探る
大島警部の頭の中には『アサシン』の事でいっぱいだった。
日本に帰って来ても、そのことばかり考えていた。
そして、警視庁に帰って来ても、
〔『アサシン』ってなんだ。
殺し屋。
髑髏の紙。
『アサシン』は男か女か。
何処の国のどの人種なのか〕
と、『アサシン』が頭の中を駆け巡っていた。
その時、田辺警部補がやってきた。
「先輩」
田辺警部補の呼びかけに、大島警部は気づかない。
「先輩っ」
田辺警部補がもう一度呼んだが、大島警部はそれでも気付かない。
苛立ちを感じた田辺警部補は、少し大きな声で、
「大島先輩っ!」
と呼んだ。
しかし、大島警部はブツブツ言いながら一向に反応しない。
痺れを切らした田辺警部補は、思い切って、
「おおしまぁっ!!」
と、今度は大島警部の耳元で叫んだ。
するとあまりの声の大きさに、
「うおおっ!! なんだっつ! 誰だぁっ!」
と叫びながら、びっくりして椅子から落ちそうになった。
田辺警部補は、慌てて大島警部を支えると、
「大島警部、さっきからどうしたんですか」
と笑いながらそう言った。
そんな田辺警部補の腕を振り払った大島警部は、
「た、田辺っつ!
そんな大きな声で呼んだら、びっくりするだろうが。
いきなり大きな声で…… そ、それもお前な、先輩に向って呼び捨てしやがって」
と叫んで、今にも掴み掛かろうとしていた。
そんな大島警部を宥めながら、
「先輩の事、さっきから何度も呼んでいるのに全然反応しないからぁ。
仕方なく大声で呼び捨てをしちゃいました」
その言葉を聞いて、大島警部も体制を直しながら、
「ああ、すまない。
ちょっと考え事をしていたんだ」
と、少し反省した様子で小声で言った。
普段では見せない態度の大島警部に、思わず吹き出した田辺だった。
そして笑いながら、
「な、何ですか。
僕に出来る事なら相談してくださいよ。
さっきから聞いていると、『アサシン』とか『女がどうの』とか、
はたまた『人種がどうの』とか、訳の解らない事を言ってましたよ」
それを聞いた大島警部は、顔を赤らめて慌てながら、
「そ、そんなこと…… 言っていたか」
と、恥ずかしそうに言った。
その大島警部の言動に、ニヤニヤした顔になった田辺警部補は、
「はっはぁん…… 解りましたよ。
女性絡みですね。
先日の香港に行った時に出会って、その女性が忘れられないとか…… 」
と言いながら、肘で大島警部の体を突きはじめた。
その言葉に、
「な、何を言うか。
お前、俺が仕事中にそんな事をする男に見えるか」
と言いながら、田辺警部補を睨みつける大島警部だった。
大島警部は、普段に無く考えていたのだ。
それだけ『アサシン』にのめり込んでいた。
その事は、田辺警部補も解っていた。
「冗談ですよ。
解っていますよ、先輩がそんないい加減な人じゃないって事ぐらい。
女性には奥手だって事もね。
それに『アサシン』って女性は何処にもいませんよ。
だって『アサシン』って日本語に訳すと『暗殺者』ですからね。
映画でもあったじゃないですか『なんとかアサシン』とか。
えぇっと何だっけ。
先輩は観たことないですか…… 」
田辺警部補がそう話していると、
「今、何て言った」
と、いきなり恐い顔で大島警部が訊ねた。
突然の問いかけに、
「映画、観たことないですか」
と答えた田辺警部補だったが、
「違う、違う、その前だ」
と、真顔で言ってきた。
そんな大島警部の態度に、恐怖を感じた田辺警部補はビクビクしながら、
「え、映画のタイトルが…… 『なんとかアサシン』ですか」
と言うと、田辺警部補の顔の間横に自分の顔を寄せた大島警部が、
「違う、違う。その前だ。
『アサシン』を日本語で訳すとなんとかって言っただろうが」
と、威嚇にも取れる言葉を発しながら迫ってきた。
あまりの怖さに泣きそうになった田辺警部補は、
「『暗殺者』ですか」
と答えた。
それを聞いた大島警部は、田辺警部補の肩をポンと叩いて、
「おお、それだ、それ。
ありがとう。
怒鳴ってすまなかったな」
と言うと、すぐに出て行った。
そんな大島警部の後姿を目で追いながら、
「いいえ、こちらこそすいませんでした」
と言って、とうとう泣いてしまう田辺警部補だった。
大島警部は、そのまま警視庁の資料室に向った。
そして、もう一度『髑髏の描かれていた紙』に関連する事件を調べ直した。
過去の事件の被害者は、全て殺し屋だった。
大島警部は考えた。
〔『アサシン』の意味は『暗殺者』。
そんな事は、始めから解っていたんだ。
被害者は全て殺し屋。
殺し屋の殺し屋。
しかし、全ての殺人の道具は刃物。
それも、首から上の部分を一撃で。
なぜだ。
相手が殺し屋なら、自分の安全の為には銃を使ったほうが…… 〕
その時だった。
大島警部の背中に、冷たいものが走った。
そう、背後に何かの気配を感じ取っていたのだ。
「誰だぁっ」
大島警部は、大きな声で叫びながら振り返った。
しかし、そこには誰も居なかった。
周りを見渡して首を傾げた大島警部だった。
「気のせいだったか」
そう呟きながら、資料を見ようと椅子に座ろうとした。
その時だった。
「先輩」
突然の出来事に、仰け反って椅子から落ちそうになった大島警部。
そして、
「だっ、誰だぁっ!」
と叫んで、立ち上がり身構えた。
すると、
「僕ですよ」
と言って、田辺警部補が現れた。
「なんだぁ、お前かぁ。びっくりさせるな」
田辺警部補の顔を見るなり、間横で怒鳴りつけた大島警部だった。
あまりの声の大きさに、指で耳の穴を塞いだ田辺警部補。
そして、笑いながら大島警部を宥める様に言った。
「すいません。
さっきのお返しのつもりでしたけど、まさかそんなに驚くとは思っていなくて。
ところで、何を調べているんですか?」
乱れた服を直す大島警部は、田辺警部補に今までの出来事を話した。
そして最後に、どうしても考え付かない部分を打ちあけた。
すると、得意げな顔になった田辺警部補が話し始めた。
「そうですね。
『髑髏の描かれた紙』に刃物の犯行。
殺し屋の殺し屋。
ううん…… 犯人は海賊ですね。
それで、がいこつの絵を掲げるんですよ。
そして、海賊『クロヒゲ』のいつも持っている大きな刃物でブスリっと…… 」
その言葉に、大島警部は体を震わせて歯軋りをしながら、
「お前にはもう、何も話さん。
帰れっ」
と、突き放すように言い放った。
すかさず田辺警部補は、大島警部を宥めながら言った。
「じょっ、冗談ですよ。
犯人が海賊なわけないでしょ。
まあ、刃物で首より上の部分をブスリといけば確実に死ぬでしょう。
首から下は服を着ていますから、刺さってないかもしれませんし…… 」
その時、田辺警部補の言葉に大島警部が食いついてきた。
「そうだな。
服を着ていたら、刺さったかどうか解らないからな。
それに服の下に防弾チョッキを着ていたら、銃で撃っても死なないからな。
そうなると、今度は自分が狙われる。
遠くから頭を銃で狙っても、もし失敗したら同じことだからな」
すると、田辺警部補がすかさず答えた。
「接近戦で、刃物で首から上の皮膚が出ているところを、確実にやれば相手は死ぬ」
その言葉に大島警部が、腕組をして頷きながら言った。
「そうなると接近戦になるわけだから、『アサシン』はかなり格闘に自信がある。
それに、一撃で相手を殺さないといけないから動きも素早い。
夜に殺人を犯すから、周りが暗くてもよく見える」
大島警部は、『アサシン』の人物像が少し解ってきた。
その時、
「先輩っ。
やっぱり『アサシン』の正体は、がいこつが大好きな海賊の『クロヒゲ』ですよ。
と言う事で、今日はもう帰りましょう」
そう言った田辺警部補は、大島警部の腕を掴んだ。
そして、そそくさと資料室から出て行った。