天井の非常口から吸い込
まれるように出て行った。
チェンはまた、優しく微笑んで頷いていた。