降臨
「道秀! おい道秀!」
急な大声に思わず声が漏れそうになる。
「ぶっ殺してやる!」
どん、どん、どん。
向こうの部屋から激しい物音が続いた。
“達樹は今クローゼットに寝かしてある”
秀君が言っていた事を思い出した。
私は咄嗟に近くにあったトイレの中へすうっと隠れた。
ずるずる、ずるずる、ずるずる。
床を這うような音が聞こえる。
――何だ? 歩けないのか?
“起きたら浴槽にぶちまけたお前の死体を見つけさせる。その後に達樹も殺して終わりだ”
ああ、そういう事か。二人とも殺すつもりだったのならば、彼の自由を奪っていても不思議ではない。
ずるずる、ずるずる、ずるずる。
達樹の這っていく音がトイレの前を通り過ぎる。
私を都合よく便利な物としてしか扱ってこなかった男は、今おそらく無力な芋虫同然の姿だ。
「あ、あ、あ、ああ、あ」
情けない声が横から聞こえる。浴槽のくまちゃんを見たのだろう。
「彩夏」
私の名を呼ぶ声がした。
何故私を呼んだ。
ガチャ。
私はトイレから出て、再び浴室へと近づいた。
「みちひで」
私を見て達樹はそう言った。
達樹の両手両足は手錠がつけられ、ひどく怯えた様子で震えていた。
彩夏、みちひで。
暗い部屋、また死体を見た事で正常な判断を失ったのか、どうやら彼は私を秀君と勘違いしているようだった。
そう言えば、これはまだひとりかくれんぼ中になるのだろうか。
「みぃつけたぁ」
今私は鬼だ。鬼に見つかってはいけない。
初めて私は彼より優位に立っていた。
――ああ、なんでこんな奴。
心底うんざりする。達樹に、そして自分に。
くだらない時間を過ごしてきた。
ずん、ずん、ずん、ずん。
「みぃつけたぁ。みぃつけたぁ」
もう私は人じゃない。鬼だ。
人だった頃に出来なかった事を、こんなにも簡単に出来てしまう。
ずん、ずん、ずん、ずん。
気付けば彼の身体はぴくりとも動いていなかった。
死んだ。また死んだ。
こんなにも弱い生き物に、私はずっと抑えつけられ、屈服していたのか。
終わった。
部屋の明かりを点ける。真っ赤になった三人。唯一自分だけがその場に立っていた。
弱い人間。
リビングに行くと、動画撮影用のセットが準備されていた。ずっと録画はされているようだった。私はカメラを止めた。
時間を見ると、時刻は午前三時前だった。
何の偶然だろう。全てが揃っているじゃないか。
私はPCを操作した。
――これを押せばいいのか?
“配信を開始しました”
配信が始まった。
生配信なんて初めてだが、こんな簡単に出来るのか。
画面に映る自分。どうやら始まったようだ。
まだ視聴者はいない。コメントももちろんない。登録者数が少ないからそう簡単にはいかないか。
“初見”
“え、生配信?”
“何やってんだ?”
“なんか汚れてない?”
しばらくすると数は少ないが視聴者数は増え、コメントもつき始めた。
準備は出来ている。
『これから、ひとりかくれんぼを始めます』




